711話 靴を舐めてもらおうか

 黒狼団の最後の1人が、ナオミを人質に取っている。

 強襲すればもちろん勝てるが、その場合はナオミを傷つけられる可能性が高い。

 即死でなければ、俺やサリエの治療魔法で治療はできる。

 だが、可能であれば交渉で切り抜けたい。


「あん? 俺を見逃しさえすれば、この女は後で解放してやるぜ?」


「信用できん! 彼女はここで解放してくれないか? 俺たちミリオンズは、お前を追わないと約束しよう」


「それを信じるバカがどこにいる! ダメだダメだ!」


「くっ!」


 やはり無理か。

 奴に誠意を見せる必要があるな。


「そこを何とか! この通りだ!!」


 俺は頭を下げる。


「ハ、ハイブリッジ様ぁ……。アタシのためにそこまで……」


 ナオミは感動した様子でうるっと瞳を潤ませている。


「おいおい……。お前は男爵位を授かったんだろ? 俺みたいな賊に頭を下げて良いのかよ? プライドはねえのか?」


「俺は貴族になったからといって、偉くなったとは思っていないからな」


 そもそも俺の力は、チートによるものだ。

 それを存分に活かしてハーレムを築かせてもらってはいるが、威張る気にはならない。


「ははんっ! 殊勝なことを言うじゃねえか! そこまで言うなら、人質の解放は考えてやってもいいぜ!」


「本当か!?」


「ああ、本当だ。ただし条件がある!」


 条件か。

 人質を解放する対価だ。

 さっき言ったように俺たちミリオンズがこいつを追わないのは当然として……。

 金とか馬車とかを要求されるのか?


「俺の靴を舐めてもらおうか。土下座しながらな! ハハハハハハハッ!!!」


「なっ……貴様!!」


 とんでもないことを言われ、俺はさすがに絶句する。


「ハイブリッジ様! そんなことさせられません!! アタシは大丈夫ですから!」


 ナオミが必死に訴えてくる。

 確かに、さすがに土下座して靴を舐めるのは……。

 結構な屈辱だ。


 百歩譲って、俺個人の屈辱くらいには目を瞑ろう。

 だが、それを見たミティやアイリスたちはどう思うか……。

 愛する妻やパーティメンバーたちに、情けない姿は見せられない。


 その上、キリヤの目もある。

 彼には現状で加護(小)を付与している。

 通常の加護を付与するためには忠義度をさらに稼ぎたいところだが、俺の情けない姿を見れば、それは難しくなるだろう。


 さらに言えば、俺はサザリアナ王国の男爵位を授かった身である。

 俺が無様な姿を晒せば、貴族の格を下げることに繋がる。

 ネルエラ陛下の顔にも泥を塗ってしまうことになる。

 諸々を総合的に考えると、いくらナオミを助けるためとはいえ、俺は安易に土下座して靴を舐めるわけにはいかない。


「くっ……」


「んん? 無理なのか? お前の大切な女なんだろ? お前のその態度で分かったぜ。お前の女への愛情はその程度なんだな。ガッカリだよ」


「うぐっ……」


(くそっ! ナオミを無傷で助け出すチャンスなのに……。どうすればいい?)


 俺は悩む。


「じゃあ仕方ないな。こいつは人質として連れていくぜ。あばよ」


 賊が踵を返す。

 そのときだった。

 俺は、この賊に違和感を感じたのだ。


(何だ? 何がおかしい……)


 俺は思考をフル回転させる。

 そして、ある結論に至った。


「おい! ちょっと待て!」


「あん?」


「お前……ひょっとして、女なのか?」


「なっ!?」


 俺の言葉に、賊が動揺している。


「やっぱりか……。お前、女だろ? 髪を短くして、胸にはサラシでも巻いているのか?」


「くっ……」


 図星だったようだ。

 俺の勘は当たった。


 賊と言えば、男のイメージがある。

 これは何となくのイメージであり、偏見も混じっているのだが、一応の根拠はある。

 そもそも賊は、真っ当な手段では生きていけない者がなるものだ。

 女性の場合は、娼婦になったり、真面目しか取り柄のない男と妥協して結婚したりすれば、命の危険を冒してまで悪事を働く必要はない。

 だから賊は、基本的に男性ばかりになる。


「はん! 俺が女だからって、この状況は変わらねえぞ!? 人質を解放してほしけりゃ、土下座しながら靴を舐めな!!」


「おうとも!!!」


「え?」


 俺は闘気と魔力を開放し、超速で女の傍に移動する。

 そして迷わず土下座し、靴を舐めた。


「ちょっ! ハイブリッジ様ぁぁぁぁぁぁ!!!?」


 ナオミは驚愕していた。


「ナオミちゃん。君は将来性のある騎士見習いだ。こんなところで失うのは惜しい。俺が君を守ってやる。約束するから安心してくれ」


「は、はいぃ……」


 俺は土下座の体勢で賊の靴を舐めながら、ナオミにそう宣言した。


「そ、そんなところ汚ねえぞ!! お前には貴族として、男としての誇りはないのかよ!?」


「何を言っている! 誇りがあるからこそ、自分を犠牲にして未来ある才能を守っているのだ!!」


「ふざけるな! こんなことで、人質を本当に解放するわけがねえだろ!? バカが真に受けてんじゃねえ!!」


 女が俺の背中を踏みつける。


「ぐふぅ……」


 俺は愉悦の声を上げた。


「ハイブリッジ様! もう良いんです! アタシなんかのために……。アタシのせいで……」


「ははっ……。心配するな。俺はこの程度でへこたれたりしないさ」


「ハイブリッジ様……!」


 ナオミが瞳を潤ませる。


「しかし、聞き捨てならんことを言ったな? 俺にここまでさせておいて、ナオミちゃんを解放できないだと? そんなことは俺が許さん!! 貴様に、俺の本気を見せてやろう!!」


 俺は女の足をガッチリと掴む。


「ひっ! な、何をする気だ!? 俺に危害を加えようってんなら、人質の命は……」


「案ずるな! 危害は加えん! むしろ、天国を味あわせてやろう! くらええええぇっ!!!」


「ひぅっ!? あ、そこは……。ダメェッ!?」


 俺は足を掴んだまま立ち上がり、女を持ち上げると、そのまま逆さまにして股間に顔を埋めた。


「あああっ! ダメーーーっ!!!」


 女は絶叫し、ついにナオミを解放したのだった。

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