710話 人質

 黒狼団との戦いに勝利を収めた。


「残るはその風呂敷内の盗賊だけですわね」


「最後まで油断できぬでござるよ」


 リーゼロッテと蓮華がそう言う。


「ピピッ! 2つの生命反応の確認。当機から攻撃を加えますか? 抹殺成功率:100パーセント」


「私のブレスで焼き払ってもいいよっ!」


 高性能アンドロイドのティーナと、ファイアードラゴンのドラちゃんがそんな物騒なことを言い出す。


「いや、それには及ばない。一度風呂敷を回収して、中の様子を確認してからだ」


 なにせ、金貨10000枚が馬車に積まれているはずだからな。

 高い攻撃力を持つ彼女たちが攻撃してしまうと、金貨が破損してしまうリスクがある。


 破壊力の最大値としてはミティ、アイリス、ニム、リーゼロッテあたりも高い。

 だが、ティーナとドラちゃんも攻撃力だけなら彼女たちに決して引けを取らない。

 その上、人外の2人は加減というものを知らないからな……。

 俺から適切な指示を出す必要がある。

 今回は待機してもらおう。


「よし。これで風呂敷を回収っと……」


 俺は風呂敷に触れ、魔力を通す。

 ジェイネフェリアによって改良されたこの魔道具は、登録者の魔力を流すことにより自在に拡大と縮小ができる。

 馬車をすっぽりと覆うほどに大きかった風呂敷は、あっという間に手のひらサイズにまで縮む。

 俺はそれをアイテムルームに収納した。


「さあ、観念しろ! 他の賊たちは捕縛したぞ!!」


 俺は中に残っていた賊に向かって、大声で宣言する。


「ちっ! お頭たち、やられやがったのか。なんてこった……」


 風呂敷の中から出てきたのは、小柄な男だった。


「さて、できれば生け捕りにしたい。大人しく捕まってくれるか?」


「誰が捕まるかよ! 逃げてみせるさ!!」


「往生際の悪い奴だ。この人数から逃げられると思っているとはな」


「ふんっ! それはどうかな? これを見ろ!!」


 男はそう言って、残っていたもう1人の首筋にナイフを突きつけた。

 盗賊同士で人質?

 それにいったい何の意味が……。

 いや待て。

 彼女は……まさか!?


「お前ら、動くんじゃねぇ!! 少しでも動いたらこいつの命はないぜ!!」


「ハ、ハイブリッジ様ぁ……」


 泣きそうな顔で俺を見つめる彼女。

 その正体は、ナオミちゃんだ。

 どうして黒狼団の馬車に乗っていたのだろう?

 まさか賊の一味で、スパイとして騎士団に潜り込んでいた?


 ……いや、それは違うな。

 真面目で正義感が強く、俺に対する忠義度も高めの彼女が賊の仲間なわけがない。

 ということは……。


「おいおい。人質かよ。卑怯な奴め。俺たちを脅すつもりか?」


「はんっ! 脅しじゃねえよ。俺は本気だ!」


 そう言えば、今日の警備の責任者はイリーナだったとか言っていたような気がする。

 イリーナの部下にはレティシア中隊長がいる。

 そしてレティシア中隊長の部下の部下として頑張っているのが、騎士見習いのナオミだ。


 騎士見習いの彼女は主に鍛錬に励むことが仕事だ。

 しかし、時には実務に駆り出されるときもあると聞いたことがある。

 今日がまさにそれだったのかもしれない。

 そして、黒狼団から人質として攫われてしまったと。


「その娘を解放してやれ。俺の大切な女なんだ」


「はわわ。ハ、ハイブリッジ様が……アタシの事を……」


 ナオミは顔を真っ赤にして照れた様子だ。

 ちょっと言葉選びを間違えたか?

 別に、ナオミは俺の女ではない。

 心なしか、近くにいるミリオンズの面々からの視線が冷たいような気もする。


(いや、これはある意味では正解か)


 というのも、俺の言葉を聞き、彼女の忠義度が上昇しているのだ。


「はんっ! 大切な女だと? お前には8人の妻がいるのだろう? 知っているぞ! ふざけたことをぬかすな!」


「ふざけてなどいない。魅力的な美少女に惹かれるのは男として当然のことだ」


 俺は賊とそんなやり取りをしながら、人質のナオミを救出するチャンスを伺う。


(さすがにスキがないな……。高威力の魔法をぶっ放せば余裕だが、その場合はナオミちゃんが……)


 この男の実力は、他の黒狼団の面々と比べて高いわけではない。

 本来であれば軽く一捻りできるレベルだ。

 さっき俺たちで一掃してやったようにな。


 だが、ナオミを人質に取られている現状では、迂闊に手を出すことができない。

 人質を無傷で救出するためには、もっと大きな実力差が必要だ。

 この男はちょうど『1対1なら軽く倒せるが、人質を取られると手間取る』というぐらいの実力である。

 冒険者ランクで言えば、Cランク下位くらいだろうか。

 ネルエラ陛下や誓約の五騎士に認知されている黒狼団のメンバーなだけはある。


「いいか、テメェら! こいつを助けたいなら大人しく俺を見逃しな! それが嫌だというんなら、こいつを殺すぞ!!」


「くっ……。なんて卑劣な奴なんだ……」


 俺は歯ぎしりする。

 悔しいが、ナオミを無傷で取り返すためには、奴の言うとおりにするしかないようだ。


「ふっ! それでいいんだよ。じゃあな」


 賊が勝ち誇った笑みを浮かべる。

 このままでは、ナオミが連れ去られてしまう!

 この場では無傷だったとしても、連れ去られた先で暴行などを受ける可能性がある。


 だが、どうすれば……。

 ある程度の負傷は覚悟してもらって、この場で救助する方がマシか?

 だが、俺は美少女が傷つく姿を見たくない。


「待ってくれ! 取引だ!!」


 悩んだ末、俺は男にそう叫んだのだった。

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