712話 き、金貨が足りない!?

「ふっ。悪は滅びた……」


 俺は満足げに呟いた。

 賊の女は白目を剥いて失神しており、失禁までしている。

 俺の必殺技を受け、天国を見たようだ。


「ハイブリッジ様……!」


 ナオミが抱きついてきた。


「ナオミちゃん……!」


 俺はナオミを抱きしめ返す。


(これでナオミちゃんは無事に助けることができた。あとは、王都に戻るだけだな)


 俺は安堵する。


「タカシ様! 金貨は無事だったようです!」


「うんうん。ざっと見た感じ、少なくとも数千枚はあるねー」


 ミティとアイリスが、馬車に積み込まれていた金貨を確認していた。

 俺はナオミから体を離し、二人に近寄る。


「盗まれたのは金貨10000枚と言っていたよな? この場で全部あるか数えたいが、さすがに大変だな……」


 この場には、賊を除いて14人と1匹がいる。

 ドラちゃんはあまり細かな作業が得意ではないので除外するとして、実質14人か。

 1人あたり700枚ちょい数えれば、10000枚を数えることはできる。


(金貨1枚を数えるのに1秒として、12分ほどか。これぐらいなら、やっておくべきか……?)


 大金の扱いは難しい。

 金額が大きいからこそ、一刻も早く王都に帰還して然るべき人へ渡したい。

 だが、数が足りなくて俺たちが抜いたと疑われるのも癪だ。

 手間が掛からないのであれば、数えておきたい。


(しかし、数えミスがあれば意味がない。慎重に作業するなら、金貨10枚ごとに積んでいくような数え方が必要か? しかしその場合、数えるスピードが段違いに遅くなってしまう。1時間近く掛かるかもなぁ……)


 賊たちは殺さず捕縛しているだけという状況の中、こんな人里離れた場所で1時間も金貨を数える作業をするのはどうかと思う。

 悩みどころだ。

 俺は少し考え込んだ末、結論を出す。


「とりあえず帰るか。金貨が全て揃っているか少し不安だが、多少足りなくても罰せられたりはしないだろう」


 俺は男爵位を授かる程度にはネルエラ陛下の信を勝ち取っている。

 今さら、金貨の100枚や1000枚をちょろまかすようなセコい真似をするとは思われていないはず。


「お、お金は大事ですよ? 甘く見てはいけません」


「うーん。でも、いちいち数えてらんないのも確かだよね。私の超速も、数える作業には役立たないし……」


 お金に厳しいニムが一言物申すが、モニカが難色を示す。

 彼女は移動速度においてミリオンズでもトップクラスだが、こういう作業にはそれを活かしきれない。

 まったくの無意味というわけでもないのだが。


「ピピッ! 金貨の枚数を知りたいのですか? マスター」


「ああ。だが、そう簡単には……」


「馬車の上にある金貨は、全部で8000枚であると報告します。マスター」


「えっ!?」


「はい?」


「へっ? どういうこと……?」


 突然、ティーナがそんなことを言い出した。

 俺を始め、サリエやユナも困惑している。


「どうしたんだ? いきなりそんなことを言って」


「馬車の上に積まれている金貨の数をカウントしました。全部で8000枚であると再報告します」


「…………」


「すごいねっ! そんなことがわかるんだっ!」


「とんでもないですわね……」


 マリアとリーゼロッテは素直に驚いてくれているが……。


「ティーナ……」


「はい。なんでしょうか? マスター」


「ありがとう。おかげで手間が省けた」


 ティーナは高性能アンドロイドだ。

 ただし、俺の加護の対象にはなっていない。

 忠義度が足りないのではなく、そもそもスキルの対象外なのだ。


 そのため、総合的な戦闘能力においてミティやアイリスに一歩劣る。

 だが、こうした意外な特技を披露してくれることがある。

 彼女は彼女で、ミリオンズになくてはならない存在になりつつあった。


(加護を付与できれば理想的なんだけどなぁ……)


 ティーナの受け答えはかなりしっかりしている。

 自我を持っていると言われても、何の違和感もないレベルだ。

 今後、何らかの技術革新があったり、魔法や魔道具の最新技術を彼女に適応したりすれば、ワンチャン彼女も加護の対象者になったりしないだろうか?

 俺はついそんなことを考えてしまう。


「ピピッ! 当機の存在理由は、マスターのお役に立つことです。これぐらいは当然の貢献であると通達します」


 ティーナが機械的にそう言う。

 だが、その表情はどことなく嬉しそうに見えた。


「……ん? いや待て。ティーナの活躍はありがたいのだが、金貨8000枚? それは間違いないのか?」


「ピピッ! 間違いありません。マスター」


 き、金貨が足りない!?

 王都から金貨を盗み出した賊を捕縛したまではいいのだが、今の俺たちに足りないものがある。

 金貨だ。

 俺はもしかしてまだ、『どこかに金貨2000枚落ちていてうまく帳尻が合う』とでも思っているんじゃないかね?

 そう自問自答する。


「ふむ……。ちなみに、王都からここまでの道中で、金貨を見かけたりはしたか?」


「街道沿いに限定すれば、金貨2枚が落ちているのを把握しています。その他、銀貨6枚と銅貨13枚も発見済みであると報告します」


 ティーナの探知能力と記憶能力はさすがだな。

 頼りになる。

 だが、それはそれとして、今回は問題の解決に繋がらない。

 道中で落としたり隠したりしたわけではなさそうか。


「王城で言っていた金貨10000枚と、2000枚ものズレが生じているな……。とりあえず王都に帰還して、報告してみるか……」


 自分で言うのも何だが、俺はネルエラ陛下からの覚えがめでたい。

 まさか、『金貨2000枚も抜くとは不敬である! 即刻処刑だぁ!!』などという事態には陥らないだろう。

 ……陥らないよな?

 俺は若干の不安を覚えつつ、帰り支度を進めていく。

 そのとき、隅の方に横たわっていた賊が何やら呟いているのが聞こえた。


「(そう……。ミリオンズだ。王都に戻るらしい……。さっさと逃げねえと危ねぇ……ぞ)」

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