701話 叙爵式前夜

「いよいよ、俺の叙爵式が明日に迫っているな。緊張してきた……」


「大丈夫です! タカシ様ならきっとうまくできます!」


「そうだねー。ボクたちもいるし、問題ないよ」


「前祝いに、今日のディナーは豪勢にするからね」


 俺の言葉に、ミティ、アイリス、モニカがそう反応する。

 叙爵式に必ず参加するのは、爵位を与える側のネルエラ陛下と、爵位を授かる側の俺だ。

 また、爵位を授かる側の関係者として、妻たちの出席も認められている。


 その他の参加者は時と場合によるらしいが、今回はなかなかに大々的な叙爵式を開くらしい。

 ネルエラ陛下以外の王家の者……コンラード第二王子やベアトリクス第三王女。

 側近として、誓約の五騎士、宰相、高位の文官。

 さらには、地方を治める侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家、騎士爵家などの当主や名代が参加する予定だ。


「叙爵式本番で初めて会う人も多いんだよな……。胃が痛いぜ……」


 ラーグの街で開いた結婚式には多くの貴族家が参加してくれたが、サザリアナ王国全体からすればまだまだほんの一部である。

 少し前にネルエラ陛下と謁見した際に、コンラード第二王子や宰相あたりとは顔見知りになっているが、世間話をできるほどの仲にはなっていない。

 誓約の五騎士も名前と顔はギリギリ一致するようになったが、世間話をしたことがあるのはレティシアの上司であるイリーナぐらいだ。

 叙爵式の場は、俺にとってアウェーとなる可能性が高いのだ。


「あ、あの……。お役に立てるか分かりませんが、私でよろしければいつでもご相談に乗りますので……」


 不安げな俺を見て、サリエが声をかけてくれる。


「ありがとう、サリエ。心強いよ」


 男爵家の娘として育てられた彼女は、こうした公の行事についても多少の知識がある。

 とはいえ、もちろん彼女自身が爵位を授かったことはない。

 彼女も少し不安に感じている様子だ。

 そんな彼女の隣で、そっと手を握る人物がいた。


「わたくしはサリエお姉様の味方ですわ。ハイルディン侯爵家は、ハイブリッジ騎士爵家と友好的な関係を結ぶ準備がありましてよ。普段から交友のある各家にも根回し済みですわ」


 彼女は、リリーナ=ハイルディン。

 ハイルディン侯爵家の令嬢だ。

 俺と特に親しいわけではないのだが、最近はこのハイブリッジ家の団らんにしれっと混ざっていることがある。

 何でも、サリエが卓越した治療魔法で彼女の胸の大傷を治したらしい。

 それにいたく感謝したリリーナは、サリエのことをお姉様と慕うようになったとか。


 ちなみに、身分も年齢も、本来であればリリーナの方が上だ。

 サリエは若干居心地が悪そうにしているものの、この機会に慣れてもらう方がいい。

 彼女の治療魔法の腕なら、こうして他者から感謝される機会は今後いくらでもあるだろうからな。


「タカシお兄ちゃん、ちょっとぐらい失敗してもだいじょうぶだよっ! いざとなれば、パパの国で暮せばいいしっ!」


「マリア様。あたしにできることがあれば、何でも言ってくださいね」


 ハーピィの少女2人がそんなことを言う。

 1人目は、もちろんマリアだ。

 そしてもう1人は、ハガ王国からここまで観光に訪れていたレネという少女である。

 何でも、弓術大会の際に危険な目に遭ったレネを、マリアが助けたそうだ。

 マリアは王女なのでレネから彼女への敬意は元々一定以上あったようだが、それが一回り大きくなっている様子だ。


「冒険者は舐められたら終わりやで? ガツンとかましたらんかい!」


「ふふん。ホーネスさんの言う事にも一理あると思うわよ。王家も、冒険者上がりの貴族に細かい礼儀作法は求めていないはず。普段通りのタカシで行けばいいわ」


 関西弁の女性の言葉に、ユナが同調する。

 彼女は”銀弓”のホーネスというBランク冒険者だ。

 昔、迷子のユナを助けたことがあるらしい。

 ちなみに関西弁に聞こえるのは、俺の異世界言語のスキルがそう翻訳しているだけだ。

 実際に関西弁を話しているわけではない。


「貴族様のお話は分からないのです。でも、腹が減っては戦ができないことは確かなのです。モニカちゃんと一緒に、豪華な夕食を用意してあげましょう」


「じゅるり。まさか、あの有名なゼラさんが腕を振るってくれるとは……。最高ですわ~」


「た、楽しみですね」


 リーゼロッテとニムのテンションが上がっている。

 その理由は、ゼラという少女だ。

 彼女は王都で有名な新人料理人で、麺類を得意とするらしい。

 モニカが参加した先日の料理コンテストでも2位に入賞した実力の持ち主だ。

 料理コンテストの後にモニカと打ち解けたらしく、時おりハイブリッジ家の団らんに混じって料理談義をしている。


 侯爵家の令嬢リリーナ。

 ハーピィの平民レネ。

 Bランク冒険者”銀弓”のホーネス。

 新人料理人ゼラ。

 それぞれ方向性は違うものの、なかなかに美しく魅力的な女性たちだ。

 チャンスがあれば手を出したいところなのだが、ベアトリクスとの婚約発表を控えた今、あまり迂闊には動けない。


 そもそも、俺と彼女たちはまだほとんど交流がない。

 リリーナはサリエ、レネはマリア、ホーネスはユナ、ゼラはモニカと、各自に仲のよい相手がいる。

 彼女たちから見た俺の立ち位置は、『女友だちの旦那さん』といった程度だろう。

 下手に下心を見せれば、ドン引きされてしまうリスクがある。


 出会いの形が違えば、ワンチャンぐらいはあったかもしれないが……。

 例えばリリーナとは、俺が先に会って治療魔法を掛けていれば、俺の方に好意を向けてくれる未来もあっただろう。

 サリエが治療してしまったのは、ある意味では忠義度を荒稼ぎする機会を逸失したと言えなくもない。


 だが、今回は今回で、実は悪くない結果が出ている。

 なんと、リリーナが加護(微)の条件を満たしていたのだ。

 それも、俺と始めて会った瞬間からである。

 おそらくだが、彼女からサリエに対する恩義の感情が、俺にも一部だけ向けられているのではなかろうか。


 同じようなイメージで、レネも加護(微)の条件を満たしている。

 ホーネスとゼラはさすがにまだだが、悪くない数値となっている。

 俺と直接的に仲良くならずとも、妻たちと仲良くなることで加護(微)くらいであれば十分に達成できるらしい。

 思わぬ収穫だ。


「ま、なるようになるか。緊張していても仕方ない。今晩は、大いに楽しもうか」


 叙爵式で多少失敗したところで、打首とか叙爵取り消しなどということには絶対にならない。

 ネルエラ陛下はそのような小さなことを気にする人ではない。

 なにせ、俺が彼に超高火力の魔法をぶっ放して消し炭にしたときも、一切気にした様子がなかったからな。

 彼が謎の武技により耐久性や回復力に秀でているのもあるだろうが、普通は少しぐらい気にするだろう。

 彼の器はとんでもなく大きいと見て間違いない。

 安心して叙爵式に臨めばいいだろう。

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