700話 ハイハイレース本番

 ハイハイレースが始まろうとしている。

 それぞれの親が、子どもをスタート位置まで連れてくる。


「ミカ、絶対に一位を取りなさい!」


「あう~」


「モコナ、頑張るんだよ」


「あうぁ~?」


「アイリーン、応援してるからね!」


「あうぅ!」


 ミカ、モニカ、アイリスが、ゴール地点からそれぞれの子どもに声を掛ける。

 その声掛けの内容も、教育方針の特徴が出ているな。

 ミティは子育てにおいてもイケイケドンドンで、何というかパワフルな感じに育てている。


 逆にアイリスはだだ甘で、”参加することに意義がある”というぐらいの感覚だ。

 まあ、ただのハイハイレースなので彼女ぐらいの感覚が普通ではあるのだが、それでもできればより上位と取って欲しいと思うのが親心というもの。

 アイリスからは、一切そのような感情が伝わってこなかったので驚いた。

 ただただ、純粋に我が子の健闘を応援している。

 ちなみに、モニカの教育方針はミティとアイリスの中間ぐらいだ。


「それでは、もうすぐスタートしますよ~! 位置について……よーい、ドン!」


 ナオミの合図とともに、ミカとアイリーンとモコナが一斉に走り出す。

 ミカはやはりと言うべきか、他の赤ちゃんと比べても速い。

 というか、またフライング気味だったような……。

 彼女がトップ集団に混じって走る。

 少しだけ離れて、アイリーンとモコナが食らいつく。

 アイリーンはまた手を抜くかと思っていたが、やるときはやるんだな。


「おおっと! 中間地点を過ぎて、優勝候補が絞られてきたか!? 後ろの方の子たちは、各自のペースでゆっくりと完走させてあげてくださいね~」


 ナオミの言葉通り、出遅れた赤ちゃんたちはスタート地点後方で待機していた父親のサポートを受けてゆっくりと進み始めた。

 対するトップ集団は……。


「ほーら、ワンちゃんだよー!」


「ミルクがあるよー!」


「ママのところに来てー!」


 ゴール地点で待機する母親たちの手招きに誘われ、赤ちゃんたちが加速する。

 愛しいママ、ぬいぐるみ、ミルクなどにつられているのだ。


「ミカ、アイリーン、モコナ。もうちょっとだぞっ!」


 3人は順調に進んでいるので、父親の俺が後方からサポートする必要はない。

 せめて応援だけはしておく。


「モコナ、踏ん張りどころだよっ!」


 モニカがそう声を掛ける。

 そのときだった。

 バリッ!

 トップ集団の赤ちゃんを、微細な威力の雷魔法が襲った。


「「「あうぅ~っ!?」」」


 痺れてしまった様子で、赤ちゃんたちが倒れ込む。

 あれは……。

 まさか、初級の雷魔法【パラライズ】か?

 かなり微細な威力だったので、命に関わることはないだろうが……。

 赤ちゃんにとって、麻痺は初めての経験だったはず。

 トップ集団は混乱し、順位が大きく入れ替わった。


「さあ、ここでハプニング発生です! トップ集団が謎の混乱に陥りました! おおっと! ここで、モコナちゃんが追い抜いてきました!」


 ミカを含めたトップ集団が混乱し停滞している間に、その横をモコナが涼しい顔をして追い抜いていった。

 まさか、さっきの魔法はモコナか……?

 よく見ていなかったが、魔法の発生源の方向に大人はいなかった。

 謎の自然現象だとか他の赤ちゃんが発生源という可能性もあるが、それよりはモコナが発生源という方があり得るように思えた。


 これは、モコナの優勝か。

 赤ちゃん同士のハイハイレースで魔法まで使われては、他の赤ちゃんが勝てる可能性はないだろう。

 俺はそう思った。

 しかし……。


「あうぅ!」


 ガッチリとモコナの足を掴んだ赤ちゃんがいた。

 彼女の後ろをキープしていた、アイリーンだ。


「ああっ! アイリーンちゃんがモコナちゃんを捕まえて……。そ、そのまま投げましたぁっ!? とんでもない赤ちゃんです!!」


「あうぅ~!」


「うわぁぁぁぁぁぁん!」


 アイリーンの投げ技は見事だった。

 なぜ生後1か月であれほど動けるんだよ。

 投げられたモコナは泣き出してしまった。


 3人の中でも、モコナは少し泣き虫なんだよな。

 まあ、投げ飛ばされてしまっては泣き虫でなくとも泣いてしまうだろうが。

 打ち所は悪くない。

 あくまで、投げられた驚きで泣いてしまっている感じだろう。


 アイリーンはどこか得意げな表情でトップを独走する。

 今度こそ優勝者が決まったか?

 俺はそう思った。

 しかし、またしてもその思いは裏切られることになる。


「あうぁ~!」


 ミカが何か呟く。

 ドンッ!

 彼女の足元で小さな爆発が起き、彼女の小さな体はゴール方向に向けて吹っ飛んでいく。


 なかなかの勢いだ。

 あのまま頭から着地して変なところを打ったら、生死にすら関わるんじゃないか?

 俺は急いでキャッチに向かおうとする。

 しかしその前に、ミティが動いていた。


「ミカっ!!」


「あうぁ~」


 悲壮な顔をして何とかキャッチしたミティとは対称的に、ミカは笑顔で母親に抱かれていた。


「おおっと! なんと1位は、謎の爆発により大逆転をしたミカ様です! 続いて2位はアイリーン様、3位はモコナ様、そして……」


 赤ちゃんたちが続々とゴールしていく。

 後方組も、父親たちのサポートを受けて無事にゴールした。

 赤ちゃんのハイハイレースとは思えないほど白熱した勝負だったが、終わってみればなかなか楽しかったかもしれない。


「(……すごいのね、貴族様の子どもっていうのは……)」


「(とんでもない才能ばかりだ。ハイブリッジ騎士爵領は次代の安泰だな)」


「(私たちも移住する?)」


「(ここ王都も悪い場所じゃないが……。検討の余地はあるかもしれん)」


 参加者たちがそんなことを呟いている。


「ミカ、やりましたね! お母さんは嬉しいですよ!!」


「あうぅ~」


 ミカがどこかドヤ顔にも見れるような表情でミティに抱かれている。


「よく頑張ったね、アイリーン。ママはずっと見てたよ」


「あうぁ」


 アイリスが娘の健闘を称え、アイリーンが静かにそれに応えている。


「モコナ、泣き止んで。投げられちゃってびっくりしたよね。よしよし」


「うぇええん!」


 泣くモコナの頭をモニカが優しく撫でる。

 彼女は徐々に泣き止んできた。


「いろいろあったが、みんなの成長を実感できた。参加してよかったな。いい思い出になる」


「はい! これからも、たくさん思い出を作っていきましょうね!」


「ボクの宝物との思い出、いっぱい増えるといいなぁ」


「やっとモコナが泣き止んだ。これから、強い子に育ってくれると嬉しいな」


「「「あうぁ~!」」」


 こうして、俺の家族はハイハイレースで勝利し、いい思い出を作ることができたのだった。

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