699話 ハイハイレースへのエントリー

「ふむ。ここがハイハイレースの会場か」


「うわぁ! 広いですね!」


「あう~」


「そうだね。これなら、思う存分競い合いができるよ。優勝はモコナがもらうけど」


「あうぅ~」


「どの子も可愛いねー。ま、ボクのアイリーンが一番だけどね」


「あうぁ~」


 俺、ミティ、モニカ、アイリスがハイハイレース会場に到着した。

 ちなみにニムやユナなど他の者たちは、別行動だ。

 彼女たちも赤ちゃんのことは可愛がってくれているが、さすがに実の母親ほどの愛は持っていない。

 ハイハイレースを観戦するよりも、それぞれの用事を済ませることを選んだ感じだ。


 会場は広大な面積を誇る運動場のような場所だ。

 観客席が設けられており、数百人規模の観客を収容することができる。

 また、地面は土ではなく芝生になっている。


「これは……なかなか本格的じゃないか……」


 俺は感心する。

 まさかここまで本格的なレースだったとは。

 せいぜい、日本のデパートや遊園地、商店街などで開催されているようなハイハイ大会を想像していた。

 まあ、会場がゴージャスというだけで、さすがに観客席に人は詰まっていないが。


「さあさあ、参加登録はこちらです! エントリーシートに必要事項を記入してください!」


 受付には、若い女性が立っている。

 彼女は元気いっぱいに参加者たちを誘導している。

 見覚えのある顔と声だ。


「ナオミちゃんじゃないか。こんなところで何をしているんだ?」


「えっ!?」


 俺が声をかけると、ナオミは驚きの声を上げた。


「ハ、ハイブリッジ様!?」


「数日ぶりだな。どうしてここに?」


「アルバイトです。騎士見習いだけでは稼ぎが足りないので、こうして働いているんです」


「ほう」


 見習いの騎士は、具体的な仕事をこなすわけではない。

 正規の騎士に混じって基礎トレーニングや剣・槍・弓などの鍛錬を行うことを日課としている。

 実務で国に貢献しているわけではない。


 しかし一方で、有望な見習いたちが鍛錬に励めば、将来的に国の役に立つ。

 そのため、最低限の給金は出る。

 当人の衣食住は賄える程度の金額のはずだが、自分以外の者を養おうとすれば金が足りなくなる。

 ナオミには、年老いた両親なり病弱な姉妹などがいたりするのだろうか?

 俺が疑問を口に仕掛けたとき、先に彼女が口を開いた。


「ハイブリッジ様こそ、なぜここに? お忙しいはずでは……」


「忙しいと言えば忙しいが、ここは俺の領地ではないからな。陛下への挨拶も終えているし、今日は騎士団の訓練も休みだろ? たまには家族と羽根を伸ばさないとな。ほら、彼女たちが俺の妻だよ」


 俺は、ミティ、アイリス、モニカを紹介する。


「初めまして。私はミティです。ハイブリッジ家の第一夫人にさせてもらっています」


「ボクは第二夫人のアイリスだよ。君がナオミちゃんかー」


「私は第三夫人のモニカ。ナオミさんのことは、タカシから聞いていたよ」


 3人は順番に自己紹介をする。


「はじめまして! アタシ、ナオミといいます。ハイブリッジ家の皆さんとは、いつかごあいさつしたいと思っていました。よろしくお願いします!」


 ナオミがぺこりと頭を下げる。

 殊勝な態度だな。

 これなら、ミティたちともうまくやっていけそうだ。

 いや、ナオミは王都騎士団の見習いだから、今後は特に関わる予定がないのだが。

 俺がそんなことを思っていると、ミティが耳打ちしてきた。


「(タカシ様。やはりこの娘にも手を出されるのですか?)」


「ぶっ!?」


 俺は思わず吹き出す。


「(そ、そういうわけじゃないぞ。まだ何もしていないし)」


「(そうなんですね。それを聞いて安心しました。でも、手を出されるのであれば、前もって私たちに相談してくださいね)」


「(わ、わかった……)」


 俺は動揺しながらも何とかそう返答する。

 ナオミに少し惹かれているのがバレている……。

 その上、いずれは手を出しそうなことについて諦められてもいるな。

 止めるのではなく、事前に相談ぐらいはしろと……。


 現状、ナオミは加護(微)の対象者だ。

 加護(微)くらいであれば、俺の領地内に数え切れないほど存在する。

 取り立てて騒ぐほどのものではない。


 だが、俺がナオミと出会ってからまだ半月も経過していない。

 そんなわずかな期間で加護(微)の条件を満たしたという意味では、彼女は有望株であると言える。

 俺が彼女に目を付けた理由のひとつはそれだ。


 そして、もうひとつは彼女の人柄だ。

 真面目で責任感が強く、勤勉だ。

 騎士としての腕も、見習いとしては悪くない。

 将来性がありそうだし、できればいい関係を築いていきたいものだ。


 とはいえ、今のところはそういったことは考えていない。

 叙爵式のために訪れた王都で、ホイホイと手を出すわけにはいかないだろう。


 俺がそんなことを考えている間にも、ミティ、アイリス、モニカはハイハイレースのエントリーシートに記入を進めていたようだ。

 彼女たちが、記入済みの用紙をナオミに渡す。


「はい、承りました。ミカ=ハイブリッジ様、アイリーン=ハイブリッジ様、モコナ=ハイブリッジ様ですね! ご年齢は……生後1か月!? し、失礼ですが、本日の大会はハイハイをするものでして……」


「問題ない」


 俺はナオミの言葉を遮る。


「俺の子どもたちは、既にハイハイをマスターしている。優勝間違いなしとまでは言わないが、参加資格は満たしているはずだ」


「は、はぁ……。わかりました」


 ナオミが納得したようなしていないような表情で、頷く。

 そして、このやり取りは周囲にも聞こえていたようだ。


「(おいおい……。聞いたか? 今の)」


「(ああ。噂のハイブリッジ騎士爵だな……。生後1か月の赤ちゃんをハイハイレースに参加させるなんて、何を考えているんだか……)」


「(どうせ、子どもの世話は使用人に任せっきりなんでしょ。自分の子どもの成長具合すら把握していないなんてね)」


「(あんなのに負けてられないわ。まさか、赤ちゃん同士の競争にイチャモンをつけてくるほど狭量でもないでしょう。貴族をギャフンと言わせるチャンスね!)」


 他に参加する赤ちゃんの両親たちが、俺に聞こえないように囁き合っている。

 俺に対する悪口も混じっているが、まあ仕方ないだろう。

 貴族という地位にいれば、無条件に敬意を払ってくれる者がいる一方で、こうして敵意や嫉みの感情を向けてくる者もいる。


 意図的に赤ちゃんを傷つけられるのなら当然阻止するが、あくまで真っ当に競争するのであれば、俺から何か手を打つ必要はない。

 ミカ、アイリーン、モコナの奮戦に期待することにしよう。

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