670話 ネルエラ陛下がお呼びだ

 騎士たちに軽く稽古をつけてやった。

 俺には勝てないと判断した彼らは、今度は別の者に勝負を挑んだ。

 蓮華、キリヤ、レインだ。

 しかし、この3人にもあっさりと負けてしまい、ある者は茫然自失、ある者は完全に恐慌状態に陥っていた。


「わ、我ら誇り高き騎士団が……」


「無様な姿を晒してしまった……」


「く、屈辱……。この汚名を雪がねば……」


「何とかして雪辱を……」


 騎士たちがそんなことを言い出す。

 やれやれ。

 なかなかの精神力だな。

 騎士たるもの、そう簡単に心が折れてもらっては困るのだが、この場では少し厄介だ。


「かあっ!!!」


 俺は魔力と闘気を開放する。

 ナオミやレティシアとの戦いではあえて出力を抑えて戦っていた。

 もちろん、その後の他の騎士たちとの戦いでも同様だ。

 彼らの鍛錬のためにはそれで正解なのだろうが、そのために俺が舐められ気味なところもある。


「あ、ああああぁ……」


「ダ、ダメだ。あんな奴に、勝てるわけがない……」


「殺されるぞ……」


「に、逃げろっ!」


 そんな感じで、平騎士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。

 まぁ、こうなるよな。

 彼らの戦意を挫くために魔力と闘気を開放したので、この展開は狙い通りではある。

 だが、逃げる相手を見れば追いたくなるのが人間というもの。


「ふん……。逃すものか」


 俺はそう呟き、彼らに駆け寄ろうとした。


「待て! タカシ!!」


 それを制止したのは、今まで黙っていたシュタインだった。


「どうした?」


 俺は彼に尋ねる。


「ネルエラ陛下がお呼びだそうだ」


 そう答えるシュタインの隣には、いつの間にかベアトリクス第三王女の姿があった。

 彼女が俺とシュタインを呼びに来たようだな。


「分かった。すぐに行こう」


 第三王女のベアトリクスに対して、俺はついつい軽い態度で接してしまう傾向がある。

 しかし、さすがにこの国の王であるネルエラ陛下にはちゃんとした態度で接する必要があるだろう。

 呼び出しを無視するなんてもってのほかだ。

 最悪は不敬罪で処刑されるリスクもあるしな。


 まあ、いざとなれば俺の魔法や闘気を全開にして愛する妻や仲間たちと共に領地に逃げ帰るという選択肢がなくもないが……。

 それは最後の手段だ。


「タ、タカシだって? どこかで聞いた名前のような……」


「あの紅の剣……。まさか、噂のハイブリッジ騎士爵では……?」


「うわ……。なんでこんなところに……」


「おかしいと思ったんだよ。いくらソーマ騎士爵とはいえ、あれほど強い配下を持っているなんて聞いたことがなかったから……」


 騎士たちがようやく俺の素性に気付いたようだ。

 逃げる足を止め、恐れおののくような表情でこちらを見ている。


「お前たち。俺たちのことを話しているみたいだな」


 俺は騎士たちに声を掛ける。


「ひっ!?」


「ひぃっ!」


「い、いえ、その……」


 騎士たちの顔色が真っ青になる。

 彼らは俺に対して散々失礼な態度を取っていたからな。

 騎士爵である俺と、王都騎士団の団員との間に直接の上下関係はない。

 だが、俺は一応は貴族の端くれであるのに対し、彼らは騎士とはいえ平民だ。

 身分上はそれなりの差がある。


「安心しろ。お前たちを罰するつもりはない。ただ、今後もきちんと鍛錬に励んでくれればいい」


 まあ、そもそも俺がきちんと名乗らなかったのが原因だしな。

 身分を隠して無双するのは楽しいんだ。

 それに、罰するも何も、王都における司法権は王家にある。

 俺の一存で彼らをどうこうできるわけではない。

 貴族である俺が強硬に彼らの罪を王家に訴えれば、ネルエラ陛下も一考程度はしてくれるだろうが。


「は、ははあ! もちろんでございます!!」


「今後とも鍛錬に励みますとも!」


「ハイブリッジ騎士爵にご指導いただき、ますます鍛錬に身が入るというものです!」


「ご指導ありがとうございました!」


 平騎士たちが慌てて頭を下げる。


「そうか。それならいいんだ。これからは仲良くしよう」


 俺は笑顔で応じる。


「は、はい! よろしくお願いいたします!!」


「身に余る光栄です!」


「ハイブリッジ様、我らを鍛えていただいたことを一生忘れません!」


「あなた方のおかげで、私たち騎士団員も強くなれそうです!」


 騎士たちが口々に感謝の言葉を述べてくる。

 少し大げさな物言いな気もするな。

 俺の機嫌を損ねないように必死なようだ。


 身分を明かした途端に手のひらを返す彼らの態度も少しどうかと思うが、大元の原因は俺なので深く追求するつもりはない。

 そもそも、敬意というものと立場や身分というものは切っても切り離せない関係にある。

 騎士たちの気持ちは分からないでもないのだ。


「まぁ、今日はもう帰って休め」


 俺はそう声を掛けつつ、騎士団員たちの忠義度を確認する。

 手合わせをしている最中は忠義度5から15くらいの者が多かった。

 俺が彼らを叩き潰した後は、忠義度10から20くらいの者が多くなっていた。


 今現在は忠誠度15から25といったところか。

 なかなか悪くない。

 最初に舐められてから見返すのは結構効果的に忠義度を稼げる可能性があるな。

 まあ、逆に最初から名乗った場合の忠義度を測ったわけではないので、比較はできないのだが……。


「ナオミちゃんもしっかりと休むようにな」


「は、はいっ! 分かりました!!」


 騎士見習いのナオミが背筋を伸ばしてそう返事をする。

 特に忠義度が高めなのが彼女だ。

 既に30の手前である。

 やはり、若い者や女性の方が忠義度が稼ぎやすい傾向がある。


 ちなみにレティシアの忠義度は20台中盤だ。

 今日が初対面であることを考えれば十分に高い。

 しかし一方で、俺がわざわざ騎士たちと戦ったのが彼女のためであることを考えればやや低いと言わざるを得ない。


 俺の戦いにさほど感じるところがなかったというよりは、そもそも彼女が中隊長というそれなりに高い地位にあるという要素が大きいだろうな。

 年齢もナオミより上の20代後半くらいだし。

 地位や年齢が上の者は、忠義度が上がりにくい傾向があるのだ。


 俺はしばらく王都に滞在する予定だ。

 時間を見つけて騎士見習いのナオミや中隊長レティシアに指導を行ってあげるのも悪くないかもしれない。

 俺はそんなことを考えながら、騎士たちと別れて、シュタインやベアトリクス第三王女と共に王城へと向かうのであった。

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