669話 なぜこんな化け物たちが無名なんだ……

「ふん……。こんなものか」


 俺はそう呟いた。


「く、くそぉ……」


「ちくしょう……」


「……」


 騎士たちは皆、地面に倒れている。

 彼らは俺の繰り出す蹴りの前に為す術もなく蹂躙されたのだ。


「これで分かっただろう。お前たちが束になっても無駄だということが。そして、そんな俺に一蹴されたレティシアやナオミもそう弱いわけではないとな」


 俺は倒れている騎士たちに向かって言った。


「さて……」


 俺はレティシアとナオミの方を見る。


「こいつらはああ言っていたが、レティシアは強い。それに、ナオミにも光るものを感じた。自信を持つといい」


「あ、ありがとうございます」


「えへへ」


 2人共嬉しそうだ。


「じゃあ、俺たちは行くからな。おっと、最後に治療魔法を掛けておくか。……【エリアヒール】」


 俺はまだ倒れ込んでいた騎士たちに回復魔法を掛けてやった。


「うぅ……。こ、これは?」


「た、助かったのか?」


「あの野郎、何が一介の部下だよ。とんでもない強さだった……」


 騎士たちがそんなことを言う。

 彼らは未だに、俺のことをシュタインの部下だと思っているようだ。

 俺の口からは、そんなこと言っていないのだが。


「じゃあな」


 俺はそう言い残して、その場に背を向ける。

 だが、その時、


「待て!」


 騎士の1人が声を掛けてきた。

 豪槍くんだ。


「ん?」


「お前の強さは分かった……。だが、このまま引き下がるわけにはいかない!」


 騎士が俺に向かって叫んだ。


「ほう……。それはつまり、俺と再戦するということか?」


「いや、違う。そっちの3人とだ!」


 騎士が俺の後ろを指差した。

 そこにいたのは……。


「む。拙者とでござるか?」


 蓮華が驚きの声を上げた。


「いいぜ。かかってこいよ」


 キリヤがニヤリと笑ってそう答える。


「えっと……。あれ? まさか、私ですか!?」


 レインが戸惑いの声を上げる。

 サムライとして刀を携えている蓮華と、双剣使いとして戦うキリヤ。

 この2人に対して勝負を挑むのはまだ理解できる。


 しかし、レインはただのメイドなんだけどな……。

 いや、ハイブリッジ杯には出ていたし、俺の加護(小)の対象者でもある。

 基礎ステータスに2割の補正が掛かっている上、剣術のレベルは2になっている。

 普通のメイドよりは強いだろうが……。


「おいおい、レインはただのメイドだぞ?」


「ええい! 問答無用!」


「我ら小隊長三人衆が、せめて貴様らだけでも叩き伏せてくれるわ!」


「覚悟せよ!」


 俺の治療魔法により復活した小隊長三人衆が、俺の言葉を無視して突っ込んできた。


「ふっ。勇ましい奴らでござる」


「いっちょ揉んでやるか」


「あわわ、どうしよう!?」


 蓮華は泰然と構え、キリヤは不遜に双剣をクルクル回す。

 そして、レインだけが狼惑していた。


「秘技! 豪槍突きぃっ!!」


 豪槍くんがなかなかの勢いの突きを放つ。

 先端は潰してあるので当たっても致命傷にはならないだろうが、痛いのは間違いない。

 その突きは蓮華の脇腹を見事に捉えた。


「くくく。殺った!!」


 騎士が勝利を確信して笑う。

 だが……。


「残像でござる」


「へっ? ぷげらっ!!」


 騎士がマヌケな声を出すと同時に、弾き飛ばされた。

 蓮華の反撃を受けたのだ。


「ふっ。やるじゃねえか」


 その様子を見たキリヤがニヤッと笑みを浮かべる。


「小僧ぉ! 余所見とは余裕だな!」


 別の騎士がキリヤに迫る。

 彼は剣を大きく振りかぶった。


「くらえ! 豪腕斬り!」


「おっと!」


 ガンっ!

 キリヤは双剣をクロスさせ、それを難なく受け止めた。


「ぐぬぬ……。見掛けによらず怪力だな……」


「鍛えているからな。さあ、今度はこっちの番だぜ」


 キリヤがそう言って、力任せに相手の剣を押し返す。

 そして、そのままの流れで相手を斬りつけた。


「ぐあっ! ……何のこれしき!」


「おー。さすがにタフだな」


 キリヤは感心している。


「お返しだ! 我が剣技を……」


「悪いが、もうお前のターンは来ねえぜ」


 騎士が次の攻撃の動作に移る前に、キリヤが攻撃を繰り出す。


「ぐっ! ま、待て……」


「勝負に待ったは無しだ。そらそらぁっ!」


「がっ! ぐふっ!」


 キリヤの双剣乱舞の前に、騎士は為す術もない。

 蓮華が最高速度に優れた剣士だとすれば、キリヤは反応速度や連撃に優れた剣士だ。

 一度優勢に立てば、相手に反撃の機会を与えずに完封することができる。


「くそぉぉ……!」


 騎士はそのまま崩れ落ちるように倒れた。


「ふむ。後一人でござるか」


「ふっ。最後の一人も俺にやらせろ……と言いたいところだが……」


「ぬおおおぉっ! 豪槍も豪剣も敗れたか! だが、我は負けるわけにはいかん!!」


 最後の一人がレインに向かって突進してきた。


「うわわっ! わわわっ!?」


 レインは慌てて逃げようとするが、


「逃すか!」


 騎士の方が速い。

 このままでは、彼女は捕まって斬られてしまうだろう。

 ただのメイドのレインには荷が重い。

 ここは助ける必要がある。

 そう思ったが……。


「え、えいっ!」


 レインが気合と共に放った剣撃が、騎士の側頭部に炸裂した。


「ごふぅっ!」


 騎士が白目を剥いてその場に倒れる。


「え? え? あれ?」


 レインは何が起こったのか分からないといった様子だった。


「レイン。やるじゃないか」


 俺は彼女を褒め称える。


「あ、ありがとうございます。でも、どうして私なんかが……。剣の鍛錬は一応続けていましたが、騎士様に一撃当てることができるなんて……」


 彼女は自分の手を見つめながら戸惑っている。


「レインも強くなっているということだな。俺や蓮華が教えていたことが実を結んだのだろう」


 あと、加護(小)の恩恵により基礎ステータスや剣術スキルのレベルが上がっていることも一因だと思う。


「なっ! 小隊長たちがまた負けるなんて……」


「あの男だけじゃなくて、こいつら3人も強いのか!?」


「信じられん……。なぜこんな化け物たちが無名なんだ……」


 観戦していた平騎士たちが呆然自失としている。

 蓮華が無名なのは他国の出身だからだ。

 山風の二つ名を持つ特別表彰者ではあるが、まだ王都までは十分に名が浸透していない。


 キリヤが無名なのは労働嫌いが一因か。

 俺の配下となるまでは、あまり精力的には活動していなかった。

 少し前には合同結婚式の場を借りて貴族たちに紹介したし、今後その名は広まっていくだろう。


 レインは、現時点でその名が広まるほど強いわけではない。

 さっきの一撃も、騎士の不意をついた要素が大きい。

 だが、今後のがんばり次第では彼女もまだまだ上を目指せる。

 一流の美少女メイド剣士として名を馳せることもあるかもな。


 さて。

 いろいろあったが、ようやく場が収まりつつある。

 そろそろ名乗ってやることにするか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る