658話 ゴブリンの巣へ

「まったく……。安請け合いしおって……」


 ベアトリクスが呆れた様子でそう言った。

 俺たちは今、村から少し離れた森を歩いている。

 村長に教えてもらったゴブリンの巣を目指しているのだ。


「ふん。別に村で待っていてもらってもよかったんだぞ? ゴブリンジェネラル程度で殿下の手を煩わせる必要もない」


 俺はベアトリクスと並んで歩きながら言う。

 ちなみに、ミティやニムたちは村で待機している。

 付いてきているのはモニカ、蓮華、キリヤだ。

 俺たち4人がいれば、ゴブリンジェネラル程度は相手にもならないだろう。

 ベアトリクスが付いてくる必要はなかったのだが……。


「そういうわけにもいかん。王国民が困っていれば、それを助けるのは王族の務めだ」


「ご立派なことだ。だが、王女の身でそんなことを言い出したらキリがないんじゃないか?」


「そんなことは分かっておる。本来の王族の役目は、制度を整え施策を行うこと。直接的な力を行使するのは、あくまで例外である。だが今回のように目の前に困っている者がいれば、さすがに見過ごすわけにはいかぬ」


 ベアトリクスがそう答える。

 元は一庶民の俺が言うまでもなく、彼女なりの哲学を持っているようだ。

 王族の責務を正しく自覚し、それを実践しようとする姿勢は好ましい。

 俺も貴族の端くれとして、見習うべきところは多そうだ。


「まあ、それはいい。それより、この辺だったよな。ゴブリンの巣があるのは……」


「うむ。……っと、どうやら目的の場所に着いたようだぞ」


 ベアトリクスが視線を前方へと向ける。

 そこには大きな洞窟の入り口があった。


「これが例のゴブリンの巣穴か……。確かに、中から邪悪な気配を感じるな……」


「ふむ……。さて、どうしたものかな……。とりあえず、入ってみるか?」


「ああ」


 ベアトリクスの提案に、俺は頷く。

 俺たちは洞窟の中へ足を踏み入れる。

 内部は意外に広いようだ。


 しばらく歩くと、少し大きめの場所に出た。

 物陰から様子を伺う。

 数十匹のゴブリンたちが暮らしているのが見える。


 …………。

 ……いや、おかしいだろ!

 普通、こんなにたくさんゴブリンがいるもんじゃないぞ!


「げっ。ウジャウジャいるじゃねえか。それに……」


「うむ。さすがにこれは予想外でござる。あんな奴らまでおるとは……」


 俺の隣では、キリヤと蓮華が顔を引きつらせていた。

 そう。

 ここにいたのは、ゴブリンだけではなかったのだ。

 洞窟の中には、オークもいた。


「おいおい……。ゴブリンだけじゃなかったのかよ」


「村長の勘違いであろう。弱き者が報告を違えるのはよくあることだ。それよりも、問題はこいつらの数だな」


 ベアトリクスが冷静に分析する。

 ゴブリンは雑魚だが、あれだけの数となるとさすがに厄介だ。

 それに、ゴブリンよりもひと回り強いオークの姿もある。

 策もなしに正面からぶつかればただでは済まない。

 だがそれは、一般的に言えばの話だ。


「ん? ああ、大丈夫だって。あいつらは俺たちが片付けるからよ。殿下は安全な後方で待機していろ」


「何? 貴様らが? ……無茶をするな。ここは一度引き返して、作戦を練り直すべきだ」


 ベアトリクスが眉根を寄せた。

 彼女の戦闘能力はなかなかのものだが、さすがにこれだけの数を前にして猛進するほどの自信家ではないか。

 ゴブリンが数十匹に、オークが数匹。

 さらにはゴブリンジェネラルもいる。


「この程度、俺たちの相手ではない。そうだろ? みんな」


「うん。魔法で先制攻撃して崩せば、効率よく倒せそうだね」


「もちろん拙者一人では無理でござるが、こちらにはたかし殿がいるからな。どうとでもなるでござろう」


「ふっ。確かにな。俺も騎士爵サマの指示に従うぜ。指示をくれ」


 俺の実力を知っているモニカたちから見ても、この程度の魔物はさしたる脅威とは映らないようだ。


「ぐぬっ! うぬぼれも大概にしろ! たかが騎士爵風情が!」


 ベアトリクスが歯ぎしりをしてそう言った。

 その表情には怒りの感情がありありと見れる。

 声量を抑える程度の理性は残っているようだが……。


「落ち着け」


「これが落ち着いていられるか! あれだけの群れにわずかな手勢で突っ込むなど、正気の沙汰ではないわ!」


「だから、俺たちなら大丈夫なんだって。心配してくれてありがとうな」


 俺はベアトリクスの頭をポンッと叩く。

 彼女がその手を払い除ける。


「心配しているわけではない! 新貴族が無謀な作戦を決行して戦死でもすれば、我の監督責任になる! 粋がった愚か者を諌めているだけだ!」


「はいはい。そういうことにしておこう」


 俺は適当にベアトリクスをいなす。

 そして、キリヤと蓮華に向かって言う。


「というわけだ。殿下はあいつらが怖いらしい。俺たちだけで片付けちまおうぜ」


「承知。それならば、遠慮なく暴れられるでござる」


「ふっ。腕がなるぜ」


「さくっと倒しちゃおう」


 俺の言葉に、3人がやる気を見せる。

 まあ実際のところ、俺1人でも何とかならなくもない相手だが……。

 4人いれば、余裕で倒せるだろう。

 そんなやり取りをしている俺たちを、ベアトリクスが真っ赤になって睨みつけている。


「我を差し置いて勝手に方針を決めるな!」


「いちいちうるさい奴だな……。そんなに怖いなら、村に戻っていればいい」


「ぐぬぅ……」


 俺がそう提案すると、ベアトリクスが悔しそうに歯噛みした。

 いかんな。

 彼女の顔を見ると、ついつい挑発的な物言いをしてしまう。

 そのうち不敬罪で処刑されてしまうかもしれん。

 俺がまだ処刑されていないのは、ベアトリクスの懐の深さゆえだろう。


「……仕方がない。貴様らの策に乗ってやる。ただし、絶対に成功させるのだぞ!」


「はいよ。任せてくれ」


 俺は自信満々に答える。

 策ならある。

 それなりにシンプルで、しかも強力なのがな。

 さくっとゴブリンやオークたちを殲滅してしまうことにしよう。

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