657話 俺の名は

 ラーグの街から王都への道中。

 とある村に俺は一人で到着した。

 さっそく村長と話しているところだ。


「なに? ゴブリンジェネラルだと?」


「はい。少し前から見かけるようになりまして……」


 村長が神妙な表情でそう言う。


「ゴブリンジェネラル程度、大した相手ではない。俺に任せておけ」


 王都への道中ではあるが、少し寄り道するぐらいの時間はある。


「ご冗談を。ゴブリンジェネラルは中級の魔物です。お一人での討伐など、Cランク冒険者でもできるかどうか……。あなただけでは不可能でしょう」


 村長がそう言う。

 Bランクの俺なら朝飯前なのだが……。

 いや、そういえば彼にまだ名乗っていなかったか。


「ふむ。それなら、どう対応しようとしているのだ?」


「王都とラーグの街の冒険者ギルドに、それぞれ依頼を出したところです。今ごろ受注がされている頃かと……」


 この村は、ちょうど中間地点にある。

 王都とラーグの街の両方に働きかけるのは、正しい選択だろう。


「なるほど。ラーグの街か……」


 俺は領主であると同時に冒険者でもある。

 めぼしい依頼があれば連絡するよう、受付嬢ネリーには指示していた。

 だが、俺たちがラーグの街を出発した時点でそんな連絡は受け取っていなかった。

 どうやら入れ違いになったようだ。


「王都にだけ依頼をしようかと思ったのですが……。ここ最近でラーグの街の周辺が急速に発展していると聞きました。何でも、新貴族のハイブリッジ騎士爵という方がとんでもなく優秀だという噂ですな」


「ほう」


「農業の収穫高が大幅に上がり、傷病者が減り……。さらには、冒険者や衛兵の精強さも増しているとか。ゴブリンジェネラルの討伐依頼も受けてくれるのではと思いました」


「なるほどな」


 俺はニヤけそうになる表情筋を必死に抑える。

 ハイブリッジ騎士爵領の発展ぶりはこんな村にまで届いているらしい。


「ふふふふふっ……」


「ど、どうかなさいましたかな?」


「ん? ああ、失礼した。少々嬉しくなってしまってな」


「嬉しい……ですか?」


 村長が訝しげな表情を浮かべる。


「……ところで、こんな村にお一人で何を?」


 怪しむ心が限界に達したのだろう。

 彼がそう尋ねてきた。

 不穏な気配を感じたのか、周囲に村人が集まってきた。


「怪しい者ではない。訳あって俺だけ先行していただけさ。他の者もすぐに追いついてくる」


 馬車での長旅に飽きて、だれがこの村に最初に着くか競争をしていた。

 駆けっこ競争と言ってもいい。

 俺がこの村に一番乗りした感じだ。


「……ほら、噂をすれば」


「え? ……あっ!」


 俺が指差した方向を見た村長が驚きの声を上げる。

 そこにはこちらに向かって駆けてくる複数の姿があった。


「ふう……。さすがにたかし殿は早いでござるな。重力魔法は反則気味でござる」


 まずは蓮華。

 ミリオンズの中でも、陸上における素早さは彼女がトップクラスだ。

 モニカやアイリスも速いが、彼女たちは子どもの面倒を見ているので不参加だ。


「マリアは3番目だねっ!」


 続いてやってきたのはマリア。

 極端に素早いわけではないが、飛行能力があるため最短距離での移動が可能である。


「さ、侍にハーピィ……? 噂には聞いたことがあるが、なぜこんなところに……」


 村長が呆然と呟く。

 まあ、そう思うよな。

 ヤマト連邦もハガ王国も、国家としての知名度はそれなりにある。

 しかしヤマト連邦は鎖国状態だし、ハガ王国は友好を確率してからまだ2年ほどしか経っていない。

 大規模な街ならともかく、小村に住む者にとっては珍しいのだろう。


 そしてさらに、何人かがやってきた。

 ニムや雪月花。

 それに……。


「ぜえ、ぜえ……。ようやく追いついたぞ……」


 息を切らせてそう言うのは、ベアトリクスだ。

 彼女の姿を視界に収めた瞬間、村長や周囲の村人が地に頭を伏せる。


「こ、これはベアトリクス殿下! ようこそいらっしゃいました!」


「ぜえ、ぜえ……。……うむ。出迎え、感謝する。楽にせよ」


 ベアトリクスが息を整えながら返事をする。

 村長や村人たちが頭を上げ、立ち上がる。


「しかし、殿下のお付きの者はどちらに……?」


「心配するな。もうすぐ追いついてくる」


 彼女が言うように、後方から馬車が数台走ってきた。

 ハイブリッジ家の馬車と王家の馬車だ。


「おお……。なるほど、馬車から先行されて露払いをされていたのですな。殿下の強さであれば、それも容易いことでしょう。さすがでございます」


「ん? ……うむ」


 村長の言葉にベアトリクスが曖昧に返答する。

 まさか、ただ駆けっこ競争をしていただけとも答えられまい。

 なんだかんだ彼女との付き合いもそこそこ長くなってきたが、彼女は結構子どもっぽいところがある。

 最初は”駆けっこ勝負など子どものやることだ”と吠えていたのだが、俺が少し煽っただけですぐに参戦を表明してきた。


「こちらのお三方は、殿下が率いる騎士団の新しい部下ということですな? 紅の剣を持つ剣士に、侍とハーピィですか」


「部下? 広い意味では我が臣下ではあるが……。ううむ」


 ベアトリクスが言いよどむ。

 彼女はサザリアナ王国の第三王女。

 俺はサザリアナ王国の騎士爵。

 広い意味では俺は彼女の部下と言ってもいい。


 だが普段の俺は領主として、彼女から独立した権限を振るっている。

 直接的な部下という意識は薄い。

 彼女が率いている兵は彼女の中隊に所属する兵士らしいが、俺はその一員というわけではない。


「おや? 部下の方ではないのですか?」


「ああ。彼は新貴族だよ。聞いたことはないか? 我らがサザリアナ王国の中でも、南部を任された新貴族の名を……」


「南部の新貴族……? 紅の剣を携えた剣士……。まさか!」


 村長は心当たりがあったらしい。

 そろそろ正体を明かすか。


「ははは。そのまさかだ。俺の名は、タカシ=ハイブリッジ! 頭が高い! 控えおろーー!!」


「「「ははーっ!」」」


 俺が名乗ると、村長を含む村人たち全員が地面に平伏した。

 自分で言っておいて何だが、まさか言う通りにされると思わなかった。

 すまん。

 悪ノリしてしまっただけなんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る