606話 俺を超えるのか

 みんなでラーグの街の入口まで戻ってきた。

 俺、クリスティ、雪月花、『紅蓮の刃』のリーダーであるアラン、そしてそのメンバーの男が2人だ。

 魔法の絨毯を着陸させる。

 ここからは徒歩の移動だ。


「では……、俺たちはここで失礼しやす」


 男がそう言う。


「む? 冒険者ギルドには行かないのか?」


 俺は尋ねる。


「へい。リーダーがまだ起き上がれない状態ですので……」


「宿屋で休ませようと思います。ハイブリッジ騎士爵様のことは、伝えておきやす」


 男たちがそう言う。

 彼らのリーダーであるアランは、クリスティと共闘してリトルベアを撃破したまでは良かったが、その後は極度の疲労により意識が不明瞭となっている。

 冒険者ギルドへの報告も大切だが、それ以上にまずは休息が必要だと判断したのだろう。


「わかった。養生しろよ」


 俺が治療魔法を掛けたので、命に関わることはないだろう。

 だが、できれば早めに回復してほしい。

 俺の正体をバラしたときの反応が気になるからな。

 ちょっとしたドッキリを仕掛けたような気分だ。


 できれば目の前でバラしたかったが、こればかりは仕方ない。

 アランが起きるまで隣で待つわけにもいかないからな。

 俺はそこまで暇ではないのだ。


「ありがとうございます! では、失礼させてもらいやす!」


 男たちは頭を下げつつ、去っていった。


「さて。では、俺たちだけで冒険者ギルドに向かうか」


「そうね。早く行きましょう!」


 月が同意してくれる。

 こうして、俺たちは冒険者ギルドへ歩き始めたのだった。



●●●



「ええ!? 崖から落ちたのですか!?」


 大声でそう驚くのは、冒険者ギルドの受付嬢ネリーだ。


「ああ……。ヘマをしちまったぜ……。くそっ! 情けねえ……」


 クリスティが悔しげに歯噛みする。


「まあまあ。そんなに自分を責めるなよ。無事で済んで良かっただろ?」


 俺は慰める。


「そうだな……。ご主人のおかげで助かったんだもんな。ありがとよ」


「気にするなって。俺たちはハイブリッジ家の仲間なんだから」


「……仲間か」


 クリスティが意味ありげな表情でそう呟く。


「ケガもなく終わったようで良かったです。さすがはタカシさん!」


 ネリーが明るい声で言う。


「いやいや……。たまたま運良く助けることができただけさ」


 俺は謙遜しておく。

 ネリーの忠義度は……。

 いい感じに微増を続けているな。

 一昨日の『紅蓮の刃』との一件でも上がったし、今回の報告でも上がった。

 もうひと押しで加護(小)の条件を満たす。


「花ちゃんももう少しちゃんと見ておけばよかったね~」


「そうね。正直、Cランク冒険者として不甲斐なかったわ」


「……まさかあんなところに崖があるとはね……」


 花、月、雪がそう言う。


「いや、花たちはちゃんとクリスティのことを気にかけてくれていた。それは分かっている。あれは不幸な事故だ」


 『透明マント』を利用してストーキングしていたが、雪月花は役割を全うしようと努力していた。

 想定以上のクリスティの独断専行に、不慮の事故が重なった形だ。

 西の森の魔物もそこそこ減ってきたし、木々の伐採や道の整備をしていく頃合いかもしれない。


「何か対策を考えておこう。土魔法ならニムかな……。いや、彼女は結婚式が控えていて忙しいしな……。それが終わればまた旅に出ることになるし……」


 俺はそう呟く。

 結婚式の後の予定はまだ確定していない。

 そろそろ叙爵式があってもおかしくない時期だ。

 王都に行くことになるかもしれない。


 あるいは、修行のために剣の聖地ソラトリアや魔法学園都市シャマールに行くのもいいだろう。

 蓮華の故郷ヤマト連邦でも、何やらきな臭い動きがあるという噂だ。


「え? ご主人、また街を離れるのか?」


 クリスティが少し驚いた顔で言う。


「そうだな。随分長い滞在だったが、ついにお別れだ。もちろんまた戻ってくるが。寂しいか?」


 俺はこのあたり一帯の領主だ。

 戻ってこないという選択肢はないのだが、今後世界滅亡の危機に立ち向かうためにも各地を回り、見聞を広めておく必要がある。


「……ああ。正直言って、寂しいぜ。だけどよ、あたいは今回の件で自分の力不足を感じた。もっと強くならないといけねぇ」


「いい意気込みだ。クリスティなら、近いうちにCランクになれるだろう。応援しているぞ」


 俺はそう言う。

 Cランクともなれば、一人前の冒険者だ。

 雪月花やトミーと同格である。

 一般的には間違いなく強者の部類だが……。


「それじゃ足りねえ! あたいはご主人を守れるほど強くなるんだ! Bランク……いや、Aランクになってみせる!!」


 クリスティが力強い目で俺を見つめてくる。

 その目に宿るのは、強い決意と向上心だ。

 彼女の強さへの渇望は、相当なものだな。


 それにしても、Aランクとは大きく出た。

 チートの恩恵を受けまくっている俺ですら、まだBランクなのに。


「ほう……! この俺を超えるのか」


 俺はニヤリと笑う。

 そして、羽織っている上着を脱ぐ。


「……じゃあ、この上着をお前に預ける。俺の大切な上着だ」


 少し前に、サリエやオリビアと共に作ったものである。

 左の袖はなくなっているが、まだまだ着れる。


「……これは」


 クリスティが驚きの顔を見せる。


「いつかきっと返しに来い。立派な冒険者になってな」


「……ああ! 必ず返すぜ!! 待っててくれよ!」


 クリスティが力強く宣言した。

 こうして、クリスティと『紅蓮の刃』とのイザコザは一件落着したのだった。

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