605話 魔法の絨毯

 谷底にて、リトルベアに襲われていたクリスティを救出した。

 タイミングがギリギリだったため、奴の爪の攻撃を受けてしまった。

 まあ、今さらリトルベアの攻撃など受けても肉体的には問題ないが……。

 お気に入りの上着の袖が切り裂かれてしまったのは少し残念だ。


「さて。上に戻るぞ」


「了解だぜ。ご主人」


 クリスティがそう答える。

 彼女は一度眠ったが、地上へ向かうにあたり起こしておいた。

 不安定な『魔法の絨毯』からうっかり落ちたりしたらマズいからな。

 そんな彼女の目には涙が浮かんでいる。


「なんだ? まだ怖いのか?」


「ち、違う! そうじゃなくて……。その……ありがとよ。助けてくれて……」


「……ああ。気にすることはない。改めて、お前が無事でよかったよ。それに、雪月花たちも心配してるだろうし、早く戻ろう」


「……うん!」


 クリスティが嬉しそうな顔をして答える。


「ところで、あの男はどうするんだ?」


 クリスティが、気絶したままの男を見ながら言う。


「あいつか……。確か、『紅蓮の刃』とかいうパーティのリーダーだったか?」


「そうだ。あたいといっしょに、1頭目のリトルベアを倒したんだ。なかなかやる男だぜ。名前はアレン……いや違った、アランだ」


 クリスティが訂正する。

 ややうろ覚えのようだ。


「そうか。……とりあえず、連れて帰るしかないな」


「えっ!? ご主人にあんな舐めた態度を取っていたのにか?」


 クリスティが驚く。


「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。俺だって鬼じゃないからな。このまま放置していくわけにもいかないだろ?」


 アランとやらの態度は確かに不快だったが、こんな谷底に放置していくほど俺は外道ではないつもりである。

 それに、こいつの忠義度はなぜか30を超えている。

 俺という存在とハイブリッジ騎士爵が同一人物であることに気付いていないので、忠義度と態度がチグハグになっているようだ。

 正体をバラしたときの反応が楽しみだし、将来の加護付与の候補者でもあるし、ここに置き去りにして死なせるのは勿体ない。


「……さすがはご主人だ。今なら、その器のデカさに惚れてしまいそうだ」


 クリスティが尊敬の目で見つめてくる。

 惚れる?

 今、惚れるって言ったか?

 忠義度はともかくとして、クリスティからの恋愛感情に期待はできないかと思っていたが。

 頑張ってストーキングした甲斐があったというものだ。


「ははは。ありがとう。クリスティも大したもんだよ。不慮の事故で谷底に落ちてしまった後、命懸けでリトルベアを倒したんだからな」


「へへ……。そ、それほどでもねえけどな」


 クリスティが照れたように笑う。


「さて。それじゃあ戻るか」


「おう」


 俺とクリスティは、魔法の絨毯に乗り込んだ。

 もちろんアランも乗せている。

 彼は……意識はかろうじて取り戻したようだ。

 しかし、魔力や闘気はほぼまったく残っていない。

 身じろぎしたり話したりする気力すらないようである。


 俺は魔力を込め、絨毯を浮上させる。

 ジェイネフェリアが初めて来訪したときこそ制御に失敗したが、今はもちろんそんなことはしない。

 ちゃんと練習して、コントロールできるようになったのだ。


「おお。凄いな。本当に浮いている」


 クリスティが目を輝かせている。


「まあな。魔力を込めることで、ある程度自由自在に操作できる」


「そうなのか。……ちなみに、この絨毯はどのくらいの速さが出るんだ?」


 クリスティが質問してくる。


「そうだな……。魔力を込めれば、もっとスピードを出せるぞ。……ちょっとやってみるか」


 俺は魔力を込め、絨毯を加速させる。


「おお! 速いぜ……。あっという間に地上が見えてきた」


 クリスティが興奮気味に話す。


「ふふふ。いい乗り心地だろう?」


「ああ。こんなので世界中を旅できたら最高だな……」


 クリスティが遠い目をしながら呟く。

 そんなことを話しているうちに、無事に地上へと戻ってきた。

 崖下を覗く姿勢で、雪月花や『紅蓮の刃』のメンバーが待っていた。


「タカシさん~。無事に戻れたんだね~」


「さすがはハイブリッジ騎士爵ね」


「……よかった……」


 花、月、雪が安堵の表情を浮かべる。


「ああ。なんとか大丈夫だったよ。……ん? こっちの奴らは、なんでうずくまっているんだ?」


 俺は、雪月花の隣を見てそう言う。

 そこでは、『紅蓮の刃』のメンバーである男2人が土下座のような格好をして地面に這いつくばっていた。


「「す、すいやせんでしたー!」」


 2人は声を合わせて謝ってきた。


「お、おい。いきなり何だよ」


「いえ。その……。あなた様が、まさかかの有名なハイブリッジ騎士爵ご本人様だとは思わなかったもので……」


「これまでの無礼の数々、謝罪させていただきたく……」


「ああ……。そういうことか」


 俺がクリスティを助けに向かっている間に、雪月花が説明してくれたのだろう。


「別に気にする必要はない。これから仲良くやっていこう。将来性豊かなDランク冒険者として、ハイブリッジ騎士爵領の発展に貢献してくれればいい」


「おお……! 何という寛大なお方だ!!」


「その心、海よりも広くて空よりも高し! おみそれ致しました!!」


「……えっ? ……いや、そこまで言われても困るんだが」


 なんか、過大評価されているような気がする。


「いやいや。ご謙遜なさらずに!」


「そうですとも!」


「いや……。あのさ……。…………まあいい。とりあえず、街に戻るか? お前たちのリーダーはこの通り消耗が激しい。今日は狩りどころではないだろう。雪月花も帰還の方向性でいいか?」


 話が進まないので、俺はそう切り出した。


「ええ。構わないわ」


「花ちゃんもそれでいいよ~。今日はよく働いたし~」


 月と花が答える。

 他の者も異論はないようだ。


「よし。それじゃあ、みんなで帰ろう。この絨毯に乗ってくれ」


 俺が絨毯を指差すと、全員が乗り込んでくる。


「さあ、出発だ」


 俺が魔力を込めると、絨毯はフワリと浮き上がった。


「「「「「おお~っ!!!」」」」」


 みんなが驚きの声を上げる。

 魔法の絨毯はなかなかめずらしい魔道具だ。

 その上、これほどの人数を浮かせられるほどの魔力を持つ者など、滅多にいないからな。

 驚くのも無理はない。


 俺は魔法の絨毯を上空10メートルあたりまで浮かせ、移動を開始する。

 あまり低いままだと、木々が邪魔で移動しずらいし、魔物の襲撃が鬱陶しい。

 一方で、高すぎると落下事故が怖い。

 それに、いくら俺がチートの恩恵を受けまくっているとはいえ、現時点でこれほどの人数を乗せて高く速く飛ぶのは難しい。

 上空10メートルぐらいがちょうどいいのだ。


「これはすごいな……。まるで鳥になった気分だぜ」


 クリスティが感動した様子で言う。


「ふふ。気持ちがいいだろう?」


「ああ。こんな体験ができるなんて、生きているって素晴らしいな!」


 クリスティが嬉しそうにしている。

 そうして、俺たちは全員でラーグの街に向かい始めたのだった。

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