599話 崖から落下
クリスティと雪月花が西の森で狩りを行っている。
俺はそれを透明マントを羽織った状態で遠巻きに見守っている。
クリスティは迂闊にもクレイジーラビットに攻撃してしまったのだが、雪月花の活躍により奴の猛攻をしのいだ。
「あたいがこんな失敗をするとは……。このままじゃ終われねえ……」
クリスティが何やらぶつぶつ呟いている。
あまり良くない精神状態だな。
「クリスティ? どうかしたかしら?」
「さっきのことなら、花ちゃんは気にしていないよ~」
「でも、それじゃ気が済まねえんだ。あたいは、絶対にこの失態を取り返してやる!」
クリスティが吠えた。
彼女は負けず嫌いな性格だ。
その気持ちは分かる。
俺も若い頃はそうだった。
しかし、功を焦りミスをして命を落とすことほど愚かなことはない。
ここは慎重にいくべきだ。
「……クリスティさん。焦ってもいいことはない……」
雪がそう諌める。
「はん! 焦ってなんかいねえ! あたいは冷静だ! さっさと次へ行こうぜ!」
クリスティが強引に歩き出した。
……まずいな。
今のクリスティには何を言っても聞き入れてもらえないだろう。
仕方ない。
俺もこのまま付いていこう。
先行するクリスティに、後を追う雪月花。
さらにその後方に俺が付き従う形で移動を開始した。
「もっと奥に行こうぜ。この先はもっと強いモンスターが出るはずだ」
クリスティがそう言う。
「……ううん。これ以上深入りするのは危険……」
「ハイブリッジ騎士爵からの依頼は、当面の間は森の浅いところでの魔物狩りだけだったはずよ」
雪と月がそう指摘する。
「うるせえ! 行こう!!」
ドン!!!
そんな擬音が聞こえてきそうな力強さで、彼女が叫ぶ。
そして、彼女はまたもや独断で進み始めた。
……これはもうダメそうだ。
クリスティがここまで人の言うことを聞かないタイプだったとは。
実力は確かなのだが、扱いに困るタイプの人間だ。
それにしても、クリスティはなぜこうまで意固地になっているのか?
まあいい。
ここで見捨てておけば、あとで何かあったときに後悔するだろう。
とりあえず、俺も引き続き同行するぞ。
「はん! 次はハウンドウルフか! あたいに任せときな!」
クリスティが単身、ハウンドウルフへと突っ込んでいった。
ハウンドウルフは、格上とは戦いを避ける傾向がある。
クリスティと雪月花の4人がかりで挑めば、逃げられてしまう可能性が高い。
単身で戦うのは間違った判断ではないが……。
「おらよっ! 一丁上がりだ!!」
クリスティがハウンドウルフの首を蹴り飛ばし、無事に討伐に成功した。
やはり彼女の戦闘能力は非常に高い。
ハウンドウルフ程度では相手にならないようだ。
「やるじゃない」
「でも、あんまり一人で突出しすぎるのはよくないよ~」
月と花がそう言う。
「別にいいだろ! ご主人の名誉を守るためにも、あたいは勝たなくちゃいけないんだ!! ゴブリンやハウンドウルフ程度じゃ物足りねえ!!」
クリスティがそう言う。
彼女が意地になっているのは、冒険者ギルドで俺のことをバカにされたからだと聞いている。
俺のために怒ってくれているのは素直に嬉しい。
「……警戒すべきなのは、魔物だけじゃないよ……」
「あん? 魔物以外に何があるんだよ?」
先頭を歩くクリスティが振り向きつつそう言う。
「……クリスティさん。ちゃんと前を見て歩いて……」
雪の注意の声は遅かった。
突如クリスティの姿が消える。
「のあああーっ!?」
クリスティが悲鳴を上げる。
崖に落ちてしまったのだ。
西の森は平野から山岳部にかけて広がる森林地帯だ。
森の奥には、こういった断崖絶壁もある。
それも、木々によって隠れていて見つけにくい。
雪が言っていたように、この森において注意すべきは魔物だけではないのだ。
それにしても、こんなところに崖があったとは……。
冒険者たちによる魔物の間引きがひと段落ついたら、次は木々の伐採や道の整備も行わないとな。
「クリスティさん! 今助けるわ!」
「花ちゃんたちも行くよ~」
月と花が駆け寄ろうとするが……。
「来るな! お前らも落ちるぞ! あたいなら大丈夫だ! 猫獣人だからな!!」
クリスティが落下しながらもそう叫ぶ。
そして、彼女の声は遠くなっていった。
結構深そうな谷だな……。
助けに向かいたいところだが、ここから飛び降りるのは危険そうだ。
クリスティが言っていたように、彼女は猫獣人なので高所からの落下自体には何とか対応できるとは思うが……。
雪月花は普通のヒューマンだ。
無理に助けに向かわず、大人しく待つべきだろう。
こんな場所で別行動を取るのは不安だろうが、致し方のないことなのだ。
……普通ならな。
しかしこの俺は、普通じゃない。
各種チートによって抜群の身体能力と多種の魔法を操る。
彼女の身体能力なら落下で死んだりはしないと思うが、ケガをしないか心配だし、崖下に魔物がやって来ないとも限らない。
彼女のもとに向かうべきだ。
俺は透明マントを脱ぎ、雪月花の前に姿を表す。
「よう。ここは俺に任せておけ」
「ハイブリッジ騎士爵!? どうしてここに……」
「そのマントは例の……。事情は察しがつくけど、危ないよ~」
「……いくらタカシさんでも、危険過ぎる……」
月、花、雪がそう言う。
ルクアージュでの一件や、ここ最近の日常の訓練により、彼女たちは俺の実力を知っている。
しかしもちろん、全容を把握されているわけではない。
特に、少し前に取得したばかりの『あの魔法』の存在はまだ知られていない。
レベル1の初級ではあるのだが、こういう場面では使える魔法だ。
「ふっ。まあ見ておけ。俺に任せろ」
俺は決め顔でそう言う。
クリスティ、そして雪月花にカッコいいところを見せることにしよう。
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