598話 クレイジーラビットの猛攻

 クリスティと雪月花たちが西の森で狩りをしている。

 4人の連携プレイにより、ゴブリンの群れが蹴散らされていく。

 暴走気味のクリスティを、経験豊富な雪月花がうまくフォローしている形だ。

 しばらくして、無事にゴブリンの群れは全滅した。


「ふう……。終わってみれば、楽勝だったわね」


「そうだね~。でも、少し疲れたよ」


「……クリスティさん、勝手に先行しすぎ……。もう少し、周りの状況を見て動いてほしい……」


 雪がそう苦言を呈する。


「はん! 勝てたからいいじゃねえか! それより、さっさと次の獲物を探しに行くぞ!」


 クリスティの言葉に、雪月花は苦笑しつつも従う。

 4人は、またすぐに森の奥へと進んでいく。


「(……俺の存在には気付かなかったようだな。まあ、それも当然か。透明マントを羽織っているし、気配隠匿のスキルもあるし)」


 ハイブリッジ邸の庭で花のパンツを覗いた際には、勘付かれて強烈なキックを食らった。

 だが、今はあの時ほど近距離ではないし、森のざわめきにより相対的に俺の気配が薄まっている。

 バレる心配はなさそうだ。


「(しかし、クリスティは相変わらず自由奔放というか、何と言うか……。まあ、それが彼女の魅力でもあるのだが……。雪月花はよく堪えているな)」


 クリスティにあんな態度を取られて、普通はムッとするはずだ。

 なのに、それを上手くコントロールして、クリスティの動きに合わせている。

 さすがはCランク冒険者と言えるだろう。

 農業改革で頑張ってくれた花が優秀なのは知っていたが、月や雪に対する評価も上方修正しておこう。


「(ん? あれは……)」


 前方の草むらで何かが動いた気がした。

 俺は、気配察知のスキルを発動する。


「(クレイジーラビットだな)」


 俺の気配察知に引っ掛かったのは、ウサギ型の魔物『クレイジーラビット』だ。

 単体での戦闘能力自体はゴブリンよりも下である。

 だが、クレイジーラビットには危険な特性がある。

 それは……。


「はん! 何かいると思ったら、ウサギかよ!」


 クリスティがそう言いながら、勢いよく飛び出していく。


「え!? ちょ、ちょっと、待ちなさい!」


「クリスティちゃん。待って~」


 月と花が慌ててその後を追う。


「……危ない。戻って……」


 雪がそう言った時にはもう遅かった。

 クリスティが勢いよくクレイジーラビットを蹴り飛ばす!


「はん! この程度のザコに、何を焦っているんだよ?」


 クリスティがそう言う。

 彼女はクレイジーラビットの特性を知らないのか?

 戦闘能力は確かだが、普段は冒険者として活動しているわけでもないしな。

 こればかりは仕方のない面もある。

 だが、その知識不足が命取りだ。


「え? ……うわっ!!」


 森の奥から、たくさんのクレイジーラビットが押し寄せてきた!

 そう。

 クレイジーラビットの危険な習性とは、『最初に群れを攻撃した者を集中的に袋叩きにすること』なのだ。


 俺もかつて、この西の森で手痛い失敗をしたことがある。

 あのときは、ユナ、ドレッド、ジークという『赤き大牙』の面々が俺を守るために奮戦してくれた。

 さらにはリーゼロッテたち『蒼穹の担い手』が駆けつけてくれ、そのおかげで俺は傷だらけになりながらも生き残ることができた。

 そして満身創痍の俺に対して、リーゼロッテは気前よく高級ポーションを使ってくれたのだ。

 あれはありがたかった。


 ……おっと。

 思い出に浸るのはこれぐらいにしておこう。

 今はクリスティのピンチだ。


「くそっ! なんなんだ、こいつら!!」


 クリスティが、次々と襲い掛かってくるクレイジーラビットを殴り飛ばし、蹴散らしていく。

 だが……。


「ぐふっ! がぁ……!」


 ついに1体のクレイジーラビットがクリスティを捕らえた。


「クリスティ! だから言ったでしょ!」


「クリスティちゃん~。しっかり~」


 月と花がクレイジーラビットに対処していく。

 さすがはCランク冒険者。

 蹴散らすスピードが早い。


「……これぐらいの群れなら、何とかなる。聖闘気『氷舞の型』」


 雪が闘気を開放する。

 聖闘気か。

 以前の彼女は使えなかったはずの技術だ。


 聖闘気は、中央大陸の聖ミリアリア統一教の技術だ。

 アイリスから雪へしっかりと伝授されていたようである。


 ちなみに、聖闘気の技術自体は機密でも何でもない。

 そもそも、アイリスやエドワード司祭がゾルフ砦を訪れた目的は、布教の他にこういった戦闘技法を広めることもあったそうだからな。

 エドワード司祭は、ゾルフ砦を拠点に布教や武闘の指導を行なっている。

 そしてアイリスは、俺を含めたミリオンズのみんなや冒険者、一般市民にも教えてくれている。


 雪は初めて会った時点で既にCランクであり確かな実力を持っていた。

 しかしもちろん、それが彼女の完成形ではない。

 まだまだ上を目指している様子だ。

 労働嫌いで早めの隠居を目指している花や、名誉や地位を欲している月とは少しタイプが異なる。

 雪は、主にお金を目当てにしつつ、ちゃんと上を見据えているタイプだ。


「……せいっ!」


「【朧】……」


「【ウッドバインド】~」


 雪、月、花がそれぞれ対応する。

 3人の連携により、クレイジーラビットの群れはあっけなく全滅した。


「ぜえ、ぜえ……。死ぬかと思った。まさかこんなことになるなんてな……」


 クリスティがそう言ってため息をつく。


「……クリスティさん。油断しすぎ。でも、無事でよかった……」


「そうね。冒険者としては、まだまだ経験不足だと思うわ!」


「最初は誰でもそうだよ~。ゆっくり慣れていこ~」


 雪、月、花がクリスティを慰める。

 どうなることかと思ったが、雪月花の大人の対応と確かな戦闘能力により、事なきを得たか?


「ぐぬぬ……。あたいとしたことが、こんな失敗を……」


 クリスティが何やら思い詰めたような顔をしている。

 場合によっては命の危険があったとはいえ、結果的には問題なかったのだ。

 そこまで思い詰める必要はないと思うのだが……。


「このままじゃ終わらせねえ。ご主人の名誉のためにも、何とか挽回を……」


 クリスティがぶつぶつ呟いている。

 俺は聴覚強化レベル1を取得済みなので聞こえるのだが、雪月花は聞こえていない様子だ。

 風向きの関係もあるかもしれない。


 クリスティの精神状態が気になる。

 少し不安だ。

 引き続き様子を見守ることにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る