600話 レビテーション

 クリスティが崖から落下した。

 心配する雪月花だが、Cランク冒険者の彼女たちでもさすがにこの崖を降りることはできないだろう。


「俺に任せておけ。……むっ!?」


 周囲に人と魔物の気配がある。

 あれは……。

 チンピラ風のイキリ冒険者パーティ『紅蓮の刃』だ。

 ゴブリンの群れと戦っている。


「ぐっ。リーダーを助けに行かないといけないのに……」


「くそっ! アランがいないだけで、ゴブリンの群れがこんなにキツイとは!」


 彼らがそう言う。

 確かに、ゴブリンの単体の強さはさほどでもないが、集団で行動する習性があるためそこそこ厄介な相手だ。

 Dランクに上がったばかりの彼らでは苦戦することもあり得る。

 ましてや、なぜかリーダーが不在のようだしな。


「見過ごしはできないが、ゴブリン程度に時間を掛けている時間は惜しい。【十本桜】」


 俺はオリジナルの火魔法を発動させる。

 駆け出し冒険者の頃からずっと鍛錬を続けてきた魔法だ。

 小さめのファイアーボールを多重発動させる魔法であり、本気を出せば今や三百個以上の火球を生成することができる。


 しかしもちろん、たかがゴブリンの群れ程度には【三百本桜】は不要だ。

 オーバーキルもいいところで、無駄な魔力消費になるだけだからな。

 十個の火球で十分だろう。


「「「ギャオォッ!!」」」


 ゴブリンたちが炎に包まれる。


「な、なんだぁ!? ゴブリンが火の玉に焼かれたぞ!!」


「この威力……。上級冒険者か!?」


 男たちが言う。

 事実、俺はBランク冒険者だ。

 SランクからEランクまである冒険者の中で、上から3つ目の位置である。

 上級冒険者と言って差し支えないだろう。


 それに、各ランクの人数比は均等ではない。

 より上位ランクの方が人数が少ない、ピラミッド型になっている。

 例外はEランクで、こちらはDランクとほぼ同じくらいの人数比だ。

 S<A<B<C<D≒Eといったイメージとなる。

 Bランク以上に到達する冒険者は、おそらく全体の数パーセント以下しかいないはずだ。


「無事か? リーダーが不在のようだが……」


 俺は彼らに声を掛ける。

 クリスティを早く追わなければならないのだが、最低限の情報収集だけはしておこう。


「お前は……。リーダーがバカにしていた、Eランク冒険者じゃねえか!」


「なんでお前がここにいるんだよ!? ここは低ランクには危ねえ狩場だぞ!」


 彼らがそう言う。

 口調や雰囲気はチンピラ風なのだが、言っていることはそこそこまともか?

 確かに、駆け出しのE冒険者にとってこの西の森は危険だ。


「そんな話は後だ。それよりも、リーダーはどこだ?」


「リーダーは、そこの崖に落ちてしまったんだよ……。何とか降りられる場所を探しているときに、ゴブリンに襲われちまってよ……」


「俺たちだけなら、ゴブリンの群れの対処も手こずってしまってな。なんでEランク冒険者のお前があれほどの火魔法を使えるのかは知らねえが、助かったぜ」


 男たちがそう言った。

 どうやら彼らのリーダーも、クリスティと同じく崖から転落してしまったようだな。

 この崖はなかなかの深さを持つ。

 地球の感覚で言えば、高確率で死んでしまう高さだ。


 だが、猫獣人のクリスティなら無事に着地していてもおかしくない。

 また、そこらのDランク冒険者であっても、多少の闘気や魔力を扱えれば、即死を回避できる可能性は高い。


「ふむ。なら、クリスティの救助のついでに、お前たちのリーダーも助けてやるさ」


 俺はそう言って、崖の前に立つ。


「おい! Eランクの分際で何を偉そうなことを言いやがんだ!?」


「無茶だぜ! 落下の衝撃で死んでしまうかもしれねーぞ!」


 彼らはそう言う。


「大丈夫だ。任せておけ」


 俺はそう言うと、飛び降りた。


「なっ!? 本当に飛び降りた!!」


「バカ野郎が!」


 男たちが悪態をついた。

 彼らが慌てて崖下を覗き込んでくる。

 雪月花もいっしょだ。


「【レビテーション】」


 俺は落下しながら魔法を発動する。

 この魔法は、自身にかかる重力を軽減する効果がある。

 地上からジャンプする際に使用すれば、ジャンプ力が増す。

 また、こうして高所から落下する際に使用すれば、緩やかに下降していくことができる。

 マリアや、ディルム子爵配下のカザキ隊長が得意としている魔法だ。


「さ、さすがはタカシさんだね~」


「……まさか重力魔法まで使えるとはね。前までは、使えなかったはずなのに……」


 花と雪がそう言う。

 彼女たちが言う通り、俺は少し前まで重力魔法を使えなかった。

 魔道技師のジェイネフェリアから『魔法の絨毯』を購入した後、ステータス操作で取得したのである。


「バカな……。重力魔法だと?」


「属性魔法や治療魔法以上に、希少なはず……。なぜEランクのあいつが?」


 男たちがそう言う。

 魔法の適性がある者はその時点でややめずらしいのだか、その中でも希少性に差はある。

 火、水、風、土、雷あたりは使い手が比較的多い。

 聖、影、植物、治療あたりはそこそこ。

 それ以上に希少な魔法がいくつかあり、その内の1つが重力魔法なのだ。


「バカな奴らね。なぜ、彼をEランク冒険者だと勘違いしているのかしら?」


 月が指摘する。

 そうこうしている間にも、俺は崖を降りている。

 徐々に声が遠くなってきているが、聴覚強化のスキルを持つ俺はまだギリギリ彼女たちの声を聞き取れる。


「勘違いだと? だが、リーダーはあいつをEランク冒険者だと言っていたぞ」


「それに、リーダーの威圧にビビって無抵抗だったんだぜ」


 男たちがそう反論する。


「ふうん? 私は知らないけど、そんな出来事があったのね。何か意図があったのかしら……?」


 月が呟く。

 意図と言えば、受付嬢ネリーやクリスティに器の大きさを見せたかったというのが、主な理由だな。

 ただし、ネリーはともかくとして、クリスティに対しては大失敗だったが。

 強さを重視する彼女にとって、侮られた際に何もやり返さないというのは、あり得ないことだったらしい。


 今回の狩り勝負は、ある意味では俺の失敗の尻拭いをクリスティが行おうとしてくれているという見方もできる。

 暴走気味に崖から転落したクリスティではあるが、その救助には全力を出す必要があるだろう。


「ま、いいわ。せっかくだし教えてあげる。彼の正体は、Eランク冒険者なんかではないわよ。彼はね……」


 月がそこまで言ったところで、声が聞き取りづらくなってきた。

 地上が遠のき、崖の底へと近付いているのである。

 崖の底や周辺には、魔物の気配が点在している。


 そして、魔物以外の気配が2つある。

 おそらく、クリスティと『紅蓮の刃』のリーダーだろう。

 落下死は免れているようで何よりだ。


 しかし、彼女たちは戦っているような気配がある。

 2人が争っているのではなく、1匹の魔物を相手に共闘しているようだ。

 魔物の気配はそれなりに強大だし、早めに助けにいく必要がある。

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