568話 透明マント

 2階の自室でレインを満足させた後、1階の応接室に戻ってきた。


「よう。待たせたな」


「ずいぶんとお楽しみだったみたいなんだよー。声が聞こえていたんだよー」


 ジェイネフェリアがそう言う。

 レインのあえぎ声はここまで届いていたようだ。


「うむ。ジェイのおかげで、最高の気分になれたぞ」


「それは良かったんだよー。まあ、僕にそんな意図は微塵もなかったけど……」


「わかっているさ。災い転じて福となす、というやつだな」


 魔法の絨毯の制御を誤って天井を突き破ってしまったのだが、ある意味それはラッキーだったと言える。

 おかげで、レインという新しいハーレムメンバーを手に入れられそうだ。


「それで、僕の処罰はどうなるんだよー?」


「ん? 何のことだ?」


「何のことだって……僕が持ってきた魔法の絨毯が暴発したんだよー?」


「ああ、そのことか。別に気にしていない」


「ええ!? 騎士爵さんに危害を加えてしまったんだよー?」


「問題ないと言っているだろう。俺にとってあの程度は、小石に躓いた程度のものだ。それより、早く本題に入ろう」


「そ、そうなんだよ……? じゃあ、早速だけど、次の魔道具の紹介に移らせてもらうんだよー」


「うむ」


「これが、今回のとっておきなんだよー」


 そう言って、ジェイネフェリアが取り出したのは、薄い布切れだった。


「なんだ? それは?」


「ふふふ、これはね……『透明マント』っていう防具の一種なんだよー」


「ほう」


「一見ただの薄手の布に見えるんだけど、魔力を通すことで背景に溶け込む能力を持つんだよー。まあ、端的に言えば、見えなくなるマントなんだよー」


「ほぉ……」


 素晴らしいアイテムだ。

 これがあれば、いろいろと捗ることもあるだろう。

 透明になって女湯に潜入したり、女子トイレを覗いたり、他人のエッチな場面を盗み見したり…… うう、考えただけで興奮してきた。


「とてもいい魔道具だな。使い道がいろいろとある」


「そうなんだよー。魔物に気づかれずに接近して不意打ちしたり、盗賊団のアジトを探るときに気づかれにくくしたり、スリ被害が頻発する区域で張り込みしたりする時に使ったり、いろいろな場面で使える便利な品物なんだよー」


 あ、そっちか。

 確かに、そういう使い方もある。

 エロい使い道ばかり考えている俺にはなかった発想だ。


「しかし、そんな魔道具があるんだな。市井に流れたら危険じゃないか?」


 悪用しようとすれば、いくらでも悪用できる代物である。

 実際、俺が最初に思いついたのも悪用する方法ばかりであった。

 それ以外にも、例えば空き巣やスリにも活用できるだろう。


「そこは大丈夫なんだよー。この魔法具には欠点があってね。透明になれる度合いは、使用者の魔力量に影響を受けるんだよー。それに、MPの消耗も激しいんだよー」


「ふむ。なるほどな」


 ここでもう一度、MPと魔力の関係を整理しておこう。

 MPは、各人が持っている魔素の総量である。

 魔力は、各人が短時間の間に出力できる魔素の量である。

 水道水に例えれば、MPが貯水タンクの大きさで、魔力は蛇口から出てくる水の量と言ってもいい。


 MPが多くても、魔力が少ないと微妙だ。

 ファイアーボールやウォーターボールなどの低出力の魔法しかまともに使えないだろう。

 まあ、容量だけは大きいのでかなりの回数撃てるのはいい点でもあるが。


 一方で、魔力が多くても、MPが少ないとやはり微妙だ。

 ボルカニックフレイムやブリザードなどの高出力の魔法を撃てるが、1発や2発でMP切れでダウンしてしまう可能性がある。

 この『透明マント』は、魔力が微妙な者が使えば半透明ぐらいにしかなれないし、MPが微妙な者が使えば短時間で効力が切れるというわけだ。


「ま、この俺にとっては何の負担もない制約だな」


「そうなんだよー。騎士爵さんの魔力の高さやMP量の噂ぐらいは聞いているんだよー。騎士爵さんなら使いこなせると思ったから、持ってきたんだよー」


「うむ。よくやった。褒めてつかわす」


 俺は胸を張って、ジェイネフェリアを労った。


「しかし、俺クラスでないとまともに使えない魔道具でもあるな?」


「実はそうでもないんだよー。短時間だけでも半透明ぐらいになれれば、魔物や盗賊には気づかれにくくなるんだよー」


「ああ、それもそうだな」


 短時間の半透明化では、俺が考えていたように女湯や女子トイレへの潜入は無理かもしれない。

 しかし、森で狩りをする時や盗賊団のアジトを探る際などは役に立つだろう。


「だがそれなら、俺じゃなくとも冒険者パーティに売り込めばいいんじゃないか? それなりの需要があると思うが」


「これは作るのが大変だから、それほどお安くは提供できないんだよー。騎士爵さんみたいな貴族やBランク以上の冒険者ならともかく、普通の人にはとても手が出せないんだよー」


「なるほどな」


 確かに、透明マントという魔道具はこれまで見聞きしたことはない。

 なかなか高価でめずらしい物なのだろう。


「具体的にはどれくらいだ?」


「ええと、単体ならこれぐらいなんだよー。でも、他の魔道具とセットで買ってくれるならサービスするんだよー」


 ジェイが値段を提示してくる。


「ふむ……」


 確かに、いい値段がするな。

 普通の人なら手を出せないくらいの価格だ。


 しかし、俺にとっては何の問題もない金額である。

 Bランク冒険者として稼いできたし、アヴァロン迷宮では金銀財宝を手に入れた。

 それらの一部は街の運営費に充てているが、まだ温存している分もある。

 いざとなれば、騎士爵として街の運営費の一部を俺に回すことも可能だ。 

 そもそもこの透明マントと始めとした魔道具を経費で落とすという手もある。


「わかった。購入の方向で考えよう。しかしその前に、ひと通り試させてもらおう。構わないな?」


「それはもちろんだよー。存分に試すんだよー」


 こうして、俺とジェイネフェリアの商談は順調に進んでいったのだった。

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