565話 魔法の絨毯

 ジェイネフェリアという少年が俺の屋敷を訪ねてきた。

 彼は魔道技師らしく、自分の作った魔道具を見て欲しいらしい。

 応接室で話をすることになった。


「じゃあ、さっそく紹介していくんだよー。まずはこれ。アイテムバッグだよー」


 彼がそう言って、テーブルの上にカバンを置く。

 一見すると普通のカバンにしか見えないが……。


「これがアイテムバッグなのか?」


「そうなんだよー。僕が作った自信作なんだよー」


「ほう。確かによくできているようだな」


 見た目は本当に普通だ。

 しかし、確かな魔力の気配がある。

 なかなかに質のよさそうなアイテムバッグだ。


 ミティが持っているアイテムバッグと同等か少し落ちる程度だろうか。

 彼女のは、俺がかつてミッション報酬で得たものだ。

 普通に手に入れようとすれば値が張る品物である。

 そもそも、手に入れようとして都合よく手に入るようなものでもない。


 ミリオンズは抜群の戦闘能力を持つが、荷運びという点においてはそれほど優秀ではない。

 空間魔法レベル3の”アイテムルーム”を使える俺と、アイテムバッグを携帯しているミティ。

 現状はこの2人に頼った構成となっている。

 性能のいいアイテムバッグが手に入るのならば、利便性が上がる。


「次はこれ。『魔法の絨毯』なんだよー」


 彼がそう言って、アイテムバッグの中から絨毯を取り出す。


「魔法の絨毯だと? どのような効果があるのだ?」


 見た目以上にでかくなる布であれば、俺は既に持っている。

 『でかくてビッグな大風呂敷-ジャンボジャンボクロス-』だ。

 なかなかにめずらしい機能を持つ魔道具ではあるのだが、イマイチ使いどころが見つけられず苦慮しているところである。


「重力魔法の効能を込めているんだよー。魔力を通すと、重いものでも軽くなって浮くようになるんだよー。試してみるといいんだよー」


 ジェイが絨毯を床に広げる。

 俺はその上に座り込む。


「ふむ。魔力を込めればいいんだな?」


「そうなんだよー。普通なら数人がかりの魔力が必要だけど、騎士爵さんなら1人でも少しぐらい浮くかもしれないんだよー」


「なるほど。やってみるか」


 俺は絨毯に手のひらをかざし、魔力を流し込んでいく。

 絨毯はまだ動かない。

 確かに、人を浮かせるほどの出力を得るにはかなりの魔力が必要なようだな。

 常人なら、結構キツイだろう。

 しかし俺なら……。


「ぬうんっ!!」


 俺は全力で魔力を込めた。

 これぐらい込めれば、浮くことも可能だろう。

 感覚的にはちょうどいいくらいの魔力を込めたつもりだ。


「えっ!? あ、ああっ! 魔力を抑えるんだよー!」


 ジェイがあわてた様子で言う。

 込める魔力が多すぎたのだろうか?

 俺はそれを聞き、慌てて魔力を流すのをやめる。


 だが、間一髪間に合わなかった。

 魔法の絨毯が俺の膨大な魔力を受けて、高速で浮上を始めた。

 もちろん、絨毯の上に座っていた俺も一緒に浮き上がる。


「うおっ!?」


 ドゴーン!!

 俺は屋敷の天井に体を強く打ち付けてしまった。

 そのまま勢い余って、2階に突き抜けた。

 応接室の真上は……。

 俺の部屋だったか。


「いてて……」


 各種スキルを持ち頑丈な俺だが、想定外のダメージを受けてさすがに痛い。

 かなり派手な音を立ててしまったからな。

 屋敷中に響いただろう。


 早く戻って無事を知らせないと。

 俺はそう思い、貫通した穴から1階に戻ろうとする。

 しかしその前に、2階のこの俺の部屋に誰かがいるのが目に入った。


「レイン……? お前、俺のベッドで何してる?」


 そこにいたのは、メイドのレインだ。

 彼女が俺の部屋にいること自体は不自然ではない。

 日々、掃除をしてくれているからな。

 しかし、今の彼女は……。


「ひゃうっ!? お、お館様? どうしてこちらに? ご来客中のはずでは……」


 彼女がしどろもどろに言う。

 今の彼女は、俺のベッドに潜り込んでいたのだ。

 掃除にせよベッドメイキングにせよ、潜り込む必要などない。


「不慮の事故だ。1階の応接室から天井を突き破ってここに出てしまったのだ。床に穴が空いてしまったが、修繕さえすれば大したことではない」


 俺はそう言う。

 多少の肉体的ダメージを負ったものの、大騒ぎするほどではない。

 俺は頑丈だからな。

 常人の感覚で言えば、せいぜい小指をタンスの角にぶつけた程度だろうか。


「そ、そうでしたか。お怪我がないようで何よりです」


 レインがなぜか顔を赤くしてそう言う。


「うむ。しかし、少し服が汚れてしまったな。そこのクローゼットから服を用意してくれないか? あと、改めて掃除も頼む」


「えっ? あ、あの……。えっと……」


 レインが戸惑っている。

 俺のベッドから出ようとしない。


 おかしいな?

 普段の彼女なら、迅速に対応してくれるというのに。

 今の彼女は、布団で体を隠し、顔だけを出してこちらに向けている。

 顔が真っ赤だ。


 いったいどうしたというのだろうか?

 さっさと身だしなみを整えて、1階に戻りたいのだが……。


 仕事中にも関わらず、俺のベッドで寝ている。

 顔が赤い。

 そして、俺の指示に従わずベッドから出ようとしない。

 これらから導き出される結論は……。


 体調不良だな!

 俺は治療魔法を使えるし、治療してやることにしよう。

 ジェイは少しだけ待たせておけばいい。

 俺はそんなことを考えながら、ずんずんとレインに向けて進んでいったのだった。

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