563話 謎の少年の訪問
ユナとの野外プレイから1週間ほどが経過した。
俺はトリスタとヒナの関係性に若干の懸念を覚えていたのだが、それは杞憂だったようだ。
なぜなら……。
「トリスタ! 今日もお勤めがんばってね!!」
「ヒナこそ。しっかり警備の仕事を全うするんだよ」
毎朝、屋敷の前で別れ際に熱い抱擁を交わす二人。
まるで新婚ホヤホヤのカップルのようであった。
いや、実際に新婚ホヤホヤではあるのだが。
少し前までは、草食系のトリスタと活発なヒナで、少し温度差があった。
しかし、いつの間にか仲を深めたようである。
時期としては……。
ちょうど、俺とユナが野外プレイをした夜あたりが境目か?
その頃に、彼らの間にも何かあったのかもしれない。
「それじゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃ~い!!」
お互い笑顔を浮かべながら、手を振り合う。
こうして、トリスタンは行政機関へと向かったのだった。
俺はヒナと共に見送りを済ませた後、屋敷内に戻り始める。
「さあて。今日の俺の仕事は……」
ニム、ニルス、ハンナが主導している農業改革は好調だ。
サリエ、マリア、リーゼロッテあたりが行ってくれている治療回りも、ひと段落は着いている。
ラーグの街周辺のファイティングドッグ狩りも問題ない。
次に注力すべきは、西の森の開発だろうか。
俺がそんなことを考えていると、背後が何やら騒がしいことに気付いた。
つい先ほどトリスタが出ていった、屋敷の正門の方向だ。
「だから、騎士爵様はご多忙なの! 事前の連絡もなく来られても困る!!」
ヒナの声だ。
しっかりと警備の仕事をしてくれているようだな。
実際、俺はそれなりに忙しい。
別に偉ぶっているわけではないのだが、俺に用事がある者には事前にアポイントメントを取るようにしてもらっている。
「そこを何とかお願いしたいんだよー。僕はもう何日も空腹なんだよー」
今度はヒナではない。
中性的だが、おそらくは少年の声だ。
何日も空腹?
つまりは、ハイブリッジ家に恵みをもらいに来たのか?
このラーグの街はもともと比較的栄えた街だった。
そして俺が領主に就任してからは、手前味噌ではあるが、さらに発展しているように思う。
その恩恵は周辺集落にまで及んでいて、人口は増加傾向だ。
だが、中には当然貧しい暮らしを余儀なくされている者もいる。
そういった者の中には、日々の生活すらままならない者も出てきてしまうのだ。
ニムやニルスたちによる農業改革は進められているものの、最初の収穫まであと少し掛かる。
その効果はまだ大きくは出ていない。
そこで、救済措置として施しを与えるようにしている。
何日も空腹な者など、ハイブリッジ騎士爵領ではめずらしいはずだ。
ましては、俺のお膝元であるラーグの街ならなおさらである。
「ねえー。頼むんだよー」
少年がなおも食い下がっている。
「うう……」
ヒナはたじたじだ。
彼女の索敵能力は一級品だし、戦闘能力もそれなりである。
しかし、お腹をすかせた同年代の少年を無下にできるほどの精神力は持ち合わせていないといったところだろう。
「交渉は僕が直接するから大丈夫なんだよー。入らせてもらうんだよー」
少年が半ば強引に敷地内に入ってくる。
「ちょ、ちょっと……」
ヒナがそれを止めようとする。
しかし、少年はするりとすり抜けるように中へ入ってきた。
厳密なことを言えば、貴族邸の敷地内への不法侵入だな。
とても厳しい領の法であれば、それなりの罰に処されても文句は言えない所業である。
少年は度胸があるのか、何も考えていないのか、俺の甘さを知っているのか……。
俺はその様子を見つつ、どうしたものか考える。
しかしそのとき、とある男が少年に声を掛けた。
ヒナと共に警備を務めている、筆頭警備兵のキリヤだ。
「そこまでだぜ。それ以上進んだら、力づくで止めさせてもらう。
「見逃してほしいんだよー。騎士爵さんにも悪い話ではないんだよー」
少年はキリヤの制止の声を半ば無視して進んでいく。
「ちっ! 仕方ねえな。……おらっ!!」
「あうっ!」
キリヤが体術で軽く攻撃する。
少年が地面に仰向けに倒れ込む。
キリヤは彼を後ろ手に押さえ込む。
「おとなしくしてろ。悪いが、このまま街の衛兵に突き出させてもらう。罪状は貴族家への不法侵入だ」
彼がそう言う。
言っている内容にまったく問題はない。
お腹をすかせた少年を相手に、きちんとすべきことをしている。
さすがは俺が見込んだ男だ。
筆頭警備兵にふさわしい。
とはいえ、この場は……。
「よう。俺を呼んだか?」
俺はそう言いつつ、さっそうと登場する。
気になる点が2つあったので、俺が出向いてみたのだ。
1つは少年の訪問目的だ。
空腹から食料を分けてほしいという話にも思えるが……。
それなら、街の食堂あたりで残飯を分けてもらえるよう頼み込んだ方が期待値は高いだろう。
わざわざ貴族家に乗り込む必要はない。
”交渉は僕が直接する”とか”騎士爵さんにも悪い話ではない”というセリフもあったし、食料を恵むだけの話ではなさそうだ。
もう1つは、少年の忠義度が既に20に達していることだ。
騎士爵、そしてBランク冒険者として有名になった今、忠義度20を超えている者はそれなりに多い。
しかし、さすがに一度も顔を見たことがない者が忠義度20に達しているのはまだめずらしい。
話を聞くぐらいはしてやってもいいだろう。
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