562話 ヒナとトリスタの夜
ハイブリッジ家の警備兵ヒナが、とある夜に侵入者のような者の気配を察知した。
彼女の固有技術である”天眼”により、俯瞰した視点からハイブリッジ邸の様子を確認したところだ。
彼女の目に映ったのは、侵入者とおぼしき人物。
ではなく……。
「ああっ! タカシっ!!」
「おらおら! ユナっ! ここがいいんだろっ!!」
「そこぉっ! もっとしてぇ!!」
深夜にも関わらず激しく絡み合っている男女の姿であった。
というか、このハイブリッジ騎士爵家の主人であるタカシ=ハイブリッジ騎士爵本人と、その第五夫人となる予定のユナ=フェンガリオンであった。
まあ、ヒナの”天眼”で得られるのは視界だけなので、実際には声は聞こえていないのだが。
情熱的に致している彼らを見ていると、まるで声が聞こえてくるかのように錯覚するのも無理はない。
「ユナの体、暖かくて気持ちがいいぞっ!」
「タカシも素敵よっ! ああんっ!!」
二人の行為がさらにヒートアップしていく。
そんな二人を見ているうちに、なぜかヒナは胸の奥がきゅんきゅんとうずいてきた。
(ああ……あんなに激しく求められたら……私も……)
思わず想像してしまう。
自分とトリスタが熱く愛し合う姿を。
(って、私は何を考えているの!?)
すぐに頭を振って妄想を振り払うヒナ。
(これ以上見てはダメ……。侵入者じゃなかったんだし、早く”天眼”を切らないと……)
だが、彼女の視界の中で繰り広げられる光景につい見入ってしまう。
そして、彼女の指が自らの股間へと伸びていく。
その時だった。
「ねえ、どうしたんだい? ヒナ」
「ひゃうっ!!?」
突然背後から声を掛けられ、飛び上がってしまうヒナ。
振り向いた先に立っていたのは、愛しの夫トリスタであった。
「ト、トリスタっ!? いつの間に起きていたのっ!?」
「少し前だよ。なんだか寝付けなくてね……」
眠そうな顔をしながら答える彼。
しかし、自慰行為を始めようとしたところを見られたのではないかと慌てる彼女にとっては、それどころではない。
「そ、そうなんだ。また紅茶でも入れようか?」
「いや、いい。トイレに行ったら、またすぐに寝室で横になるから」
「わ、わかった」
慌ててそう言うヒナ。
”天眼”の視界は既に切っている。
「ところで、何かあったのかい? ボーッとしていたみたいだけど」
「な、なんでもないよ。ちょっと考え事をしていただけで……」
「ふーん……」
疑わし気に見つめる彼に、ドキリとする。
まさか、騎士爵たちの情事を覗きながら自分を慰めようとしていたとは口が裂けても言えない。
「それなら、いいんだけど……。ヒナにはいつも元気でいてもらわないと困るからね。至らぬ僕だけど、できることがあれば何でも言ってくれ。できる限りの検討はする」
そう言って、優しく微笑むトリスタン。
労働嫌いで、しかも草食系の彼だが、別にヒナを邪険にしているわけではないのだ。
「あ、ありがとう。また相談するね」
できることなら、トリスタに肉食動物のように激しく求められてみたい。
しかし、さすがにそれをお願いするのは憚られる。
だから、今度機会があったらそれとなく頼んでみようと思いつつ、その場は誤魔化すことにした。
「わかった。じゃあ、改めておやすみ」
彼はそう言って、トイレを済ませた後にまた寝室に戻っていった。
(ふう……。私もそろそろ寝ようかな。……って、ああっ!)
彼女は自分の下着が濡れていることに気付いた。
別にお漏らしをしたわけではない。
先ほどのタカシとユナの情事を目撃して、興奮してしまったせいだ。
(早く着替えておかないと……)
だが、改めて先ほどの光景を思い出し、再び悶々とした気分になってしまう。
(このままだと眠れなさそうだし、一度だけ……)
彼女の指が、再び秘所へと向かう。
今度は邪魔が入ることはなかった。
「んんっ! ひゃうっ!!」
思わず声が漏れてしまう。
自分の声を聞いて、ますます体が熱くなる。
「はぁっ! はあっ! んああっ!!」
彼女の手がどんどん速くなっていく。
その動きに合わせて、彼女の腰が激しく揺れ動く。
「イっちゃう! イッちゃうっ! ああっ!!」
ビクンっと全身を痙攣させながら、達するヒナ。
そのまま彼女はぐったりとソファに倒れ込んだ。
「ハァ……ハァ……。はぅ……はあ……」
激しい息遣いだけが、静かな部屋の中に響く。
そんな時だった。
「ヒナ」
「え?」
突然後ろから声をかけられ、驚く彼女。
振り向くと、そこにはトリスタがいた。
「ト、トリスタっ!? 今度こそ寝たんじゃ!?」
「いや、ヒナの苦しそうな声が聞こえたからね。具合が悪いのかと思って」
彼がそう言う。
そして、言葉を続ける。
「まさか、ヒナがこんなことをしていたなんて思わなかったけど……」
「ち、違うっ! トリスタっ! これは違うのっ!!」
思わず否定するヒナ。
結婚済みの彼女たちではあるが、実はまだキスから先の行為はしていないのだ。
自らの痴態を目撃されて、ヒナはひどく狼狽している。
しかし、彼はそんな彼女に構わず近づいてくる。
「ごめんね。ヒナにはずいぶんと我慢させてしまっていたみたいだ。夫婦なんだし、そういう行為も当然しないとね」
「ちょ、ちょっと待って!」
必死に叫ぶヒナ。
彼との情事を妄想したことはあったが、さすがに性急過ぎる。
しかしその制止の声は、彼の耳には届かなかった。
そして次の瞬間、トリスタンはヒナに覆いかぶさってきた。
「大丈夫。本の中には、こういう行為について記載していたものもある。それに、騎士爵様やキリヤさんからもいろいろアドバイスをもらっていたし。僕なりに頑張るよ。今日は何だかそんな気分なんだ」
そう言いながら、ヒナの体をまさぐるトリスタ。
ヒナが仕込んだ媚薬が効力を発揮しているらしい。
いつもよりも明らかに積極的だ。
「ひゃう!?」
突然のことに、つい変な声が出てしまう彼女。
すぐに抵抗しようとするが、いつの間にか両手を押さえつけられている。
「ト、トリスタっ! 落ち着いて! ダメっ! ダメだよ!!」
ヒナの腕力はトリスタのそれを大きく上回る。
跳ね除けることなど容易だ。
しかし今は、なぜかまったく身動きが取れない。
「ヒナはじっとしていてくれればいいから。それに、嫌と言いつつ抵抗の力がほとんど入っていないじゃないか」
「そ、それは……」
ヒナが言いよどむ。
そんなやり取りをしている間にも、トリスタンの手が彼女の胸元へと伸びていく。
ブラジャー越しではあるが、彼の手が先端の突起に触れた。
「ふわぁっ!?」
「やっぱり、ここが感じるんだね」
そう言って、さらに執拗に攻めてくるトリスタン。
「あっ! あっ! ああんっ!!」
敏感な部分をいじられ、甘い声を出してしまうヒナ。
「ヒナ……可愛い」
トリスタの顔がゆっくりと迫ってくる。
草食系の彼も、ここまで来れば火がつく。
「トリスタぁ……」
ヒナが恍惚とした表情でトリスタを見つめる。
二人はそのまま唇を重ねる。
そうして、二人の夜は更けていったのだった。
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