第17章 ハイブリッジ騎士爵領にて 魔道具のテストと農業改革

561話 ヒナの警備事情

 タカシとユナが野外プレイをする少し前。

 ヒナは、トリスタと共に自室でくつろいでいた。


「ほら、どうぞ」


 彼女がお茶を煎れて彼に差し出す。


「ありがとう。……おや? 珍しい茶葉を使ってるね?」


「ふふ。わかる? ニムさんにもらったものなの。ニルスさんやハンナさんといっしょに品種改良中のものだそうよ」


「なるほどね」


 彼はそう答えながら、カップを口に運ぶ。


「うん。香りもいいし、味もまろやかな感じがする。美味しいよ」


「それは良かったわ」


 ヒナが満足げに微笑む。

 彼女は、トリスタと二人きりで過ごすなごやかな時間がとても好きであった。

 だが、最近は少しだけ不満に思う事がある。


(……やっぱり、この格好には何の反応もなしなのね)


 彼女の今の服装は、かなり際どいものだ。

 勇気を出して攻めてみたのである。


 彼が女性に対してあまり性的な興味を持たない事は知っている。

 彼の好みがどんな姿なのかはわからない。

 しかし、せめてもう少しくらいは何かあってもよいではないか。

 せっかく少し前に結婚したのに。

 それも、自分たちが仕えているタカシ=ハイブリッジ騎士爵様に祝福されて。


 このままだと、ジジババになるまで何も起こらないかもしれない。

 そんな思いが頭をよぎってしまうのだ。


「どうかしたかい? 僕の顔に何かついてたりする?」


 考え事をしていたせいで、じっと見つめてしまっていたらしい。


「ううん、なんでもないよ」


「ふうん?」


 不思議そうな顔をしながらも、それ以上聞いてこようとしない。

 そういう気遣いもできるところが、また素敵だと思う彼女。

 だが、やはり少し物足りないとも思ってしまうのだった。


「……」


「……」


 部屋の中に沈黙が流れる。

 特に会話もなく、お互いの視線だけが絡み合う。

 特に気まずいわけではないが、どことなく落ち着かない。


 そうして、どれほどの時間が流れただろうか。

 先に動いたのは、トリスタであった。


「……僕はそろそろ寝ようかな。明日も仕事があるしね」


「毎日大変だね。お疲れ様」


「まあね。でも、ヒナのためにもこれぐらい頑張らないと」


 そう言いつつ、ベッドへと向かう。

 トリスタは草食系ではあるが、ヒナに対してまったくの無感情というわけでもないのだ。

 幸せにしようという気持ちは伝わってくる。


「それじゃあお休み」


「ええ、お休みなさい」


 そう言いつつ、笑顔で手を振るヒナ。

 トリスタンはそれに軽く手を振り返すと、そのまま寝室へと入っていった。

 一人残されたヒナは、そのままソファーへと座り込む。


「ふう……」


 ため息を一つつき、テーブルの上に置いてあるカップを手に取る。

 中には、先ほど自分で煎れた紅茶が残っている。


「うん。やっぱりおいしい。でも……」


 トリスタには気づかれていなかったが、実は先ほどの紅茶には少し細工をしていた。

 騎士爵の第一夫人であるミティから、滋養強壮に効果のあるポーションを少し混ぜていたのである。

 いわゆる、媚薬だ。


「これを使えば、もっと積極的に来てくれると思ったのに……」


 しかし、結果はご覧の通りだ。

 彼は、いつも通りの態度のまま。

 その事に落胆を覚えつつ、彼女も就寝の準備を進めていく。

 そのときだった。


(屋敷の屋根に……だれかがいる? ひょっとして侵入者?)


 何者かが窓の外にいる気配を感じ取ったヒナ。

 今の時間の警備担当者は、同僚のネスターとシェリーだったはず。

 彼らは奴隷という身分ではあるものの、元Dランク冒険者。

 それも、Cランク昇格の寸前だったという。

 戦闘能力や経験においては、ヒナよりもやや格上だった。


(彼らが侵入者を見落とした? まさかそんな……)


 彼女は、ネスターやシェリー、それに他の同僚たちの実力を認めていた。

 筆頭警備兵のキリヤは、剣術だけならハイブリッジ騎士爵や蓮華にも匹敵する実力を持つ。

 その妻であるヴィルナは、組み合わせ運が良かったとはいえ、ハイブリッジ杯で優勝を収めた。

 奴隷のクリスティは、アイリスの下で武闘の実力をどんどん伸ばしている。


 今の時間に警備を担当しているネスターとシェリーに加えて、キリヤやクリスティたちも敷地内にはいる。

 そんな彼らの目や探知能力をかいくぐって侵入されたとなると……。


(もしかすると、空から侵入されたのかな? それならみんなが気づかないのも無理はないかも)


 正門を警備するネスターとシェリーは経験豊富で安定感があるものの、特別な探知能力はない。

 キリヤやクリスティも、抜群の戦闘能力を持つ一方で索敵能力は普通だ。

 敵の気配を察知することに長けているのは、兎獣人として並外れた聴覚を持つヴィルナである。

 しかし、空から気配を殺して降り立たれてしまうとすぐには気づけないのかもしれない。


(ここは私が対処するしかないよね)


 ヒナがそう決意する。

 今は警備担当の時間外ではある。

 しかしそもそも、ヒナの職務は決められた時間のみを警戒すればよいというものではない。

 ハイブリッジ騎士爵本人、それにハイブリッジ家のみんなを守ることが職務なのだ。

 24時間365日が勤務時間だと言ってもいい。


 現代日本の感覚で言えばブラックで気が休まるときがないとも言えるが、ヒナ自身はそれに不満など覚えていない。

 むしろ、当然の義務だと思っていた。

 田舎村出身の元村人としては、破格の待遇で雇われている。

 その期待に応えられるよう、全力で取り組むのみだ。


「まずは、状況を把握しないと……。侵入者は何人で、強そうかどうか……」


 ネスターとシェリーにはもちろん声を掛けるとして、場合によってはキリヤやクリスティも起こさないといけない。

 彼女はそんなことを考えつつ、目に力を込め始める。

 鳥獣人系の希少種族を先祖に持つ彼女が使える、やや特殊な技能の出番だ。


「天眼!」


 彼女が特殊技能を発動した瞬間だった。


「……えっ?」


 思いもよらぬ光景を目撃し、彼女は言葉を失ったのだった。

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