449話 雪月花の陰謀

 海水浴場でのんびりしているところだ。

 俺は心地よくまどろんでいる。

 そこへーー。


「タカシさん。ちょっといいですか?」


「ん? だれだ?」


 あまり聞き覚えのない声だ。

 ミリオンズで、俺のことをさん付けで呼ぶのは3人。

 ニム、サリエ、リーゼロッテだ。

 しかし、この3人の声色ではない。


 ちなみに、ミティは”タカシ様”。

 アイリス、モニカ、ユナは”タカシ”。

 マリアは”タカシお兄ちゃん”。

 蓮華は”たかし殿”。

 ティーナは”マスター”と呼ぶ。


 俺は目を開け、体を起こす。

 俺の側に、美少女が3人立っていた。


「ええっと。お前たちは、確か”雪月花”の3人だな」


 有望な若手冒険者パーティである。

 Cランクパーティだったか。

 トミーたちと同じで、なかなかの高ランクだ。


 ただし、彼女たちは若い女性だけの3人パーティでCランク認定を得ている。

 希少性や将来への期待値は上だろう。

 見目も良く、一般市民からも一定の人気があるらしい。


「そうですね。私は次女のツキです!」


「長女のハナちゃんだよ~」


「ボクは三女のユキ……」


 3人がそう自己紹介する。

 年が若い順に、”雪・月・花”だ。

 逆のほうが覚えやすかったのに。


「それで、何か用か?」


「えへへ。タカシさんに、ちょっとしたプレゼントがあるんです。あっちの岩陰にまで来てくれますか?」


 ツキがそう言う。

 なんだか、今までの彼女と印象が違う気がする。

 もっと勝ち気そうな雰囲気だったが。

 今はずいぶんと愛想がいい。


 そういえば、俺がさっきまどろんでいるときに、何やら不穏なことをつぶやいていた気がする。

 何か企んでいるのかもしれない。


「付いていくぐらいはいいが……。ユナ、いっしょに来るか?」


 俺は騎士爵を持つ貴族である。

 さらに、アヴァロン迷宮では金銀財宝を手に入れた。

 俺を暗殺しようとする者がいてもおかしくない。

 高ランク冒険者3人に囲まれて1人で岩陰まで付いていくのは避けたい。


「ふふん。別に、行くのはいいけど……」


「まあまあ~。ユナ先輩はここで待っていてよ~。後で冒険譚を聞かせて~」


 ハナがそう言って、ユナを押し止める。

 ”雪月花”の冒険者歴もそれなりに長いはずだが、ユナのほうが若干先輩のようだ。

 彼女は”赤き大牙”の一員として、昔から活動していたからな。


「ファイアードラゴンをテイムしたと聞いてる……。とんでもなくすごいこと……。尊敬してる……」


 ユキがおだてる。


「そ、そう? なら、私はここで待っているわ」


 ユナがあっさりと陥落した。

 彼女はしっかり者のイメージがあったが、おだてには弱いようだ。


 今この場にいるのは、ユナ以外に3人。

 サリエ、リーゼロッテ、千だ。


 サリエとリーゼロッテは魔法使いなので、いざというときの護衛としてはやや心もとない。

 そもそも、彼女たちはまだまどろみの中だし。

 そして千は、まだ心の底が見えないので気を許すには早い。


 ここは、俺がしっかりして自分の身を守る必要がある。

 まずは、ビシッと言ってやろう。


「雪月花よ。何を企んでいるか知らんが、この俺に小細工は……」


 通用しない。

 そう言おうと思ったがーー。


「えへへ。そう言わずに、付いてきてくださいよ!」


 むにゅんっ。

 俺の右腕を柔らかい感触が襲う。


「ハナちゃんからもとっても素敵なプレゼントがあるよ~」


 むにゅんっ。

 俺の左腕を柔らかい感触が襲う。


「……ん。おとなしく付いてきてほしい」


 むにゅんっ。

 ……とはならなかった。

 ユキの胸が俺の体の正面に押し付けられているが、ツキとハナの胸の感触に比べるとおとなしい。

 彼女の胸はずいぶんと慎ましいのだ。

 まあ、これはこれで悪くはないが。


 いや、こんなことを考えている場合ではない。

 思わぬ色仕掛けにぐらついたが、ここは毅然と対応しないと。


「でへへ。じゃあ、付いていっちゃおうかな~」


 俺の口が勝手に動いた。

 なぜだ。

 ビシッと言うつもりだったのに。


 まさか、千の闇魔法か!?

 この土壇場で俺の思考を誘導して、雪月花とともに何かを企んでいる……?


 ギロッ!

 俺は千をにらむ。


「……? どうかしましたか?」


 千がとぼけた顔をして首をかしげる。

 いや、とぼけているのではなくて本当に心当たりがないのか?


「ああ、いや。何でもない」


「それにしても、タカシさんはずいぶんとモテモテですねえ。楽しまれるのは結構ですが、わたくしの体を汚した件もお忘れなく……」


 千からそう釘を刺されてしまった。

 マズいぞ。

 千の件も雪月花の件も、他人や魔法がどうこうではなく、単純に俺の女好きが招いた結果のようだ。


 俺が自分でどうにかせねばなるまい。

 俺は気を引き締める。


「こっちです!」


 むにゅんっ。

 俺の右腕に柔らかい感触が走る。


「足元に気をつけて~」


 むにゅんっ。

 俺の左腕に柔らかい感触が走る。


「……ん。今さら付いてこないとは言わないでね」


 むにゅ……?

 俺の正面の体に、慎ましい感触が走る。


 右腕にツキ。

 左腕にハナ。

 正面にユキ。

 俺は完全に包囲された状態で、岩陰へと連行されていく。


「でへへ……」


 果たして俺に待ち受ける運命はーー。

 何やら不穏な空気が漂い始めていた。

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