441話 闇魔法の脅威

 リトルクラーケンとの戦闘中だ。

 ベアトリクス、ソフィア、アルカ、フレンダはあっさりと返り討ちに合った。

 彼女たちは触手に捕らえられてしまっている。


「やれやれ。結局は俺たちの出番か。よし、俺の火魔法で万象一切を灰燼と為してやろう」


 練習中の新技、竜刃若火の出番だ。

 超火力で全てを無に帰すぞ。


「ダ、ダメですよ。あそこにはベアトリクス第三王女殿下もいますし……。無傷でどうにか救出しないと」


 サリエが焦ったような声でそう言う。


「さすがに冗談だ。しかし、攻撃手法が限られてしまうな」


 俺の火魔法やモニカの雷魔法では、ベアトリクスたちにも被害が及ぶ可能性がある。

 アイリスやモニカの闘気弾なら攻撃範囲を限定できるが、先ほどベアトリクスたちの闘気弾が通用しなかったところだ。

 似たような結果に終わる可能性が高い。


 ニムの土魔法はどうか。

 船上で土魔法を発動する場合、無から土を創造するイメージとなる。

 それに魔力を割く分、本来の攻撃力や防御力は発揮できない。

 また、ロックアーマーを纏った状態で海に落下すると、溺れてしまうリスクもある。


 ミリオンズは多彩な攻撃手段を持つが、海上でリトルクラーケンと戦うことを考えるとまだまだ不便も多い。

 今回は、ミティの投擲、ユナの弓、マリアの飛行及び格闘、サリエの過剰治療あたりで対応してもらうか。

 俺が脳内でそう結論付けたときーー。


「うふふ。ようやくわたくしの出番ですか。激しい船揺れで、酔ってきたところです。早めに処理させてもらいましょう」


 千が顔を青くしてそう言う。

 船酔いか。

 確かに、先ほどからの戦闘の余波で船は不規則に揺れ続けている。


「よし。やってみてくれ」


 千がわざわざ手の内を明かそうとしてくれているのだ。

 ここは観察させてもらおう。


「では……。昏き混沌の精霊よ。契約によりて我に従え。魂の掌握。邪悪なる呪縛。我が敵の鼓動を停止させよ……」


 千から、一際大きな魔力が展開される。

 そして、黒い魔力の霧がリトルクラーケンを襲う。

 特に何の変哲もない、黒い霧だ。

 リトルクラーケンは特に反応を示していないがーー。


「グラスプハート」


 グッ!

 千が、力強く拳を握る。

 それに合わせて、リトルクラーケンを襲っていた黒い霧が収束する。

 収束先は心臓あたりだ。


 ビクン!

 リトルクラーケンの体が跳ね上がる。

 そして、急速に力が抜け始めた。


「あれは……?」


「うふふ。無事に討伐完了ですわ」


 リトルクラーケンは息の根が止まったようだ。

 ベアトリクスたちが触手の拘束を解き、軽やかな動きで船上に戻ってくる。


「ちっ。ひどい目にあった」


「あはは。やっぱり、僕にはモフモフのほうがいいね」


「危うく、純潔を失うところだった……」


「ひえ~。ぬるぬる~」


 ベアトリクス、アルカ、ソフィア、フレンダがそう言う。

 リトルクラーケンの触手によって弄ばれ、彼女たちの衣服は乱れている。

 いい眺めだ。

 むほほ。


「何を見ている。ハイブリッジ騎士爵。見世物ではないぞ」


 やべ。

 俺の下心満載の視線がバレた。

 王女をエロい目で見るとは、不敬罪だ。

 何とか言い逃れをしよう。


「いやあ、いい見世物だったぞ。勇ましく飛び出していったやつが、あっさりと返り討ちに合うのはな!」


「な、なんだと!? 貴様ぁ!」


 マズい。

 うっかり、挑発するような言葉を投げかけてしまった。

 これなら、下心がバレるほうがマシだったかもしれない。


「そ、それにしても、千の魔法はすばらしかったな。あれほどの魔法を隠し持っていたとは」


 秘技、話題逸らし。


「うふふ。これで、少しは貢献できましたわね」


 千が満足げな表情でそう言う。

 ベアトリクスがこちらをにらんでいるが、俺は無視して千と会話を続ける。


「あれは何だ? 闇魔法の一種か?」


「ええ。上級の闇魔法ですわね。対象の心臓と魂に働きかけて、直接的に息の根を止める魔法ですわ」


 ヤベえ魔法だ。

 即死魔法かよ。

 即死チートが最強すぎて、ミリオンズのやつらがまるで相手にならないんですが。

 ……などという状況にならなくてよかった。


「それは怖いな。ひょっとして、それは俺に対しても掛けられるのか?」


「タカシさんの魔法抵抗力は高いので、かなりの確率で失敗しますわね。何度も挑戦すれば、いつかは成功すると思いますが……」


「マジかよ。やめてくれ。頼む」


 やめてくれ千。

 その技は俺に効く。

 ……かもしれない。


「ええ、まあ。何度も挑戦するためのMP回復期間もバカにできませんし、失敗時にこちらにもリスクはありますし。それに何より……」


「何より?」


「無闇に人に掛けるつもりはありませんわ。だって、殺したら、死んでしまうではありませんか」


 殺したら死ぬ。

 当たり前のことだ。


 千は、ハガ王国、ウォルフ村、そしてアヴァロン迷宮にてひと騒動を起こしてきた。

 その結果として死傷者が出てしまうことは仕方ないと許容している素振りがあった。

 しかし、直接的な殺意を持って人を害することは、さすがに一線を越えてしまっているという考えだろう。


 甘い考えだとは言うまい。

 俺も人を殺すのは嫌だ。

 更生困難なガチクズなら殺すが、そうでないなら殺したくない。

 少し利害が対立しただけの相手とか、軽い犯罪者ぐらいなら見逃したい。


 千も、そういう点では俺と価値観が近いようだ。

 彼女が本気だったら、今ごろ俺は死んでいた可能性もある。

 俺は内心で、彼女の人柄に対する評価を少しだけ上方修正した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る