433話 取引成立
センと蓮華が言い争っているところだ。
「戦闘中に隅っこでコソコソしていた織田家の犬が、わたくしとタカシさんの交渉に首を突っ込まないでくださいな。ねえ? タカシさん」
「それはこっちの台詞でござる。拙者とたかし殿は、裸体を見せ合った仲。女王の腰巾着が割り込む隙間はないでござる。のう? たかし殿」
センと蓮華がそう言って、俺を見てくる。
何だか、俺を巡って女性が争っているような構図になっていないか?
モテる男はツライね。
ぐへへ。
……いや、こんなことを考えている場合ではない。
「ええっと、そうだな……。しかし、センと蓮華は知り合いだったんだな」
俺はとりあえずそう言って、お茶を濁す。
話を逸しているような逸していないような、微妙なラインだ。
「ふむ? たかし殿の発音は、微妙にずれているでござる。確か、たかし殿は漢字を知っておったな。こやつの名前は、数字の千と書くでござる」
「セン。……いや、千か。なるほど」
ヤマト連邦という和風の国の出身だけあって、名前は漢字だったか。
と、ここでマリアの重力魔法の効力が切れた。
千やラスターレイン伯爵家が地面に降り立つ。
「うふふ。由緒正しきヤマト連邦の歴史を、こいつら織田家派閥は崩そうとしているのですわ。我らが主君は、それを許しません」
「黙れ。いつまでも鎖国などしている場合ではないのでござる。さらなる発展と平和のためには、近隣諸国と手を取り合って協力する必要がある」
千が保守派で、女王派閥。
蓮華が革新派で、織田家派閥。
この2つの派閥でヤマト連邦の主導権を巡って対立している感じか。
「ううむ。難しいところだ……」
率直なイメージだけで言えば、鎖国を取りやめて開国するほうが何となく近代的でいいような気もする。
しかし、実情を知りもしないで口出しするのも無責任か。
伝統を大切にする千の考え方も、間違っているわけではない。
悩む俺を見て、千が口を開く。
「でしたら、やはりご自身たちの利益を第一に考えられたらどうでしょうか? しょせん、ヤマト連邦のことは他人事でございましょう。お仲間であるリーゼロッテさんの闇の瘴気を無事に祓うことが大切ですわ」
「それは確かに」
ヤマト連邦の事情は、詳しく知らない。
蓮華と千から得た情報はあるものの、断片的だ。
おそらく、それぞれ自分の派閥に都合のいいことしか言っていないだろうし。
心情的には、裸を見せ合った仲である蓮華を優先したいところだ。
彼女には加護(小)を付与済みだしな。
しかしそれ以上に、通常の加護を付与済みであり将来の妻候補でもあるリーゼロッテの安全を優先したい思いが強い。
「ぐぬ……。それを言われると、拙者としてはつらいものがある……」
「蓮華には悪いが……。ここはリーゼロッテの安全を優先させてもらおう」
「うふふ。決まりですわね。さあ、ファイアードラゴンのツメと鱗を渡してくださいな」
千が勝ち誇った顔でそう言う。
「ダメだ。先に闇魔法を解除するのが先だ」
ツメと鱗を先に渡した途端に、トンズラされてはたまらない。
「わたくしが闇魔法を解除した時点で、裏切るつもりではございませんよね?」
「もちろんそんなことはしないが……」
うーむ。
お互いに、相手への信用が足りない。
まあ、今まで散々敵対してきたから当然ではあるが。
「では、先にツメだけでも渡してください。それから、わたくしが闇魔法を解除します。それを見届けましたら、鱗をください」
「まあ……。そのあたりが落とし所か」
これでも互いにリスクがないわけではない。
とはいえ、完全にリスクをゼロにすることなどできはしない。
思い切って、歩み寄るべきだろう。
「ふふん。いくわよ、ドラちゃん」
「私も手伝います!」
「ううっ。怖いけど、思い切ってやっちゃって!」
バリッ!
ユナとミティにより、ドラちゃんのツメが1枚剥がされる。
ドラちゃんは痛そうにしていたが、サリエがすぐに治療魔法をかけて事なきを得た。
残念ながらツメ自体はすぐには生えてこないようだが、痛みは取れたようである。
俺はツメを受け取り、千に渡す。
「ほら。これがお目当てのものだ」
「うふふ、確かに。ではわたくしも闇魔法を解除しますわね」
千が詠唱し、闇魔法を解除する。
特に土壇場で裏切ったりすることもなく、素直に応じてくれた。
別に、彼女は人を貶めて害することを楽しんでいるわけではないのだろう。
ファイアードラゴンの魔石の入手という目的のためにいろいろと暗躍していただけである。
明確に劣勢となった上、仕込んでいた闇魔法がリーゼロッテ1人に集約されてしまった今、彼女の当初の目的を果たせる可能性は低い。
次善策としてのツメや鱗の入手のために、素直に取引に応じていくのも当然の判断だと思われる。
リーゼロッテの闇の瘴気がひと回り小さくなる。
そして、俺とアイリスの聖魔法で完全に浄化した。
「あ、あら? わたくしはいったい何を……? 何だか、暗い感情に支配されていたようですわ」
「それが闇の瘴気だ。リールバッハさんたちも、それの影響を受けていたようだ。お互いに思うところはあるかもしれないが、水に流して仲直りしないとな」
リーゼロッテは、もともとラスターレイン伯爵家内でやや肩身の狭い思いをしていた。
しかし、明確に敵視されるほどになったのは闇の瘴気が原因だ。
血の繋がった家族だし、できれば仲直りしてほしい。
リーゼロッテが無事に正気に戻ったことを確認して、俺はドラちゃんの鱗を千に手渡した。
「うふふ。では、わたくしはこれにて」
「おう。もうこの国で悪さをするなよ」
俺は一言だけあいさつをする。
彼女はいつものように、転移魔法でトンズラするのだろう。
もう二度と千と会うことはないかもしれない。
俺はそう思った。
しかしーー。
「……と言いたいところでしたが、もう魔力も魔石も残っていません。命を削れば発動はできますが、さすがにそこまではしたくありませんわね。ルクアージュまで船でごいっしょさせていただきますわ」
え?
マジかよ。
船でいっしょに帰るのか……。
まだまだ気を抜けないな。
まあ、彼女が多芸に秀でるとはいえ、見知らぬ土地で1人で暗躍するのにも限界がある。
何とかやってこれたのは、事前に闇魔法によって瘴気を仕込んでおき、自分に都合のいいように誘導していたからだ。
ラスターレイン伯爵家の面々に仕込まれていた闇の瘴気をリーゼロッテが吸収し、それを俺とアイリスの聖魔法で祓った以上、もはや千に打つ手はない。
不意打ちでドラちゃんを暗殺されたりしないようにだけ注意しておけば、それ以外に千の動向に特に警戒すべきものはないかもしれない。
混乱気味だったリールバッハたちも、落ち着きを取り戻しつつある。
とりあえず、彼らに相談してみるか。
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