432話 センからの取引の申し出

 リーゼロッテがリールバッハたちの闇の瘴気を吸収してしまい、暴走してしまっている。

 5人分の闇の瘴気だ。

 聖魔法で祓うのもなかなか厄介そうである。

 そんなときに、センから取引の打診があった。


「取引だと?」


「ええ。この状況下では、もはやわたくしの第一目的である『ファイアードラゴンの魔石の入手』は不可能……。せっかく『紅蓮の水晶』を用いて活性化させましたのに、残念ですわ」


「ふん。俺たちミリオンズがいる限り、このサザリアナ王国で好き勝手できるとは思わないことだな」


 俺は、この国に大きな思い入れがあるわけではなかった。

 転移してきた先にたまたまあっただけの国だ。


 しかし、徐々に思い入れは強くなってきている。

 この国で活動しているうちに大切な仲間と出会えた。

 また、俺の功績が認められて騎士爵も授かった。


 国王であるネルエラ陛下とはまだ会ったことはないが、ハガ王国やウォルフ村の一件への対応を見るに、確かな判断力と実行力を持っているように思える。

 行く先々の街や村においても、治安、食文化、衛生面など十分なレベルだ。

 サザリアナ王国は、忠誠を誓うに値する国だろう。


 俺はセンの動きを注視する。

 彼女が口を開く。


「うふふ。ミリオンズを出し抜くことは諦めました。せめてもの次善策として、ファイアードラゴンのツメと鱗だけは持ち帰りたいのです」


 センがあれこれと活動してきた目的は、ファイアードラゴンの魔石。

 そして次善策として、ツメと鱗か。

 確かに、竜種の魔石、ツメ、鱗などには様々な使い道があるのだろうが。


「ふん。それを受け入れて、俺たちに何のメリットがある? 俺とアイリスの聖魔法があれば、リーゼも正気に戻るだろう」


「確かに、お二方の聖魔法の技量は聞き及んでおります。しかし、これほどの闇の瘴気を祓った経験はありませんでしょう? 失敗すれば、人格に悪影響が残るかもしれませんわ」


 その元凶が言ってくれる。

 しかし、内容には一理あるか。


 俺とアイリスの聖魔法はレベル4。

 かなりの上級ではあるが、経験自体はまだまだ不足しているし、繊細なコントロールはできない。

 力任せにぶっ放すだけであれば問題ないが……。


 先ほどのスキル強化の際に、聖魔法をレベル5にしておけばよかっただろうか?

 いや、結局は同じことだ。

 スキル強化の恩恵によりコントロールも向上はするだろうが、大元の問題である経験不足は解消できない。


 やはり、スキルを使いこなすには経験が必要だ。

 もちろん、今回のリーゼロッテの浄化を1つの経験に変えるのもありだ。


 しかし、大切な仲間でありハーレムメンバー入りがほぼ確定しているリーゼロッテに対して、ぶっつけ本番で強力な聖魔法を試すのは少し怖い。

 同じ状況でリールバッハ、シュタイン、ディルム子爵あたりが相手なら、特に気負わずにできただろうが……。


「うーん……。確かに、俺とアイリスの聖魔法にもリスクはあるかもしれない」


「でしょう? 元の闇魔法の術者であるわたくしが解除すれば、闇の瘴気の勢いは低下するはずです。周囲の瘴気を吸収して成長した分は、残るでしょうが……」


 闇魔法は、瘴気の種を育てていく感覚に近いらしい。

 最初の種は、術者が生み出したものだ。

 そして、その後も継続的に闇魔法をかけ続けることで、瘴気は成長していく。

 ある程度大きくなれば、後は勝手に周囲の瘴気を吸収して成長するようになる。


 センが闇魔法を解除すれば、闇の瘴気の勢いは低下するが、全てがなくなるわけではない。

 しかし、ある程度弱まれば、残りは俺とアイリスの聖魔法で安全に祓える。


「みんな、どう思う?」


 俺はミリオンズのみんなに意見を聞くことにする。

 リールバッハたちは混乱気味で戦闘の意思はないし、ドラちゃんはサリエによって治療済みだ。

 あとは、センの動向にのみ気をつけておけばいい。

 相談するぐらいの余裕はある。


「うーん。確かに、ボクたちの聖魔法で問題なく祓えるかは、やってみないとわからないかもね」


 アイリスがそう言う。

 やってみないとわからない。

 問題なく成功するかもしれないし、失敗して人格に悪影響が出るかもしれない。

 他に選択肢がなければやるしかないのだが、今はセンと取引をするという選択肢がある。


「ふふん。ドラちゃんは、ツメと鱗を取られても問題ないのかしら?」


「痛いから嫌だけど……。ガマンする! タカシとユナの友だちのためだし」


 ドラちゃんがそう答える。

 人間で言えば、深爪したり皮膚の一部を剥がされたりする感覚か?

 赤の他人のためにガマンできるような軽微な痛みではなくとも、俺やユナの仲間であるリーゼロッテのためであればガマンしてくれるぐらいの痛みなのだろう。


「問題は、センさんの目的が何なのかです。ファイアードラゴンのツメと鱗を悪用して、このサザリアナ王国に害をなすのであれば、慎重に判断する必要があります」


 サリエがそう言う。

 確かに、国民に被害が出る可能性があるのであれば、目先の1人を安全に助けるためだけに譲歩するのは避けたほうがいいだろう。


 俺なら、それでもリーゼロッテ個人を優先したいところだが。

 サリエもリーゼロッテとはそこそこ仲がいいのに、結構ドライだな。

 貴族として、しっかりとした教育を受けてきたためであろうか。

 俺のように、身内の利益を最優先にして目先のことしか考えないようなやつとは違うな。


「うふふ。それはご心配なく……。ファイアードラゴンの魔石をわたくしの祖国ヤマト連邦に持ち帰ることが目的でしたので。次善策のツメと鱗でも、持ち帰ればギリギリ何とかなるかもしれません。サザリアナ王国には危害は加えませんわ」


 センはヤマト連邦の出身だったのか。

 蓮華と同じ国だ。


「本当か? 何を企んでいるのか知らんが、魔法兵器か何かを開発して攻めてくるつもりじゃないだろうな?」


「いえいえ。国内同士の派閥争いがあるのです。それを制するためですわ。タカシさんに不利益はもたらさないと誓いましょう」


 センがそう言う。

 それが本当なら、取引には応じてもいいか?


 メリットは1つ。

 リーゼロッテの闇の瘴気を祓うことの成功率や安全性が向上することだ。


 デメリットは1つ。

 ドラちゃんがそれなりの苦痛を受けることである。


 こうして考えれば、ドラちゃんには申し訳ないが少しガマンしてもらいたい。

 しかしこれは、あくまでセンを信用するならばの話だ。

 彼女が本当のことを言っている確証はない。

 彼女を捕縛して、企みを完全に潰しておいたほうが確実かもしれない。


「千よ。おぬしの企みは、拙者が許さぬでござる」


 蓮華がそう言う。


「あら。織田家の犬が、こんなところに……。そういえば、視界の隅をチョロチョロと動いていましたわね」


 センがそう言う。

 何やら、蓮華と顔見知りだったようだ。

 同じヤマト連邦の出身だし、知り合いでも不思議ではないのか。

 しかし、少し不穏な空気である。


「ふん。かび臭いだけが取り柄の女王の腰巾着が、言ってくれるでござる」


 蓮華が負けじとそう言い返す。

 俺は蚊帳の外に追いやられてしまった。

 ヤマト連邦の事情を知るチャンスだし、とりあえずは様子を見守っておくか。

 センの動向にさえ注意していれば、それほどマズい事態にはならないだろうしな。

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