431話 一族、一族、愚かな一族……

 リーゼロッテの水魔法とマリアの重力魔法により、ラスターレイン伯爵家の撃破に成功した。

 それはいいのだが、何やらリーゼロッテの様子がおかしい。


「一族、一族、愚かな一族……」


 リーゼロッテが暗めの声色でそう言う。

 目に黒いモヤがかかっている。

 彼女が言葉を続ける。


「そういうあんたら”器”を知らぬ。己の”器”の大きさ知らぬ。わたくしの”器”の深さを知らぬ。はいつくばってる今そこに」


 器の大きさか。

 確かに、リールバッハたちの器はあまり大きいとは言えないか?

 ファイアードラゴンという大きな力を、自分たちで抱え込んで繁栄に繋げるのではなく、頑なに排除しようとしているからな。


 とはいえ、竜種の力を都合よく利用するというのは通常では無謀なことだ。

 ドラちゃんが俺たちに従ってくれているのは、俺の『異世界言語』のチートスキルに加え、『ステータス操作』によって伸ばしたユナのテイム術レベル5の恩恵があるからだ。

 また、ドラちゃんが寂しさから話し相手を欲していたという事情もある。


 そう考えると、リールバッハたちの方針自体が明確に間違っているとは言えないだろう。

 リーゼロッテも、そのあたりの判断が微妙なラインであることぐらいは理解していたはず。


 なぜ、一方的に断罪するような言葉を言ったのだろう?

 こ……こんなリーゼロッテ……今まで見たこと……。


 リールバッハが水魔法で貫かれた腹を押さえながら、口を開く。


「我らは最近お前を監視。お前は冒険者になって数年……。言動、おかしさ、目に余る。お前の考え、目に余る……」


 リーゼロッテが冒険者として活動を始めたのは、数年前のことだと聞いている。

 筆頭護衛騎士のコーバッツたちを引き連れ、家を飛び出したのだ。

 当時からファイアードラゴンへの対処方針を巡って対立していたと聞いている。

 リールバッハたちからすれば、リーゼロッテの言動や考えは異端であったと言っても過言ではない。


「組織に執着、一族執着、名にも執着、己を制約。己の”器”を決めつけ制約、忌むべき執着、”器”を制約……。そして未だ見ぬ知らぬモノ、”器”を決めつけ知らぬモノ。恐れ憎しむ愚かしい!!」


 リーゼロッテが力強くそう言う。

 何だか、韻を踏んでいないか?

 リーゼロッテがリールバッハたちを断罪する緊迫した場面のはずだが、やや緊張感に欠けるような……。


 言っていることはイマイチ理解し切れないが、おおよその推測はつく。

 リールバッハたちは伯爵家という名門であるため、いろいろと制約があったのだろう。

 それが、自分たちの器を制約してしまっているという指摘だ。


 リーゼロッテが言っていることは間違っているわけではない。

 しかし、肉親相手に少し言い過ぎのように思える。

 リーゼロッテも、いろいろと不満がたまっていたのだろうか。


 いや、それにしても彼女の様子はおかしい。

 目に黒いモヤがかかっているし。

 ここは止めるべきだ。


「止めろめろめろ、リーゼめろ!!」


 おっと。

 俺もつられて、謎の韻を踏んでしまった。

 いや、韻にすらなっていない気もするが。

 細かいことはいいだろう。


「!」


 リーゼロッテがこちらを振り向く。

 やはり、目が濁っている。


「いい加減にしろいい加減……。どうした一体いい加減……」


 俺はそう言いつつ、リーゼロッテに近づいていく。


「リーゼ、さっきから少し変。お前、さっきから少し変」


「何もおかしくなどは無い……。自分の役割果たしてる……。役割だけは果たしてる……」


「じゃあ何故過剰に攻撃した? 何故何故過剰に攻撃した?」


 リールバッハたちは、マリアの重力魔法によって抵抗の術を失っていた。

 もう少し威力を抑えた魔法でもよかったはずだ。

 水魔法レベル5に加えて魔力強化をレベル4にまで伸ばしている彼女なら、そういった繊細なコントロールも可能なはずである。


「高みに近づくそのためだ……」


「何の話だ。何なんだ……」


 ダメだ。

 イマイチ話の要領が掴めない。


 これがリーゼロッテの素であるならば、がんばって理解に努めるところだ。

 しかし、おそらくこれは彼女の素ではない。

 闇の瘴気の影響だ。

 何らかの事情により彼女も闇の瘴気に汚染されて、正気を失ってしまったのだと思われる。


「とりあえず、ボクが押さえるよ」


「私も手伝う。魔力を阻害しておくね」


 アイリスとモニカが、リーゼロッテの暴走を食い止める役割を買って出る。

 物理的にはアイリスが押さえ、魔力的にはモニカが妨害する形だ。


「ありがとう。俺はリールバッハたちをきちんと無力化しておく」


 彼らは、マリアの重力魔法によりプカプカと浮き、さらにはリーゼロッテの水魔法により大ダメージを負っている。

 もはやまともな抵抗はできないだろうが、闇の瘴気をきちんと祓うまでは油断できない。

 俺は彼らに視線を向ける。


「……我は、いったい何をーー?」


「俺はなぜ戦っていたんだ……?」


 リールバッハとリルクヴィストがそうつぶやく。

 あれ?

 彼らの目にかかっていた黒いモヤが、いつの間にかなくなっているな。

 マルセラ、リカルロイゼ、シャルレーヌも同様だ。

 彼ら5人は、自身の状況を必死に整理している様子である。

 これは……。


「うふふ。どうやら、水魔法の制御を奪い吸収した際に、闇の瘴気まで吸収してしまったようですわね」


 センが不敵な笑みを浮かべる。

 ちなみに、彼女もリールバッハたちと同様に、マリアの重力魔法により為す術なく宙に浮いている状態である。

 プカプカ浮きながら不敵に微笑む姿は、シュールだ。


「なるほど、そんなことがあるのか」


「うふふ。わたくしが時間をかけて仕込んだ闇魔法が5人分です。リーゼロッテさんを正気に戻すには、かなりの聖魔法が必要となりますよ。どうです? ここは、取引といきませんか?」


「取引だと?」


 黒幕のセンからの、取引の打診。

 胡散臭いが、内容ぐらいは聞いてやってもいいだろう。

 リールバッハたちは混乱気味で戦闘の意思はないようだし、あとはセンの動向にだけ注意しておけばいい。

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