434話 術式纏装『極炎滅心』再び

 俺たちミリオンズは、千との取引に応じた。

 リーゼロッテの闇魔法を解除してもらう代わりに、ドラちゃんのツメと鱗を譲るという取引だ。

 リーゼロッテは無事に正気を取り戻した。


 次に、俺はラスターレイン伯爵家の様子を確認しておこう。

 彼らは混乱状態から回復しつつある。


「リールバッハさん。だいじょうぶですか?」


「うむ……。ハイブリッジに、そしてミリオンズの者たちには苦労をかけたようだな。我としたことが、そのような小娘の闇魔法にしてやられるとは……」


 リールバッハがそう言う。


「その通りですね。いかにファイアードラゴンが危険な存在といえども、手なづけているのであれば話は別です」


「おうよ。突然暴れだしたりしないか警戒は必要だが、今後も友好的な関係を築けるならリターンは大きいぜ」


 リカルロイゼとリルクヴィストがそう言う。

 ファイアードラゴンを討伐する考えを固持していた彼らであるが、闇の瘴気を取り除いた今は柔軟な考えになっている。

 闇の瘴気には、視野を狭め元々の考えに固執するようになる影響もあるのだ。


「ふふ。私は、子どもたちの成長を見れて嬉しかったわ」


「お母様はのんきすぎですっ! 私は、ひどい目にあいました。……あっ」


 シャルレーヌが何かに気づいた素振りを見せて、股のところを手で隠す。

 なんだろう?

 ……と思ったが、”あれ”か。


 ミティの強烈な投擲がシャルレーヌの頬をかすめ、彼女は漏らしてしまっていたのだ。

 戦闘中のことだったので、まだ俺ぐらいしか気づいている者はいないようである。

 もともと雨で全身が濡れていることも幸いしている。


 とはいえ、彼女が漏らしたのは雨が上がった後だ。

 このままでは匂いなどで他の者にバレてもおかしくない。

 ここはーー。


「水球よ。我が求めに応じ現われよ。ウォーターボール」


 パシャッ。

 俺は水魔法をシャルレーヌにぶちかます。


「きゃっ」


 もともと濡れていた彼女だが、これで改めてずぶ濡れになった。

 匂いのもとも洗い流せたことだろう。


「ハイブリッジ? 貴様、我が娘に何を……」


「失礼。服が泥で汚れていたのが気になったのです。もともと雨で濡れていましたし、別に構わないでしょう?」


「それはそうだが、一言くらいあっても……」


 リールバッハが俺に文句を言う。

 当然のクレームだ。


「お父様。よいのです。……タカシさん。ありがとうございます」


 シャルレーヌが頭を下げる。

 いいってことよ。

 こういう些細なところから忠義度を稼いでいくのさ。


「よし。ついでに、その顔のキズも治療してやろう」


 シャルレーヌの頬には、一筋のキズが入っている。

 ミティの投擲によるキズだ。

 血が流れており、少し痛々しい。

 もちろん戦闘中のことなので、ミティを責めるつもりは一切ない。

 俺は治療魔法の詠唱を始める。


「神の御業にてかの者を癒やし給え。ヒール」


 治療の光がシャルレーヌの頬を覆う。

 そして、無事にキズは塞がった。

 きれいで可愛い顔に、キズ跡は残っていない。


「あ、ありがとうございます」


「これぐらい構わないさ。いろいろあったが、すべてを水に流そう」


 闇の瘴気に起因するイザコザをいつまでも引きずっていても、仕方ない。

 恨みつらみはなしだ。


「うふふ。さあ、過去の話は水に流しましょう。みんなでルクアージュに帰りますわよ」


 千がそう言う。

 どの口で仕切ってんだ。

 かなり図太い性格をしているな。

 鋼のメンタルだ。


「待て。闇魔法を人にかけることは、サザリアナ王国法で禁止されておる。貴様には、事情聴取と裁判を受けてもらうぞ」


 リールバッハがそう言う。

 やはり、これほどのことをしでかしておいて無罪放免はないだろう。


 俺たちミリオンズと千は、取引を行なった。

 それが無事に履行された今、俺は彼女に手を出すつもりはない。


 しかし、ラスターレイン伯爵家からの追求は別だ。

 彼らからの追及を、千はどうかわすつもりなのか。

 出身国をバラしていたし、下手をすれば国際問題になるのでは……。


「仕方ありませんわね。では、いくつかの交換条件で無罪放免を勝ち取ることにしましょう。まあ、ルクアージュへ戻ってからの話になりますが」


 千はあまり焦ってはいない。

 何か、とっておきの情報などがあるのだろうか。


 リールバッハや領民たちに実害は出ていないし、情報次第では確かに無罪放免になってもおかしくないかもしれない。

 ヤマト連邦は元々鎖国国家で、国際問題にしようにも取り合わない可能性が高いことだしな。


「は、は……、はーっくしょん!」


 シャルレーヌが盛大なクシャミをする。


「うう……。少し寒いですね」


 彼女が震えながらそう言う。

 俺たちミリオンズもラスターレイン伯爵家も、雨天下で戦闘していた。

 全員がびしょ濡れ状態である。

 その上、日が沈みつつある。

 これからどんどん気温は下がってくるだろう。


「うむ。このままでは我も風邪を引きそうだ」


「その通りですね。早く着替えなければ……」


 リールバッハとリカルロイゼがそう言う。

 雨天下の戦闘でブイブイいわせていた彼らも、風邪は引くようだ。


「俺が一肌脱ぎましょう。……はあっ! 術式纏装『獄炎滅心』」


 俺は炎の力を身に纏う。

 ファイアードラゴン戦や、ラスターレイン伯爵家との戦いで使用していた技だ。

 しかしもちろん、今回は戦闘用に発動したのではない。


「へっ。なかなかあったけえじゃねえか」


「いい魔法ですね。さすがは、リーゼロッテさんが見込んだ男性です」


 リルクヴィストとマルセラがそう言う。

 この『獄炎滅心』の発動中は、俺の体温が上がる。

 直接触れたらかなり熱いが、少し離れたところであれば心地よい暖かさを感じるはずだ。

 ストーブのようなイメージである。


「俺にはさらに奥の手がありますよ。……風よ荒れ狂え。ジェットストーム!」


 ブオンッ!

 強めの風が円状に吹き荒れる。


「これは気持ちいいですわ」


「さすがはタカシ様。すばらしい魔法です!」


 リーゼロッテとミティがそう言う。

 『獄炎滅心』の熱に加え、ジェットストームによる風。

 さながら、巨大なドライヤーである。


「うふふ。これは便利ですわね」


「あったかい!」


 千やマリアからも好評だ。

 しばらくはそのまま、みんなで温まる。


「そういえば、第一隊から第五隊に配置されていた冒険者たちはどうなったのです? 姿が見当たりませんが……」


 アヴァロン迷宮の5階層でラスターレイン伯爵家と戦ったときから、既に姿はなかった。

 高性能ゴーレムのティーナの情報によると、5階層の入口付近で氷牢獄に囚われているとのことだった。

 ティーナやトミーたちに、救助を依頼しているところだ。


「うふふ。彼らは、タカシさんたちと同じく『永久氷化』で氷漬けにしましたわ」


「うむ……。彼らには申し訳ないことをした。早く、解除に向かわねば」


 リールバッハがそう言う。

 ティーナの情報は正確だったわけか。

 彼女が解除してくれているだろうし、極端に焦る必要はないだろう。

 俺たちはある程度服を乾かした後、みんなでアヴァロン迷宮の5階層の入口付近に向かい始めた。

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