425話 ミリオンズvsラスターレイン伯爵家 第2ラウンド

 時は、リーゼロッテが最上級水魔法を発動する少し前に遡る。

 ラスターレイン伯爵家は、ファイアードラゴンを追い詰めていた。


「ふん。危険なファイアードラゴンめ。おとなしく首を差し出せ」


「その通りですね。あなたの境遇には同情しますが……。しょせん、竜族と人族は別種族。互いの生存権をかけて、戦う定めなのです」


 リールバッハとリカルロイゼがそう言う。

 彼らはファイアードラゴンを討伐するためにタカシたちと敵対したわけだが、何も冷徹な悪人というわけではない。

 ラスターレイン伯爵領の領民、ひいてはサザリアナ王国の国民や人族全体の安心と安全のために、ファイアードラゴンを排除すべきと考えているだけである。


 ユナがファイアードラゴンのテイムに成功した以上、危険性は大幅に低減した。

 しかし、0になったわけではない。


 正常時のリールバッハたちであれば、ファイアードラゴンを生かしておくメリットとデメリットを比較し、冷静で柔軟な対応をした可能性が高い。

 しかし、今の彼らは闇の瘴気に汚染されている。

 思考力が低下するとともに、負の感情やもともと持っていた信念が増幅されて行動に現れているのである。


「ゴアアアァッ! (タカシ、ユナ……。助けてえぇ!)」


 ファイアードラゴンがそう叫ぶ。

 もちろん、リールバッハたちにその言葉は通じていない。

 遠くにいるユナから、『もう少しで着くから諦めないで』という連絡はあった。

 彼女は、それを心の支えに必死に粘る。


「……氷の精霊よ。我が求めに応じ、氷の雨を降らせよ。アイスレイン!」


 ヒュンヒュンッ!

 シャルレーヌが発動した中級水魔法がファイアードラゴンを襲う。


 ファイアードラゴンとアイスレインの相性は、実は一方的に良し悪しが決まっているわけではない。

 例えば、ファイアードラゴンが万全の状態で、雨が降っていなければ、むしろファイアードラゴンの高熱によりアイスレインが溶かされてしまうことも考えられる。

 現状は、ファイアードラゴンが満身創痍であり、雨がどしゃ降りのため、アイスレインが優位になっているのだ。


 ファイアードラゴンは手や翼で顔を覆い、必死に堪える。


「ふん。くらいな! ……流水拳奥義、氷槍脚!」


 リルクヴィストが鋭い蹴りを放つ。

 脚に氷を纏っている。

 この環境下ではファイアードラゴンに極めて有効な攻撃だ。


「ゴアアアァッ! (い、痛いよぉ……。もうダメ……)」


 ファイアードラゴンは息も絶え絶えである。

 リールバッハたちがさらなる追撃を加えようとした、そのとき。


 雨足が急速に弱まり始めた。

 そしてほどなくして、完全に止んだ。


「むっ!? 雨が止んだだと?」


「おかしいですね。私たちが発動した最上級水魔法の効力は、まだまだ続くはずですが……」


 リールバッハとマルセラがそう言う。

 ラスターレイン伯爵家がタカシたちミリオンズやファイアードラゴン相手に優位に戦って来れたのは、どしゃ降りの雨のおかげだ。

 運がよくて雨が降っていたわけではない。

 事前に、雨乞いの最上級水魔法を発動していたのである。


「不可解な……。魔法陣を仕上げるのにあれほどの時間をかけましたのに……」


「それに、消費した水の魔石もばかにならねえぜ。民間から、かき集めていたからな」


 リカルロイゼとリルクヴィストがそう言う。

 天候を操作する最上級魔法は、さすがのラスターレイン伯爵家といえども容易には発動できない。

 事前に綿密な魔法陣を描き、水の魔石を大量に用意した上で、5人の力を合わせて発動したのだ。


「雨が止んだのは残念ですが……。ファイアードラゴンを追い詰めた後でよかったです。早くトドメを刺しましょう」


「シャルレーヌの言う通りだな。いくぞ、お前たち」


 リールバッハの言葉を皮切りに、5人が同時に水魔法の詠唱を始める。


「「「「「……契約によりて我に従え氷の妖精女王。生命絶える黄泉の冷気。我が敵を物言わぬ結晶に。エターナルフォースブリザード!」」」」」


 5人での合同水魔法が放たれる。

 『永久氷化』と異なり、対象を冷却して死に至らしめることを目的とした魔法である。

 冷却能力自体は『永久氷化』と同程度であるが、攻撃性能に制約を設けていない分、難易度が高くなっている。

 そのため、5人全員で1つの合同魔法となっているのである。


「ゴ、ゴアア……(ユナ……タカシ……)」」


 ファイアードラゴンの体が急速に冷えていく。

 そこらの魔物であれば、即死していてもおかしくない超低温だ。

 ファイアードラゴンの魔法抵抗力に加え、そもそもの物理的な体温の高さにより、かろうじて粘ってはいる。

 しかし、それでも死に至るのは時間の問題であった。


「ゴアア……(お母さん……最後に会いたかったな……)」


 冷気による煙の中で、ファイアードラゴンが静かに目を閉じる。

 彼女の生命の灯火は、消えようとしていた。


「ふん。これで終わりだ。ようやく、領民たちにも安寧が訪れる。……む!?」


「様子がおかしいです! 私たちの水魔法が……かき消されています!」


 リカルロイゼがそう叫ぶ。

 水魔法の冷気による煙が、晴れていく。

 そして、その中から現れたのはーー。


「よう。また会ったな。さっきのお礼をしに来たぜ」


 タカシだ。

 『獄炎滅心』を発動したタカシが、ファイアードラゴンをかばうようにそこに立っていた。


「ゴアア……? (タカシ……来てくれたの……?)」


「ああ。遅れてすまなかったな。すぐに、仲間に治療してもらうからな」


 タカシがそう声を掛ける。

 ファイアードラゴンの治療は、専門家であるサリエに任せるつもりだろう。

 もちろんタカシが治療してもいいのだが、彼には他にやることがある。


「ハイブリッジか。あの『永久氷化』の拘束から逃れるとは……。侮っていたようだな」


「ふん。あの程度の拘束で、俺たちがやられるわけがない。甘く見られたものだ」


 タカシが挑発混じりにそう言う。

 実際には、しっかりとやられていたわけだが。

 とりあえず、ハッタリでそう言っておいた感じだろう。


「へっ。せっかく、命までは取らねえでやったのによ。こっちの温情をムダにしやがって」


 リルクヴィストがそう言う。

 あえて殺傷能力の低い『永久氷化』を使用したのは、無闇に殺す必要はないという判断があったためだ。

 殺そうと思えば殺せた。


「雨が上がったのは残念ですが……。何度やっても同じことの繰り返しです」


「その通りですね。我らに歯向かうことも無意味さを、今一度教えて差し上げましょう」


 マルセラとリカルロイゼがそう言う。

 どしゃ降りの雨が上がったため、先ほどよりは水魔法の威力は下がるだろう。

 しかし、それを差し引いてもラスターレイン伯爵家がそこらの冒険者パーティに負けるなどということはありえない。

 彼女たちはそう考えていた。


「お姉様。おとなしくしていてくだされば、後で氷化状態を解除しましたのに……。わざわざ、再び戦場に出てくるとは……」


「黙りなさい、シャルレーヌ。友好的な竜種を殺めることは許しません。あなたたちの蛮行は、わたくしたちミリオンズが止めてみせますわ」


 リーゼロッテが毅然とそう言う。


 ミリオンズ対ラスターレイン伯爵家。

 第2ラウンドが、始まろうとしていた。

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