424話 蒼穹の担い手

 俺たちミリオンズはアヴァロン迷宮の5階層を出て、ラスターレイン伯爵家を追う。

 厳密には蓮華はミリオンズではないが、細かいことはいいだろう。


 蓮華には加護(小)を付与できたことだし、この件が無事に片付いたらぜひミリオンズに勧誘したい。

 彼女は強さを求めて武者修行中の身だ。

 確か、剣の聖地ソラトリアに向かう途中だったか。

 俺たちミリオンズの次の目的地は決まっていないが、蓮華の意向を尊重してソラトリアに行くのもいい。


 それに、強さが目的なら俺の加護はとても有用だ。

 剣の聖地で必死に修行するよりも、俺とのんびり行動したほうが強くなれるまである。

 強くなること自体ではなく過程に意味を見出すタイプの人であれば、そういうわけにもいかないだろうが。

 幸い、蓮華は強くなる過程にさほど拘りはない様子だ。

 故郷であるヤマト連邦に守る者を残していると言っていた。


「ユナ。どっちだ?」


「ふふん。こっちね。付いてきなさい」


 ユナの先導のもと、俺たちは進んでいく。

 彼女は、ファイアードラゴンのドラちゃんのテイムに成功している。

 魂の繋がりにより、何となくどの方向にいるかどうかわかるそうだ。


「ドラちゃんの悲しい声が聞こえているわ。私たちが向かっていることを伝えておいたから、最後まで諦めずに逃げてくれるだろうけど……」


「急ごう。この雨がよくないものを運んでくる前に」


 雨はまだ降り続いている。

 この雨さえなければ、俺たちが負けることもなかったかもしれない。

 少なくとも、一方的にやられることはなかっただろう。


「ところで、タカシさん。……その、重くはありませんか?」


「いや、このぐらいならだいじょうぶだ。むしろ軽いくらいだぞ」


 俺はリーゼロッテにそう言う。

 彼女は俺が抱えて運んでいるのだ。

 いわゆるお姫様だっこである。


 リーゼロッテは柔らかい。

 ミリオンズの中でも随一だ。

 ……決して、太っているわけではない。

 少し肉付きがいいだけである。


 ミティ、アイリス、ニムは筋肉質だ。

 ユナ、マリア、蓮華はスレンダーである。

 モニカとサリエは女性らしい体つきをしているが、リーゼロッテの膨らみには及ばない。


「そう言っていただけると助かりますわ。どうも、おいしいものが多くて食べすぎてしまって……」


 リーゼロッテがそう言う。

 俺はぽっちゃり体型も嫌いではないし、体重など気にする必要はない。


「気持ちはわかります。私も、病が治ってから少しお肉が付き始めていて……」


 サリエがそう同調する。

 彼女が病床に伏せっているときは、やや痩せぎすだった。

 今では、適度にふっくらとしてきている。


「まあいいじゃないか。体型など、2人の魅力の大きさの中では些細なことだ」


 俺はそう言う。

 ちなみにサリエは、アイリスが運んでいる。

 俺たちミリオンズの中で、リーゼロッテとサリエはやや脚力に欠けるからな。


 ミティは腕力が強いが、脚力がやや劣る。

 モニカは脚力は優れているが、腕力がやや劣る。

 ニムは腕力も脚力も伸ばしているが、腕の長さや体格的に人を担ぐことにやや向いていない。

 アイリスは腕力、脚力、体格がいずれも及第点なので選ばれた感じだ。

 同じ治療魔法士として、サリエと少し仲がいいという点も考慮に値する。


「リーゼ。リールバッハさんたちは、闇の瘴気に汚染されている。少し手荒になるかもしれないが、構わないな?」


「そうですわね。仕方ありませんわ。ファイアードラゴンを殺さないほうが、ラスターレイン伯爵領やサザリアナ王国にとっても有益でしょうし。でも、手荒なのは仕方ないとはいえ、くれぐれも命まではとらないでいただけると……」


「それはもちろんだ。しかし、このどしゃ降りの雨がある限りは、また厳しい戦いになるかもしれないな……。MPや闘気が全快になり、スキルも強化した今、簡単にやられるつもりはないが……」


 雨はまだまだ降り続いている。

 雨天下では、水魔法使いの優位性が増す。


 俺たち第六隊には、俺とリーゼロッテしか水魔法を使えなかった。

 一応コーバッツも使えたが、彼は初級までだ。

 それに、今はトミーたちと行動をともにしている。


「その件ですが、わたくしに考えがあります。以前から強化されていた水魔法と、先ほど強化したMPや魔力があれば、きっとできるはずです」


 リーゼロッテがそう言う。

 何やら策があるようだ。

 彼女が長い詠唱を始める。


「……慈しむ水の精霊よ。我が求めに応じ、雨雲を晴らさせ給え。『蒼穹の担い手(スカイブルー)』」


 リーゼロッテが水(?)魔法を放つ。

 何やら大魔法の気配だ。

 しかし、特に周囲に変化はない。


「どうした? 失敗か?」


「……いえ。どうやら成功したようです。空を見てください」


「空?」


 俺は視線を上に向ける。

 雨雲が霧散していく。

 どしゃ降りだった雨足が急速に弱まっていく。


 そして、しばらくして。

 雨は完全に止んだ。

 代わりに、暖かな日差しが差し込んでくる。


「おお……。これが、リーゼの新たな力か」


 雨雲を動かすことで天候を操るとは。

 直接的な攻撃力こそないものの、かなりの大魔法ではなかろうか。

 水魔法といえば水を生成したり降らせるようなイメージだったが、逆に晴れさせることもできると。


 先ほどまでは『あめがふりつづいている』状態だったが、今は『ひざしがつよい』状態になったと言ってもいいだろう。


 水魔法レベル5、MP強化レベル4、魔力強化レベル4の恩恵があればこのようなこともできるのか。

 俺も練習すればできるかもしれないが、今はまだムリだ。

 スキルを伸ばしただけで、俺自身の技量が追いついていない。

 リーゼロッテは幼少期から水魔法の訓練をしていたそうなので、俺とは年季が違う。


「これなら、タカシさんやドラちゃんの炎の力を発揮できるでしょう。それに、お父様たちの力も元に戻っているはずです」


 どしゃ降りの雨天下では、火魔法を得意とする俺や、ファイアードラゴンは自分の力を十分に発揮できない。

 一方で、水魔法使いであるラスターレイン伯爵家は、実力以上の戦闘能力を発揮できる。

 雨が止むことで、本来の力同士で戦えるはずだ。


「ふふん。リーゼ、やるわね。……急ぐわよ。ドラちゃんが助けを求める声が聞こえる。晴れたおかげで、もう少しは粘れそうらしいけど……」


 ユナがそう言う。

 雨が上がろうと、ドラちゃんが挽回することは難しいか。

 まあ、あの時点で相当なダメージを負ってきていたしな。

 俺たちで助けなければならない。


 俺はお姫様抱っこしているリーゼロッテを持つ力を強め、先を急ぐ。

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