419話 ミリオンズ復活

 ラスターレイン伯爵家一行は、タカシやリーゼロッテたち第六隊を戦闘不能に追い込んだ。


「ふむ。ハイブリッジたちは想定以上にしぶとかったな」


 当主のリールバッハがそう言う。

 タカシたちからすると、手も足も出ずに押さえ込まれた感覚があるが、実際には違う。


「その通りですね。雨天下にもかかわらず、なかなかトドメを刺せませんでした」


 リカルロイゼがそう口にする。

 水魔法使いにとって、雨天というのは有利な環境だ。

 特に、この雨はどしゃ降りでありかなり理想的な環境と言える。


「手こずったせいで、ファイアードラゴンが逃げてしまいましたねえ」


 マルセラがそう言う。

 本来は、タカシたちを押さえ込みつつファイアードラゴンにトドメを刺せばよかった。

 しかし、彼らの強力な戦闘能力の前に、そんな余所見をしている暇がなかったのである。


 特に、第六隊の副隊長でありミリオンズのリーダーでもあるタカシの戦闘能力は格別だった。

 彼を無力化するために、5人がかりでの『永久氷化』を要したぐらいである。


「早く追わねえとな。どの道、あのキズでは遠くまでは飛べねえはずだが」


「天候も悪いですしね」


 リルクヴィストとシャルレーヌがそう言う。

 ファイアードラゴンが逃げたとはいっても、既に満身創痍だった。

 その上、このどしゃ降りの雨では思うように飛べないだろう。

 普通の竜種でも飛行能力が落ちるだろうが、ましてやファイアードラゴンだ。

 この場から逃げ出すのがやっとであり、この孤島から出てルクアージュなどに向かう体力はないはずである。


「いくぞ。後顧の憂いを断つために、ファイアードラゴンの息の根は確実に止めねばならん」


 リールバッハの言葉に従い、彼らがその場を離れる。

 そして、センは不敵な笑みを浮かべて彼らの後ろに付いていった。



●●●



 リールバッハたちがタカシたちの元を離れて、しばらくした頃。

 1つの人影が動いていた。


「ふう……。行ったようでござるな。危ないところでござった」


 エルフの侍、蓮華だ。


「あの女……。今は『千』と名乗っておるようでござったが……。何を企んでおるのか……」


 蓮華は、千の顔に見覚えがあった。


「念のため、隠れておいて正解だったようでござる。まさか、たかし殿たちが負けるとは思わなんだが……。ここまでの消耗と、雨天という悪条件が重なればそれも致し方ないでござるか……」


 蓮華が隠れたのは、顔見知りの千に気づかれないようにするためである。

 結果的には、それが第六隊の全滅を回避するファインプレーとなった。


「しかし、この状況をどうしたものか。拙者が一人で追ったところで、あの六人に敵うはずも無し。かといって、やつらと合流して協力するわけにもいかん。千の企みは阻止せねば……」


 蓮華と千は、ヤマト連邦内にて別勢力に所属している。

 蓮華個人の利益としては、この場は千に寝返るのもなくはない。

 しかし、国に残してきた大切な者たちのためには、その選択肢を選ぶわけにはいかない。


「……それにしても、見事な氷像でござる。まるで生きておるかのような……。溶かせば一命を取り留めたりするのでござろうか。しかし、拙者には火魔法は使えぬし……。暑かったこの階層も、雨のせいで冷えておる」


 蓮華が頭を抱える。

 タカシ、モニカ、マリア、ティーナ。

 順番に様子をうかがい、氷の膜が薄い者がいないか確認していく。

 そのときーー。


「ピピッ。当機は魔法効果:氷牢獄に囚われています」


「うひぃっ!?」


 突然響いた無機質な声を受けて、蓮華が飛び跳ねる。


「てぃ、てぃいな殿でござるか。まさか、氷漬けになっても動作を続けておるとは……」


「ピピッ。当機と同様に、魔法効果:氷牢獄に囚われている者を10名以上確認しました。直ちに命に影響はありませんが、なるべく早い解除を推奨します」


 ティーナに登録されている言語は、蓮華が使用している言語とは異なる。

 つい先ほどまでは、両者が言語を通して意思疎通をすることは不可能であった。


 しかし、ティーナは高性能のアンドロイドである。

 『永久氷化』によって氷漬けになっている間に、ここまでのタカシたちの会話の解析を進めていた。

 そして、今の時代の言語を一定程度習得することに成功した。

 まだ細かいニュアンスまでは理解できないが、客観的な情報を共有する程度であれば問題なく行えるようになっている。


「なんと……。みな、まだ生きているでござるか。それは何よりでござる」


 リールバッハたちが放った『永久氷化』。

 見た目や効果は絶大だが、実際のところ殺傷能力は低い。

 対象の周囲を瞬間的に凍らせることにより、戦闘不能状態に追い込む魔法である。


 氷と本人の間には空気の膜があり、凍傷などの危険性も低い。

 また、本人の意識は低温によりまどろむため、いわば昼寝をしているような感覚になる。

 精神的なダメージもさほどない。

 基本的には、害を与えることなく敵を一定時間拘束するための魔法であった。

 あえてそういった制約を込めることで、発動が可能になっている魔法だとも言える。


「しかし、解除を推奨と言われても、拙者には解除の術がないでござるよ」


「ピピッ。当機に魔力を補充してください。個体名:蓮華の残存魔力であれば、1名の氷牢獄を解除できます」


「なるほど……。それならば、是非も無し」


 蓮華がティーナに氷越しに触れ、魔力を注ぎ込む。

 氷越しなので若干効率は落ちるが、できないわけではない。


「ピピッ。一定量の魔力の補充を確認しました。マスター:タカシの氷牢獄の解除を始めます」


 ティーナがタカシの解除を始める。

 蓮華がタカシを指定したわけではない。

 これはティーナの独断だ。

 彼女のマスターはタカシで登録してあるので、当然といえば当然の判断だが。


「ピピッ。解除率10パーセント……20パーセント……」


 ティーナが氷牢獄を解除していく。

 魔力を利用して、熱を発している感じだ。

 擬似的な火魔法と言ってもいい。


 言うまでもなく、解除率が100パーセントになれば、タカシは自由の身になる。

 そのはずだった。

 しかし、それを待たずして。


 ピキッ。

 ピキピキッ。

 タカシの氷像の外殻が砕けていく。


「ぐぐっ! ぬあああぁっ!」


 パリン!

 タカシの叫び声とともに、氷が砕け散った。


「はあ、はあ……。どうやら、即死級の魔法ではなかったようだな……。助かった」


「ピピッ! 予測以上の魔法抵抗力を確認。マスター:タカシの情報を更新します」


 ティーナがそう言う。

 高性能なアンドロイドである彼女には、人類の平均的な身体能力や魔法抵抗力が登録されている。

 また、種族、性別、年齢、そして外観から計測できる魔力量などに応じて、都度個別のデータを更新している。


 ただ、タカシの魔法抵抗力の高さはティーナの想定以上だったようだ。

 彼の魔法抵抗力にせよマリアの回復力にせよ、常人のそれを大きく超えている。


「たかし殿。無事でござったか」


「ああ。どうやら、蓮華とティーナが助けてくれたようだな。ありがとう」


 『永久氷化』の魔法により氷牢獄に囚われてしまった者は、うたた寝のような半覚醒状態になる。

 タカシも、氷化中の出来事はうっすらと知覚していたのだ。

 さすがに、細かな会話内容までは把握できていないが。


「お安い御用でござる。それよりも、他の人の救出を……」


「ピピッ。直ちに命に関わる者はいません。マスターの意向を推測し、『ミリオンズ』の氷牢獄の解除を進めます。魔力を補充してください」


「ああ。これでよろしく頼む」


 タカシがティーナに魔力を注ぐ。

 連戦によりさすがのタカシも残りMPが心許ないが、多少は残っている。


 彼は悪人ではないが、やはり自分と身近な者を優先的に助けたい思いはあった。

 直ちに命に関わる者がいたのであれば相当に悩んだだろうが、ティーナの言葉を信じるなら今回はそう切羽詰まった事態ではない。

 身内を優先するのは致し方ないところだろう。


「ピピッ。同時並行で解除を進めます。解除率10パーセント……20パーセント……」


 同時並行で解除を進めている以上、彼女たちの氷牢獄が解除されるのは同じタイミングになるはずだった。

 しかしーー。


 ピキッ。

 ピキピキッ。

 ミティの氷像の外殻が砕けていく。


「むんっ! タカシ様、ご無事でしたか!」


 復活しての第一声がこれである。

 半覚醒状態の意識下において、タカシが無事なのはうっすらと知覚していた。

 そして、ちゃんと解除された時点ですぐにタカシの安否を念押しで確認したのである。


「ピピッ。予測を上回る解除速度を確認。魔法抵抗力ではなく、腕力によるものと推測……。個体名:ミティの情報を更新します」


 ティーナがそう言う。

 マリアの回復力といい、タカシの魔法抵抗力といい、ミティの腕力といい。

 ミリオンズの面々は、特定分野において特出した能力を持つ。

 ティーナの情報は、今後もどんどん更新されていくことだろう。


「解除を続けます。解除率40パーセント……50パーセント……」


 ティーナによる氷牢獄の解除が続けられていく。

 ほどなくして、ミリオンズは全員が氷化状態から開放されることになる。

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