377話 蒼穹の水晶の使い道/サザリアナ王国国王ネルエラ

 シュタイン=ソーマ騎士爵領に滞在しているところだ。

 昨日は冒険者ギルドに顔を出し、ミリオンズの最新情報を受け取りつつ、リーゼロッテのミリオンズへの加入の処理もしてもらった。


 数日後には、ラスターレイン伯爵領に向けてみんなで旅立つ。

 それまでに、この街で済ませるべき用事を済ませておかなくてはならない。


「ミティ。リーゼロッテさんが加入したとなると、彼女用に武器を1つつくっておくべきだろうか?」


「うーん、どうでしょう……? リーゼロッテさんが持っている杖は、なかなか上質なものです。材料・鍛冶場環境・時間などにそれなりに配慮しないと、現状以上のものはつくれないかもしれません」


 ミティがそう言う。

 彼女が言うことにも一理ある。

 リーゼロッテは貴族だからな。

 なかなかいいものを使っている。


 ミティは鍛冶術レベル5だ。

 適当につくった武器でも、中等以上のものになる。

 駆け出し冒険者からするとそれでも十分に高性能な武器となるが、さすがに貴族が普段使っている武器には少し劣ってしまうといったところだ。


「そういえば、ブギー盗掘団捕縛の一件でもらった、蒼穹の水晶があっただろう? あれを使うのはどうだ?」


 ラーグの街の冒険者ギルドのマスターであるマリーによると、蒼穹の水晶には水魔法を増強する効力があるらしい。

 相当に貴重なものだそうだ。


「蒼穹の水晶ですか……。確かに、あれを使えば相当にいいものができそうですね。しかし、タカシ様はそれでよろしいのですか?」


 俺たちミリオンズに、水魔法を使える者は俺しかいない。

 俺は今回のスキル強化で水魔法をレベル5に強化した。

 俺の剣に蒼穹の水晶を組み込むのはありだ。


 とはいえ、俺は水魔法レベル5以外にも、火魔法レベル5、剣術レベル4、闘気術レベル4なども持っている。

 ムリに水魔法に特化した武器を使う必要性は低い。


 一方で、リーゼロッテの攻撃手段はほぼ水魔法のみだ。

 彼女が水魔法に特化した武器を使う必要性は高い。


「ああ。水魔法を得意とするリーゼロッテさんがよりよい武器を使うのは、ファイアードラゴン再封印の際に非常に大きいだろう。彼女は俺たちミリオンズに加入するという決断をしてくれたわけだし、俺たちからも誠意を見せたい」


 まあ、ファイアードラゴンの件が片付いたらあっさりとパーティを抜けられてしまう可能性はあるが。

 その時はその時だ。

 蒼穹の水晶を出し惜しみして、俺たちミリオンズに死者や重傷者が出るのは避けたい。

 やるからには、ベストを尽くそう。


「タカシ様がそうおっしゃるのでしたら、全力でつくらせてもらいます! それで、どこでつくりましょうか? ソーマ騎士爵に頼めば、この街の炉を借りることもできるでしょうが……」


「うーん。どうしようか……。慣れたガロル村の炉のほうが、慣れているしダディさんたちの助言も得られるだろうけど……」


 難しいところだ。

 よりよい武器をつくるには、間違いなくミティの故郷のガロル村に行くべきだ。

 鍛冶師として経験豊富なミティの父ダディもいるしな。

 この街に転移魔法陣を設置すれば、俺とミティの2人なら問題なく転移できるだろう。


 しかし、ファイアードラゴンの件が控えているこのタイミングでパーティを分割することにはリスクがある。

 俺とミティがガロル村を訪れているタイミングで、その転移魔法陣が大きく損傷したら、戻ってこれなくなる。

 馬車などを利用して最終的には合流できるだろうが、ファイアードラゴンの件には間に合わなくなるか、大きく出遅れることになる。


「ええっと……。リーゼロッテさんのあの杖はなかなか上質なものですし、あれに組み込むのもありかもしれません。一度、リーゼロッテさんに聞いてみましょう」


「ああ。それもそうだな。まずは、リーゼロッテさんの意見も聞いてみないとな」


 俺たちが先走って杖を新規でつくっても、リーゼロッテが要らないと突っぱねる可能性もなくはない。

 本人の意向を確認してみよう。



●●●



「え? 蒼穹の水晶を、ですか?」


 リーゼロッテが驚きの表情とともに、そう聞き返す。


「ええ。少し前に、偶然手に入れまして。リーゼロッテさんの武器に使うのはどうかと……」


「大歓迎ですわ! そもそも、わたくしがラーグの街近郊で活動していたのは、蒼穹の水晶を探すためでしたもの。お持ちなら、言ってくださればよかったのに……」


 リーゼロッテがそう言う。

 そうは言われても、彼女が蒼穹の水晶を探していることなんて知らないし、仕方ないだろう。


 ……いや?

 そういえば、蒼穹の水晶を探しているようなそぶりを少しだけ見せていた気がする。

 恐ろしくさり気ないほのめかし。

 俺だから見逃しちゃったね。


「まあ、今からでも遅くはないでしょう。それで、一からつくりましょうか? それとも、そちらの杖に合成を?」


 一からつくるなら、ガロル村に行くべきだろう。

 既存の杖に合成するぐらいなら、この街の炉を借りればできないことはない。


「そうですわね……。このアクアロッドは、使い慣れていますしそれなりに高性能です。できれば、この杖に合成してほしいですわ」


 リーゼロッテがそう答える。


「……ということだ。ミティ、いけるか?」


「お任せください。むんっ」


 ミティがそう意気込む。

 そんな感じで、リーゼロッテの武器を強化することになった。

 俺からシュタインに、炉を貸してもらえるように依頼しておこう。



●●●



 タカシたちが蒼穹の水晶についての打ち合わせをしている頃ーー。

サザリアナ王国、サザリアナ宮殿。

玉座の間にて。


「はっはっは! また先を越されただと?」


 男がそう問う。

 彼は、サザリアナ王国国王、ネルエラ=サザリアナ=ルムガンドだ。


「はい。ソーマ騎士爵領の南端付近にて、ゴブリンキングの目撃情報がありましたが……。我らが情報収集をしている間に、偶然居合わせたハイブリッジ騎士爵一行によって討伐されました。間違いありません」


 側近の1人が、そう報告する。


「ふむ……。どうあれ、国民が無事ならばいいか!」


 ネルエラが豪快にそう言う。

 彼は国王として、民のことを考えている。

 それと同時に、あまり細かいことは気にせずに楽しく生きていこうという気概も持っている。


 ゾルフ砦近郊で起きたハガ王国との武力衝突の回避。

 ラーグの街で起きた魔物の大量発生による被害への補填。

 ガロル村に紛れ込んでいた霧蛇竜ヘルザムの討伐。

 北方の国境付近にあるウォルフ村をめぐる紛争の解決。

 ラーグの街の西にある森の奥地に居座っていたブギー盗掘団の捕縛。

 そして、今回のゴブリンキングの討伐。


 サザリアナ王国王家としてもこれらの問題は把握していたが、手を打つ前にタカシによって解決されてきたのだ。

 王家としては面目を潰された形になるが、それ以上に被害を最小限に抑えられた利点のほうが大きい。


「ハイブリッジのやつには、世話になっているな! 叙爵式で会うのが楽しみだ!」


 ネルエラがそう言う。

 タカシは、はるか目上のネルエラとうまくやっていけるのだろうか。


 叙爵式の時期は、年度によって多少のずれがある。

 彼らが相まみえるのは、まだ先のことになる。


「……ところで、やつはなぜソーマのところにいたのだ?」


「はっ! 例の、ラスターレイン伯爵領のファイアードラゴンの件で助力をするようです。何でも、彼は中級以上の水魔法を使えるそうで」


 ネルエラの問いに、側近がそう答える。


「はっはっは! 火魔法に加えて、まさか水魔法の才まであるとはな。ラスターレインのところへは、余の娘ベアトリクスを向かわせているのだったな? 仲良くなるといいな!」


「はっ! そうなればよろしいですな。”剣姫”の二つ名を持つベアトリクス第三王女殿下であれば、”紅剣”のハイブリッジ騎士爵殿と意気投合される可能性も高そうです」


 ネルエラと側近がニンマリと笑う。

 有能な人材は、なんとしてもサザリアナ王国に引き止めなくてはならない。

 ネルエラとタカシが公式の場で会うのは叙爵式のときになるが、それよりも前に交流を持っておいて損はない。


 彼らが力を合わせてうまくやっていけば、サザリアナ王国の平和と繁栄は約束されたようなものだ。

 空には、おだやかな雲が流れていた。

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