354話 ソーマ騎士爵領への道中 水魔法の講義

 ラーグの街からソーマ騎士爵領へ向けて出発してから、数日が経過した。

俺たちミリオンズと、リーゼロッテやコーバッツたちラスターレイン伯爵家一行は、それぞれ自前の馬車で移動中である。

リーゼロッテは、俺たちと親睦を深めるためにこちらの馬車に乗っている。


「ふう。それにいても、移動中はヒマだなあ。特にすることがない」

「ふふん。御者は私たちに任せて、ゆっくり休んでなさいな」


 俺のつぶやきを受けて、ユナがそう言う。

今は彼女が御者を務めてくれている。


 ミリオンズで御者の心得を持つのは、ユナ、アイリス、モニカ、ニムの4人だ。

それぞれ操馬術レベル1のスキルを持つ。

自由自在に馬を操れるわけではないが、比較的気性の落ち着いた馬で平坦な道を進むぐらいであれば問題なくできる。


 御者兼ボディガードとして警備兵組を何人か連れてくるか迷ったが、今回はやめておいた。

彼女たちには屋敷の警備に集中してもらおう。


 もし連れてくるとすれば、索敵能力に優れるヴィルナやヒナ、戦闘能力に優れるキリヤやクリスティあたりが候補だった。

彼女たちは有望な配下だ。

しかし、ステータス操作の恩恵を受けている俺たちの能力に比べると当然見劣りする面は多い。


 彼女たちを連れてくるメリットがあるとすれば、御者や日々の雑用をこなしてもらうことや、俺たちの活躍を間近で見てもらって忠義度を稼ぐことぐらいだろう。

前者については、もちろん俺たちミリオンズでもできることである。


 後者については、それなりに重要性が高い。

とはいえ、マリアとサリエという新人が加入したばかりだし、あまり無闇に同行者を増やすのもな。

マリアとサリエがCランクか、せめてDランクになるまでは、今のパーティ体制で旅をするのがいいだろう。


 俺はそんなことを考えつつ、馬車に揺られる。


「タカシもボクといっしょに走る?」

「私といっしょに筋トレはいかがでしょうか?」


 アイリスとミティがそう提案してくる。

アイリスは、馬車に並走して体力を鍛えている。

ミティは、腕立て伏せなど馬車上でできる筋トレを行っている。

2人とも向上心の塊だ。


「ううむ。それも悪くはないが……」


 魔物狩りや武闘の鍛錬はともかく、ただの走り込みや筋トレはあまり好きじゃない。

29年後の世界滅亡の危機に立ち向かうためにも、できる努力はしておいたほうがいいのだろうが。

何か別の方法はないだろうか。


「走り込みもいいけど、私は雷魔法の制御を練習しているよ」

「わ、わたしは土魔法です。固い土の球をつくる研究をしています」


 モニカとニムがそう言う。

モニカは雷魔法レベル5、ニムは土魔法レベル5にまで伸ばしている。

レベル5は最上級である。


 しかし、スキルレベルとして最上級に達したらそれで終わりというほど魔法は浅くない。

実際に使用して慣れることで、同じ魔法でも威力や範囲を微調整できるようになる。


 スキルレベルや基礎ステータスは、格闘ゲームで例えればキャラ自体の性能のようなものだ。

操作する人の技術や判断力は、また別の問題なのである。


「マリアも、火魔法の練習をしてるよ!」

「私は治療魔法の練習をしています。まだ初級ですが、ずいぶんと安定して発動できるようになってきました」


 マリアとサリエがそう言う。

マリアの火魔法はレベル3。

サリエの治療魔法のステータス上におけるレベルは不明だが、ヒールをまだ使えないのでおそらくレベル1だろう。


「あら、それもいいわね。私も、次の交代の後には火魔法の練習をしようかしら。魔弓ミカエルのおかげか、火魔法でできることがずいぶんと増えたのよ」


 ユナがそう言う。

彼女の火魔法のスキルレベルは4。

上級だ。


 さらに、ミティがつくった超性能の魔弓ミカエルの補正により、実質的にはスキルレベル5に達していると過言ではない。

何やら、オリジナルの火魔法も開発中であるそうだ。


「魔法の制御か。それがよさそうだな。最近習得した土魔法と風魔法の練習をしないと……。それに、水魔法もか」

「あら。そういえば、タカシさんは水魔法も使えるのでしたね。火魔法の印象が強くて忘れていました。今の水魔法の習得具合は、いかほどでしょうか?」


 リーゼロッテがそう問う。


「そうですね。先日、中級のアイスレインを使えるようになりました」


 水魔法をレベル3に伸ばしたのは、1か月以上前の話だ。

実戦では、ハガ王国でのバルザック戦で使用した。

また、日々の魔物狩りでも時おり使用するようにしている。


「まあ! タカシさんも中級ですか。少し前のわたくしといっしょですわね……。あっという間に追いつかれてしまいそうです」


 リーゼロッテが驚いた表情でそう言う。


「いえ。まだまだ付け焼き刃ですので、練度を高めていきたいと思っているところです」

「そうですか。では僭越ながら、水魔法の制御のコツをお教え致しますわ」

「ぜひお願いします」


 ラスターレイン伯爵家は、水魔法の本家本元だ。

そんな彼女から水魔法の指導を受けられるわけか。

またとないチャンスだ。


「一口に水魔法と言われますが、実際のところ水を生成するのは最初級のウォーターボールのみと言っても過言ではありません。その次に習得することになるアイスボール、アイスレイン、そしてブリザードは、それぞれ氷を生成する魔法ですので」

「ふむふむ」


 確かに、俺も若干の違和感を覚えていたところだ。

水魔法じゃなくて、どちらかと言えば氷魔法と言ったほうが適切なんじゃないかと。

まあ、化学式としては水も氷もいっしょだから、同じ系統に分類されていてもおかしいとまでは言えないのだろうが。


「みなさん、水が冷えて氷になるイメージを掴むことに苦労されます。先輩の水魔法使いが知り合いにいれば、手本を見せてもらってイメージを掴むことも可能ですが……。ちなみにタカシさんはどのようにされたのですか?」


 俺は、現代日本の冷凍庫や、真冬に凍ることがある水たまりなどからイメージを得ている。

この国には、冷凍庫のような文明の利器が存在していない様子だ。

そして、この国は年間を通して比較的温暖な気候なので、気温の変化により水たまりなどが凍ることもない。

そのような環境下では、確かに水が冷えて氷になるイメージは湧きにくいだろう。


「ええっと。たまたま、通りすがりの水魔法使いの人に教えてもらう機会があったのです。それに、以前のホワイトタイガー戦でリーゼロッテさんがアイスレインを使われているのを見せていただきましたし」


 俺はそう言う。

前者は完全な嘘。

後者は嘘というほどでもないが、一度見せてもらったぐらいでは普通はイメージが掴めないだろう。


「たったそれだけで、中級まで習得されたのですか。さすがですわね。しかし、改善点などはあるかもしれません。初級から順番に見せていただけますか? 念のため、まずは最初級のウォーターボールから」

「わかりました」


 俺は水魔法の詠唱を開始する。


「水球よ。我が求めに応じ現われよ。ウォーターボール」


 俺の目の前に、直径30センチぐらいの水の球が生成される。

思えば、ウォーターボールの制御も当初よりずいぶんと上達したものだ。


 この世界にきて2週間ほどの時点では、野球ボールぐらいの大きさしか生成できなかった。

その5か月ほど後の時点では、ドッジボールぐらいの大きさを生成できるようになった。

そして、今はドッジボールより一回り大きな直径30センチぐらいの水球を生成できるようになったというわけだ。

直径30センチといえば、ボウリングのボールぐらいの大きさである。


 ウォーターボール自体は初級の魔法であり、それは変わらない。

にもかかわらず、水球が大きくなってきているのは理由がある。

魔力やMPの基礎ステータスの向上、水魔法のスキルレベルの向上、そして俺自身の魔法操作技術の向上だ。


「まあ。ずいぶんと大きなウォーターボールですわね。これは問題なさそうです。次にアイスボールをお願いします」


 俺はウォーターボールを馬車の外に誘導し、魔法を解除する。

水はその場に落ちた。

地面に水たまりができる。


 何気なく使っている水魔法であるが、なかなかの水量だよな。

直径30センチなら、体積としては……。

ええと。

球の体積は、「4×パイ×半径×半径×半径÷3」だ。


 つまり……。

1万4000立法センチメートルぐらいか。

14リットル程度だ。

2リットルのペットボトル7個分の容量である。


 重量としては14キログラムほどになる。

これを勢いよくぶつければ大ダメージを与えられるだろうが、そうそううまくはいかない。


 ウォーターボールは、その他の魔法と比べて速度が出しにくい。

今の俺では、せいぜい人が軽く走るぐらいのスピードしか出せない。


 そのスピードでも14キログラムの質量が当たれば大ダメージを期待したいところだが、水魔法は物体に触れた途端に水球の維持の制御が難しくなる。

ある程度の勢いを持って魔物などにぶつけた場合は、その場で水球が割れてしまうようなイメージとなる。


 これでは、物理的なダメージは期待できない。

物理的なダメージに期待する場合には、水魔法レベル2の”アイスボール”やレベル3の”アイスレイン”を発動することになる。


 俺はリーゼロッテに魔法を見てもらうために、水魔法の詠唱を開始する。


「……凍てつけ! アイスボール!」


 俺は馬車上から氷の弾を発射する。

氷の弾は、木にヒットしてその場に落下した。


 続けて、さらに詠唱を開始する。


「……氷の精霊よ。我が求めに応じ、氷の雨を降らせよ。アイスレイン!」


 今度は氷の弾の連射だ。

斜め上方向から対象へ氷の雨が降り注ぐようなイメージの魔法となる。


 ガッ。

ガガガガッ!


 木に氷の弾がたくさんヒットする。

木の幹が折れることはないが、それなりのキズは付いている。

そこそこの物理的なダメージに期待できる魔法だ。


「これは……。すばらしいですわね。出力だけで言えば、わたくしを超えているかもしれません」


 リーゼロッテがそう言う。

彼女の水魔法は中級までのはず。

俺と同じだ。


 俺はステータス操作により、魔力強化やMP強化のスキルを伸ばしている。

水魔法自体は同じ中級でも、ステータスの分で差がついている可能性がある。


「いえいえ、そんな。リーゼロッテさんの水魔法にはまだまだ敵わないと思います。一度見せていただいてもよろしいでしょうか?」

「もちろんそのつもりですわ。では、僭越ながら……」


 リーゼロッテが表情を引き締め、水魔法の詠唱を開始する。

彼女の水魔法を、じっくりと見せてもらうことにしよう。

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