353話 リーゼロッテからの同行依頼

 リーゼロッテがラーグの街にやってきて1週間ほどが経過した。

その間、彼女はハイブリッジ邸に滞在している。


 リーゼロッテの主目的は、騎士爵を授かった俺との交友だ。

しかし、それは建前だったようである。


 彼女の本当の目的は、ずばりおいしい料理だ。

彼女はめずらしい食材をたくさん持ってきており、それがモニカの手によって料理されている。


 今日も、ゴージャスなディナーが振る舞われている。

俺たちミリオンズ、そしてリーゼロッテが食卓を共にしているところだ。


「おいしいですわ~。スマイリーソルトとファルコンバードのハーモニーが絶品。こちらのスメリーモンキーもすばらしい味付けです。もぐもぐ」


 モニカの卓越した料理を受けて、リーゼロッテは大満足である。


「喜んでもらえてよかったよ。リーゼロッテさんは、おいしそうに食べてくれるからつくりがいがある」


 モニカがそう言う。

俺やミティも、普段からモニカの料理に対しておいしいという旨は伝えている。

しかし、さすがにリーゼロッテほどのリアクションはとれていない。

彼女は本当においしそうに食べる。


「俺も高級食材の分け前に預かれて、ラッキーだ。……しかしそろそろ、持ってきてもらった食材が尽きそうですね」


 俺はそう言う。

リーゼロッテは、良い食材をアイテムバッグにたくさん入れてくれていた。

しかし、俺たちミリオンズとリーゼロッテによって、毎日たくさん食べられてどんどん減っていっている。

リーゼロッテのお付きのコーバッツたちや、俺の配下のクリスティやキリヤたちにも少しおすそ分けをしているしな。

大人数なので、減るのも早い。


「そ、そんな……。このおいしい料理が食べられなくなりますの……? がくっ」


 リーゼロッテがこの世の終わりのような表情で、そう言う。

大げさじゃね?


「まためずらしい食材が手に入れば、いつでも来てください。こちらでもいろいろと探しておきます。リーゼロッテさんも、いつまでもこの街にいるわけにはいかないのではありませんか?」


 リーゼロッテは伯爵家の長女。

貴族として、それなりにやることがあったりするのではなかろうか。

そう言えば、1年ほど前の時点で何やら込み入った事情がありそうな雰囲気があった。

あの件は解決したのだろうか。


「……はっ! そ、そうでしたわ。数か月後に、”あれ”が目覚める可能性があるのでした。タカシさんには、ぜひともご助力いただきたいのです。それに、ソーマ騎士爵にも助力を頼みに行きませんと……」


 リーゼロッテがそう言う。


「”あれ”とは? 俺に手伝えることであれば、もちろん手伝いますが」


 伯爵家長女のリーゼロッテがわざわざ助力を請うぐらいだ。

なかなか厄介そうな気配を感じる。


 しかし、ここはぜひとも手伝いたい。

リーゼロッテの忠義度は30代。

うまく手伝えれば忠義度40以上も可能だろう。

それに、彼女には俺が死にかけていたときにポーションを使ってもらった恩があるしな。


「ええと。何から説明致しましょうか……。わたくしたちラスターレイン伯爵領の領海にある孤島に、とある生物が眠っているという伝承を聞いたことはありませんか?」

「とある生物?」


 うーん。

聞いたことがあるようなないような。


「ボクは知っているよ。……というか、タカシも知っているでしょ。少し前の登用試験の問題にあったよ」


 アイリスがそう言う。

そういえば、そんな問題もあった気がするな。

しかし、答えが何なのかは忘れた。

俺の記憶力をなめるな。


「うーん……。ミティ、覚えているか?」

「えっと。確か、ドラゴンが眠っているのでしたか?」


 俺の問いを受けて、ミティがおぼろげながらにそう言う。


「はい。ファイアードラゴンが封印され、眠っています。わたくしたちラスターレイン伯爵家は、水魔法の名門。代々その封印を維持してきました。しかし、ここ数年で急速に封印が緩んでいるのです」


 ファイアードラゴン?

なかなか強そうな感じだな。


 俺たちミリオンズが倒した竜種は、まだ1体。

ガロル村で戦った霧蛇竜ヘルザムだ。

竜種とはいえ、やつは闇の瘴気により精神を汚染する点が厄介なだけだ。

直接的な戦闘能力はほとんどなかった。


「なるほど……。危険そうな相手ですね。俺たちミリオンズでも、何かの役に立てるのでしょうか?」


 俺はそう問う。

竜種とは、実際のところどの程度の戦闘能力を持つのだろう。

ミドルベアやキメラの延長線上にある程度のレベルなのか。

それとも、人では決して及ばないようなレベルなのか。


「ええ。ファイアードラゴンは、孤島のダンジョンの最深部に眠っています。封印が緩みつつ今は、まどろみ状態といったところでしょう。その最深部に赴き、ファイアードラゴンを弱らせて再封印することになります。しかしそのためには、強力な魔物が跋扈するダンジョンを進んでいく必要があるのです」


 リーゼロッテがそう説明する。


「なるほど。つまり、最深部までリーゼロッテさんを護衛して連れていくわけですね」

「はい。実際には、わたくしの他、両親や妹、それに2人の兄も連れていってもらうことになるかと思いますが」


 ラスターレイン伯爵家は、6人家族のようだ。

父、母、長男、次男、長女、次女。

長女は、リーゼロッテ。

次男は、ガルハードに出場していたリルクヴィストだ。


「わかりました。ぜひ前向きに検討しましょう。……みんなはどう思う?」


 俺としては前向きに考えたい。

しかし、ミリオンズのパーティリーダーである。

きちんとみんなの意見を吸い上げておかないといけない。


「私は問題ありません。タカシ様の名声をさらに高めるいい機会となるでしょう!」

「ボクもいいよ。ダンジョンに潜るのは久しぶりだ」


 ミティとアイリスがそう言う。

ミティはイケイケドンドンな性格だし、アイリスは人助けに熱心だ。

こういうことにまず反対しない。


「わ、わたしも構いません。そろそろ刺激がほしいと思っていました」

「ふふん。私も同じく」

「私は……ラスターレイン伯爵領の料理に興味があるかな。時間があれば、ぜひ学んでみたい」


 ニム、ユナ、モニカがそう言う。

ラスターレイン伯爵領は、海に面している。

領都は、海洋都市ルクアージュだ。

海の幸を使った名物料理があるかもしれない。


「マリアもいろんな街を旅してみたい!」

「私も……せっかくですのでお供致します。ダンジョンで戦力にはなれそうにありませんが……」


 マリアとサリエがそう言う。

マリアは、ゾルフ砦とラーグの街以外の初めての街だもんな。

楽しみなところだろう。


 ただし、彼女たち2人はまだまだ戦力としては頼りない。

ダンジョンとやらが危険そうであれば、待機してもらうことも考えておかなければならないだろう。

実際にダンジョンに潜るまでに、彼女たちの強化が間に合えば理想的だが。


「よし。反対意見もありませんし、リーゼロッテさんの依頼を受けましょう。具体的には、いつから何をすればいいでしょうか?」


 俺はそう問う。

先ほどの話では、タイムリミットは数か月後とのことだった。


「そうですわね……。ここからラスターレイン伯爵領に帰る途中で、ソーマ騎士爵にも助力の依頼をしに行く予定だったのです。できれば、タカシさんにも同行していただきたいのですが……」

「ソーマ騎士爵のところに、俺が同行ですか? なんでまた?」


 ダンジョンなどとは違い、特に危険もないはずだが。

俺の問いを受けて、リーゼロッテは少し困ったような顔をしている。

それを見たコーバッツが、助け船を出す。


「横から失礼。ソーマ騎士爵は、女好きで有名でね。彼の本来の二つ名は、聖なる騎士と書いて聖騎士ソーマだが……。一部では侮蔑の声とともに、性欲に忠実な騎士と書いて性騎士ソーマとも呼ばれているのだ」


 なるほど。

女好きで有名なやつのところを訪れるのは、あまり気が進まないのだろう。


「女にだらしないわけか。騎士の風上にも置けんやつだな。騎士爵として、良識のある立ちふるまいをしてもらいたいところだ」


 俺はビシッとそう言う。


「「「「「……………………」」」」」


 あれ?

みんなからの視線が冷たい気がする。

ええい。

空気を切り替えるぞ。


「な、なにはともあれ。ソーマ騎士爵のところまで同行して、そのままラスターレイン伯爵領まで同行しましょう。その予定でいいですね? いつ頃出発しますか?」

「そうですわね……。うっかり長居してしまいましたが、本来は急ぎの用事だったのです。できれば、明後日には出発したいところです。タカシさんの都合はだいじょうぶでしょうか?」

「明後日ですか。わかりました。何とか都合をつけるようにします」


 そんな感じで、ミリオンズの次の目的地が決まった。

ラスターレイン伯爵領の隣にある、ソーマ騎士爵領だ。

彼が女好きという噂は気になるが、それよりも新たな土地を訪れる期待感のほうが大きい。

明後日からの遠征に向けて、万全の準備を整えていくことにしよう。

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