346話 目の病の治療

 シェリーとネスターの肺の病は無事に改善した。

今後も定期的に治療魔法をかけていけば、近いうちに完治できるだろう。


 彼女たちはお礼を言いつつ、去って行った。

彼女たちにとって、今日はせっかくの半休日だ。

2人で何かするのだろう。


「さあて。俺たちは何をしようか。アイリス」


 俺はそう問う。

できれば、リンの目の治療にも続けて挑戦したいところだが。


「そうだねー。ボクは、クリスティちゃんの指導の続きをしようかな。……いや、その前に……」


 アイリスが俺の背後をチラリと見て、そう言う。

だれか来たのか?

俺は振り向く。


「お、おはようございますぅ。ご主人様、アイリス様、サリエ様」


 隷属契約の奴隷のリンだ。

年齢は7歳である。

ちょうどいいところに来た。


「ああ、おはよう。リン」


 俺はそうあいさつを返す。

アイリスとサリエも合わせてあいさつを返している。


 リンは隷属契約の奴隷ではあるが、極端に身分差を意識させるような接し方はしないようにしている。

ただの雇用主と非雇用主ぐらいの関係だ。


「せっかくボクとタカシが揃っているんだし、リンちゃんの目の治療にも挑戦してみようよ」

「そうだな。さすがに失明レベルだと、うまくいかないかもしれないが……」


 俺はそう言う。

治療魔法とはいえ、万能というわけではない。

俺単独の上級治療魔法リカバリーでは、バルダインの足の治療はうまくいかなかった経験がある。


「こっちの件も、ナックさんに相談しておいたじゃない。症状の進行を食い止めたり、今の症状を軽減させたりできる可能性は十分あるって」


 アイリスがそう言う。

シェリーやネスターの件だけではなく、こちらの件も医者であるナックに事前相談済みなのである。

完治には至らなかったとしても、少しでも改善できるのであればやる価値はあるだろう。


「リン。君の目の治療を試みようと思う。レインやクルミナから、何か急ぎの用事を頼まれていないか?」


 リンには、普段からメイド見習いとして働いてもらっている。


 今のメイドは5人。

レイン、クルミナ、ハンナ、ロロ、リンだ。


 このうち、レインとクルミナはメイドとしてそれなりに経験豊富だ。

うちの筆頭メイドコンビと言っていい。


 ハンナは、これまでメイドとしての経験はなかった。

とはいえ、年齢としては10代後半。

村でも、簡単な家事などは行ってきた経験がある。

レインやクルミナの指導のもと、即戦力として仕事をこなしてくれている。


 ロロは6歳、リンは7歳の幼い少女だ。

彼女たちには、メイドの見習いとして働いてもらっている。

年齢のことを考慮し、仕事の負担は軽くするようにレインやクルミナには依頼している。

空いた時間は、遊びや勉強に充ててもらっている。


「い、今はないですぅ。さっきまでは、朝食のお片付けの手伝いをしていました」

「そうか。では、こちらに来て座ってくれ。なに、悪いようにはしないさ」

「は、はいぃ。わかりました」


 リンがビクビクしながら俺とアイリスの近くに座る。

まだまだ俺に慣れてくれていないようだ。

クルミナやロロたちメイド組とはうまくやっているようだし、まあ大きな問題はないか。


「いくぞ。アイリス」

「うん。さっきと同じように息を合わせよう」


 アイリスとともに、治療魔法の詠唱を開始する。

集中して、詠唱を続ける。


「「……彼の者に安らかなる癒やしを。リカバリー」」


 大きな癒やしの光がリンの目あたりを覆う。


「……う、うああ。ひいぃ……」


 リンがそううめき声をあげる。


 なんだ?

苦しんでいるのか?


 治療をやめるべきか悩む。

しかし、アイリスを見ると動じていない。


 まあ、目というデリケートなところへの治療だしな。

それに、リンはまだ幼い。

違和感から、思わずうめき声をあげてしまっただけなのだろう。

リンは特に暴れたりもしていない。


 そのまま治療魔法を継続する。

しばらくして、治療魔法の発動を終える。

治療の光が収まった。


「どうだ?」


 俺はそう問う。

リンは目をパチパチさせている。


「こ、これは……。すごいです。なんだか、見えなかったほうの目でもボンヤリと光が見えるようになりました」


 リンがそう言う。

何も見えなかった目が、ボンヤリとした光ぐらいは見えるようになったといったところか。

完治できなかったのは残念だが、これでも大きな進歩と言っていいだろう。

0と1は大きく違う。


「それはよかった。おそらくだが、見えるほうの目の病状の進行も抑えることができているだろう。念のため、今後もナックさんに診てもらうことはあるだろうが」


 俺はそう言う。

俺とアイリスは治療魔法の使い手ではあるが、病気の知識に関してはほぼ素人だ。

病状の進行具合や治療の方向性を確認するにあたっては、やはりプロの意見も聞いておきたい。


「そうだねー。それに、ボクもタカシも、まだまだ治療魔法は修行中の身だからね。もっと上達して、リンちゃんの目をちゃんと治療できるようにがんばるよ」


 アイリスがそう言う。

俺とアイリスの治療魔法のレベルは4だ。

今回リンに施したのは、治療魔法レベル4同士の合同魔法である。


 それ以上に効力のある治療魔法となると、単純に考えて治療魔法レベル5同士の合同魔法だろう。

もしくは、治療魔法レベル4の使い手が3人以上集まっての合同魔法だ。


 合同魔法の効果的な発動にあたっては、術者同士の信頼関係や、魔法に対するイメージの共有が大切になってくる。

これを容易に満たせるのが、俺のステータス操作による魔法の取得だ。


 ステータス操作の条件を満たすほどに忠義度が高い時点で、信頼関係は構築できていると言っていい。

そして、魔法に対するイメージの共有もステータス操作を用いれば簡単だ。

ステータス操作により魔法を習得する場合は、魔法に対するイメージが直接頭の中に流れ込んでくるような形となるからな。


 そう考えると、もし3人目の治療魔法士を探す場合は、加護付与の対象者から探すことになる。

単純に言えば、既に加護を付与済みのミティ、モニカ、ニム、ユナあたりだ。


 しかし、彼女たちは強化の方向性を決めてスキルをがんがん伸ばしてきている。

今さら治療魔法を新たに習得するのは少し微妙だ。

治療魔法自体は有用な魔法ではあるが、器用貧乏になる恐れがある。


 うーん。

そういえば、加護を付与済みの中でまだ方向性を明確にしていない者が1人いたな。

マリアだ。


 彼女は、HP強化レベル1、痛覚軽減レベル2、HP回復速度強化レベル5、自己治癒力強化レベル3などのスキルを持っている。

現在のミリオンズでもっとも耐久力に秀でているのはロックアーマーを使えるニムだが、マリアはまた違った意味で耐久力に秀でていると言っていいだろう。


 マリアが治療魔法を強化していくのはありのように思える。

自身に治療魔法をかけることにより、さらなる回復力の強化が見込める。

もともとHP回復速度強化レベル5と自己治癒力強化レベル3のスキルにより高い回復力があるわけだが、それを魔法によって増強するようなイメージだ。


 マリアが治療魔法を取得することは、ミリオンズ全体としても有益だ。

ミリオンズで中級以上の治療魔法を使えるのは、今は俺とアイリスだけである。


 俺は剣と魔法を使える中衛。

アイリスは武闘で戦う前衛。

相手の魔物や賊の戦闘スタイル次第では、両者が同時に戦闘不能になるリスクもある。


 実際、少し前のブギー盗掘団の捕縛作戦ではそのようなことがあった。

ソフィアたち”光の乙女騎士団”の睡眠魔法の合同魔法により、俺とアイリスが同時に眠らされてしまったのだ。


 より安定したパーティを構成する上で、後衛のメンバーに治療魔法を取得してもらうことは有効だ。

ソフィア戦でもし治療魔法を使える者が後方で待機していたら、眠ってしまった俺やアイリスを”ヒール”や”エリアヒール”によって目覚めさせることもできただろう。


 マリアは、抜群の生命力と自己回復力を誇る。

ミリオンズが強敵と戦うことになったとき、最後まで立っているのが彼女になる可能性は十分にある。

治療魔法士が最後まで立っていることは、パーティとして重要だと言えるだろう。


 また、マリアはハーピィとして機動力にも優れている。

傷ついた者のところに素早く柔軟に移動し、治療魔法をかけることができるだろう。

そう考えると、彼女に治療魔法を取得してもらって伸ばしていくことは、非常に有力な選択肢の1つのように思える。


「タカシさんもアイリスさんも、本当にすごい腕前ですね。私も、お二方のような立派な治療魔法士になれるよう、がんばりますね」


 サリエがそう言う。

そうだ、彼女がいたな。


 サリエが加護付与の条件を満たせば、治療魔法をどんどん強化していくことができる。

彼女はもともと治療魔法士志望だしな。


 サリエの忠義度は38。

彼女がこの街に来てから10日ほどが経過している。

その間に、日々の冒険者活動、クリスティとの模擬試合、そして今回の治療魔法の実演などでいいところを見せてきた。

そのかいあって、少しずつではあるが忠義度が上がってきているのである。

あと1歩で、まずはミッション条件の忠義度40を達成できる。


「ああ、みんなでがんばっていこう。当面はそれで我慢してくれ。リン」

「じゅ、十分ですぅ。ありがとうございます」


 リンはペコペコと礼をして、去って行った。

自由時間を満喫するのだろう。

同年代のロロ、そして少し上のマリアやニムと遊んでいるのをたまに見かける。


 リンの目の件は、今はこれでよしとしておこう。

いずれは完治させてあげたいところだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る