345話 肺の病の治療

 今日は休日だ。

ミリオンズのみんなは思い思いに過ごしている。

警備兵組も、シフトの負担を減らしているためそれなりに自由時間がある。


 今は、屋敷の庭でシェリーとネスターの治療に挑戦しようとしているところだ。

アイリスとサリエもいる。

クリスティは、アイリスの指示で1人でできる鍛錬を続けている。


「さあ。さっそく治療魔法に挑戦するか。無事に治療できるといいんだが」

「そうだねー。以前ナックさんに相談したときに、タカシとボクの治療魔法なら改善する可能性は高いって言ってたしね。少なくとも効果はあると思う」


 アイリスがそう言う。

治療魔法とはいえ、万能ではない。

ちゃんと、医者であるナックにも事前相談済みなのである。


「私は、見て勉強させていただきますね」


 サリエがそう言う。

彼女の治療魔法は、まだ初級。

俺たちの上級治療魔法を見ることは、1つの勉強になるだろう。


「ぜひお願いする。ゲホッ」

「よろしく頼むよ。ゴホッ」


 ネスターとシェリーがそう言う。

彼らは、普段から咳き込むことが多い。

ただちに死に至る病ではないが、精神的にはつらいだろう。

運動機能も落ちてしまっている。


「じゃあ、いくぞ。アイリス。まずはネスターから治療するぞ」

「わかった。いつも通りに息を合わせようね」


 アイリスとともに、治療魔法の詠唱を開始する。

合同魔法は、発動者同士の波長を合わせる必要がある。

集中して、詠唱を続ける。


「「……彼の者に安らかなる癒やしを。リカバリー」」


 大きな癒やしの光がネスターの肺あたりを覆う。


「……む。こ、これは……!」


 ネスターがそうつぶやく。

心なしか、表情から調子の悪さが取れているように見える。

リカバリーの発動を終え、彼の様子をうかがう。


「どうだ?」

「すー、はー。……ああ、とても清々しい気分だ。これほど呼吸の調子がいいのは久しぶりだよ」


 ネスターが深呼吸して感覚を確かめ、そう言う。


 彼の肺の病は、無事に改善したようだ。

今後も定期的に治療魔法をかければ、近いうちに完治できるだろう。

やはり、俺とアイリスの治療魔法の合同魔法の前では、治療できない病はそうそうない。


「うまくいってよかった。次に、シェリーさんにもかけるよ」

「よ、よろしく頼む。アイリスさん、タカシさん」


 アイリスの言葉を受けて、シェリーがそう言う。


 話は逸れるが、このあたりの言葉遣いは少し微妙なところだ。

アイリスの口調は丁寧語ではないが、シェリーのことは呼び捨てではなく”さん”を付けて呼んでいる。

一方のシェリーも、同じく口調は丁寧語ではなく、俺やアイリスのことは”さん”を付けて呼んでいる。


 ネスターとシェリーは、俺の奴隷だ。

条件付き主従契約の奴隷なので、奴隷の中では比較的立場が上である。

とはいえ、奴隷は奴隷だ。


 そして、アイリスは俺の第二夫人。

その関係性を考慮すると、彼らからアイリスへの口調はもっと丁寧であるべきとも考えられる。


 しかし、年齢としては彼らのほうが年上だ。

アイリスは10代後半、俺は20代であることに対して、ネスターとシェリーは2人とも30代である。


 加えて、アイリスの信仰する聖ミリアリア統一教は、奴隷制度に否定的だ。

さらに、アイリス自身の性格として、あまり堅苦しいのは好きではないという事情もある。

そのあたりを考慮すると、今ぐらいのやや緩い関係もそう悪くはないだろう。


 話をもとに戻そう。

治療魔法の続きだ。

次はシェリーの治療に挑戦する。


「よし。いくぞ。アイリス」

「うん。油断せずに行くよ」


 アイリスとともに、治療魔法の詠唱を開始する。

集中して、詠唱を続ける。


「「……彼の者に安らかなる癒やしを。リカバリー」」


 大きな癒やしの光がシェリーの肺あたりを覆う。


「……ああ……。これは……」


 シェリーがそうつぶやく。

表情から安らぎの様子がうかがえる。


「どう?」

「すー、はー。……うん。とてもいい気分だよ。まるで生まれ変わったみたいだ」


 シェリーが深呼吸して感覚を確かめ、そう言う。

ネスターに続き、彼女の肺の病も無事に改善したようだな。


「す、すごい治療魔法ですね。自分が初級を使えるようになった今、改めてすごさがわかります……」


 サリエが感動した目でそう言う。


 自分が素人同然のレベルである場合、その筋の上級者を見てもすごさがわからないものだ。

最低でも初級ぐらいのレベルに達しないと、上級者のすごさを感じることはできない。


「タカシ殿、アイリス殿。改めて礼を言わせてもらう。俺とシェリーを拾ってくれて、奴隷とは思えないほどの好待遇で迎えてくれた上に、治療まで……! 本当にありがとう」

「感謝してもしたりない。この恩に報えるよう、警備兵としての役割により一層励むことにするよ。他にも何かあれば、何でも言ってほしい」


 ネスターとシェリーがそう言う。

ん?

今何でもするって言ったよね?


 ……いやいや。

言葉尻を捉えて、好き勝手命令するのはよくないだろう。

せっかくの忠義度が台無しになるかもしれない。


 そうだ。

忠義度だ。


 ネスターとシェリーの忠義度を確認してみる。

…………!

35を超えている。

予想以上に稼げているな。


 ハルク男爵の娘であるサリエを治療した際には、彼女の忠義度は35を超えなかった。

放置すれば命の危機すらあった彼女の病を治療して35を超えなかったのに、今回は直ちに命に危険はないネスターとシェリーの病を治療して忠義度が35を超えた。

この差はなんだろうか。


 もしかすると、ネスターとシェリーが奴隷であることが一因かもしれない。

奴隷という立場は、社会的にもう後がない。

もう後がない状態での肺の病は、ただちに命の危険がなくとも、今後の食い扶持稼ぎなどを考えるとやはり命の危機であると言っても過言ではないだろう。

そんな中で受けた恩は、通常以上に感謝の対象になっている可能性がある。


 まあ、事例が少なすぎるのでゴチャゴチャと理屈を考えても仕方ないか。

いずれにせよ、忠義度が40を超えるかどうかが重要だ。

そうなればミッションの条件を達成できるからな。


 肺の病を治療した以上は、もう忠義度を稼げそうな問題も残っていないだろう。

まあ問題がないのはいいことなんだが。

今後の警備兵としての働きの中で、少しずつでも忠義度を高めていってもらうことを期待するしかないか。


 今回購入した奴隷たちの件で、忠義度を稼げそうなことは試しつつある。

強者しか認めないクリスティとの模擬試合。

そして、肺を患っていたシェリーとネスターの治療だ。


 次は、片目を失明している奴隷のリンの治療あたりだろうか。

続けて挑戦することにしよう。

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