311話 集う者たち

 特別表彰者であるタカシ=ハイブリッジの名は、サザリアナ王国南部のラーグの街、ゾルフ砦、ガロル村、ボフォイの街あたりでは広く認知されている。

加えて、ハガ王国、サザリアナ王国北西部のウォルフ村、ウェンティア王国南東部のディルム子爵領などでも有名だ。


 そんな彼が、サザリアナ王国の騎士爵を授かるという噂は、またたく間に広まった。

さらに、彼が有能な人材を広く募集しているという噂も同じく広まった。


 諸般の事情により今まで日の目を見ることがなかった者たちは、その登用試験に興味を持っていた。


 ラーグの街の、やや貧しい者たちが住んでいる区画にて。

1人の男が佇んでいる。

1人の女性が、彼に近寄っていく。


「ねえ。キリヤ君。あの噂は聞きましたか?」


 丁寧な口調で男に話しかけたのは、兎獣人の女性だ。

年齢は10代後半くらい。


「ヴィルナか。俺は、噂などに興味はない」


 そうぶっきらぼうに言ったのは、人族の男性だ。

年齢は同じく20代前半くらい。


「相変わらず愛想は最悪ですね。せっかく戦闘能力は高いのに……。そんなだから、子爵家の警備員の内定も取り消されちゃったのですよ」

「ふっ……。あんな固えところ、こっちから願い下げだ。俺は自由に生きるのが性に合っている」

「一端の口を聞くのは、お金を稼いでからにしてください。あなたの食費を、だれが稼いでいると思っているのですか」


 ヴィルナがそう文句を言う。

彼らは幼なじみ。

戦闘能力は高いが働かないキリヤの生活費は、ヴィルナが工面していた。

キリヤはヒモである。


「ふっ。俺はいつかビッグになる。待ってやがれ」

「それならせめて、冒険者にでもなってくださいよ。キリヤ君なら、ソロでもそこそこいけるはずです」

「まあ、そのうちな……。そう言うヴィルナこそ、最近組んでいた臨時パーティはどうした?」


 キリヤが話題を逸らす。


「あのパーティは……当面は解散となりました。なんでも、遠くの街までの護衛依頼を受けるそうで」

「ふっ。お前も行けばよかったじゃねえか」

「私がいなくなれば、キリヤ君が野垂れ死んじゃうじゃないですか。自分でご飯を用意できますか? 露店の人から奪い取るのはなしですよ?」

「……ふっ」


 キリヤの生活能力は皆無であった。

そして、金も稼いでこない。

ヴィルナの世話がなければ、とっくに野垂れ死んでいたか、食い逃げなどでしょっぴかれていたことだろう。


「さあ! そういうわけです! この街を治める新しい貴族様が、人材登用のテストを行うそうです。私とキリヤ君で受けますよ!」

「ふっ。何がそういうわけなのかは知らんが、まあ受けるぐらいなら受けてやろう。せいぜい、新貴族のタカシ様とやらが俺の実力に気づけることを期待しているぜ」


 ヴィルナの強引な誘いに、キリヤは渋々といった感じでそう言う。


「……あれ? 私、新貴族様の名前をキリヤ君に伝えましたっけ?」

「(…………! しまった)」


 実は、キリヤも人材登用の件はチェックしていたのである。


「ふっ。まあ、名前ぐらいは聞いたことがあるだけだ」

「……? そうですか。まあいいです。テストは1週間後にあるそうです。がんばりましょうね」

「ああ、そうだな」


 兎獣人の女性ヴィルナと、人族の男性キリヤ。

2人は、1週間後の人材登用試験に向けて準備を始めた。



●●●



 一方その頃。

同じラーグの街の、孤児院にて。


「はあ……。今月も苦しいわねえ。もっと切り詰めないと……」


 そうつぶやくのは、孤児院の院長だ。

街からある程度の援助はしてもらっているものの、運営資金に余裕があるとは言い難い。

食費、被服費、光熱費など、いろいろと切り詰めて生活している。


「…………(じっ)」


 そんな院長を、無言で見つめる幼い女の子がいた。

年齢は6歳くらい。


「ロロちゃん。そんなに心配そうな顔をしなくてもだいじょうぶよ。私に任せておいてね」


 院長がそう言う。

孤児院の経営に余裕はないが、幼い女の子に相談してどうこうなるようなものでもないのだ。


「…………(ぴらっ)」


 ロロが、無言で1枚のビラを院長に手渡す。


「あら? これは……。新貴族様からの登用試験の連絡ね。私たちには直接は関係ないわ。あわよくば、新貴族様の就任をきっかけに補助金が増えたりしないかとは思っているけど……」


 もちろん、孤児たちが登用試験に受かったりすれば、この上なくありがたいことである。

独り立ちしてくれるだけでも、1人分の必要経費が浮く。

それに、お給金のほんの一部だけでも孤児院に入れてくれれば、少しでも余裕ができる。


 とはいえ、現実はそう甘くない。

最低限の教育しか受けていない孤児たちでは、貴族様の登用試験に浮かることはまずないだろう。


 応募するだけ時間のムダだ。

院長はそのように考えていたが。


「…………(ぐっ!)」


 ロロが、無言で握りこぶしをつくる。


「ロロちゃん? これに応募したいの? 確かに、あなたはこの孤児院で一番優秀だし……。わかったわ。受けるだけ受けてみましょう。みんなで応援しているわ」


 院長がそう言う。

ダメでもともとだ。


 ロロは、院長に見てもらいつつ登用試験の申込書に必要事項を書き込み始めた。



●●●



 一方その頃。

場面はまた別のところに切り替わる。

ラーグの街近郊の、小規模な農村だ。


 少年が、部屋の中でのんびりと本を読んでいる。

年齢は10代中盤。

メガネをかけた理知的な少年だ。


 彼の部屋には10冊以上の本がある。

農村の一個人がこれだけの本を所有しているのは、少しだけめずらしい。


 彼はのんびりと本を読み進めていく。

しかしその静寂は、騒がしい音と声によってかき消された。

ドタドタドタ!


「トリスターー!」


 バーン!

少女が勢いよく部屋のドアを開けて、中に入ってきた。

10代後半の少女だ。


 彼女はそのまま、トリスタの目の前にやってくる。

彼は突然の出来事に目を白黒させる。


「ヒ、ヒナか……。何のようだい?」


 トリスタは、こわごわとした様子でそう問う。


「あの噂は聞いたかしら?」

「あの噂?」

「ラーグの街に、新しい貴族様が任じられるっていう噂よ! それに合わせて、人材登用のテストがあるらしいわ!」


 ヒナが目を輝かせてそう言う。


「ああ、その件か。もちろん小耳には挟んだよ。でも、僕は興味ないね。部屋の中でのんびりと本を読むのが僕には合ってる……」


 トリスタはそう言って、本に視線を戻す。


 そんな彼の顔を、ヒナがわしっと掴む。

ヒナが彼の目を真正面から見据える。


「そんなこと言って! トリスタはもっと働きなさい!」

「ま、毎日の畑仕事のノルマはこなしているさ。問題ない」


 ヒナの迫力に押されつつも、トリスタはそう反論する。


「でも、それだと代わり映えしない毎日が繰り返されるだけになるわよ! その本、読むのはいったい何回目? いつも、新しい本が読みたいって言ってるじゃない。新しい本が読みたければ、稼ぐしかないわよ!」


 ヒナが言うことももっともだ。

新しい本を買おうとすると、それなりの値段がする。

トリスタが普段読んでいる本は、親が持っていた数冊の本に、彼がなけなしの貯金をはたいて購入した数冊、そして他の人から借りている数冊だけである。

日々の細々とした畑仕事では、食っていくことはできても、新たな本を買う余裕はなかなかできない。


「確かに、それはそうだけどさ……。僕なんかが、貴族様お抱えの登用試験に合格するわけないよ。行くだけ無駄さ。旅費だってかかるし、留守中の畑の管理の問題もあるし、疲れるし……」

「何をうじうじ言っているの! あんたの無駄に蓄えた知識が、もしかしたら評価されるかもしれないじゃない! 普段読んでいる本の内容は、ほぼ丸暗記しているのでしょう? 私も付いていくから、いっしょに受けるわよ!」


 ヒナがそう言う。

消極的かつ内向的なトリスタに対して、ヒナは積極的かつ外向的な性格をしていた。


「ええ……。強引だなあ。……まあ、それも悪くないけどね」

「決まりね! さあ、1週間後の登用試験に向けて、準備していくわよ!」


 トリスタとヒナ。

2人は、1週間後の人材登用試験に向けて準備を始めた。


 ヴィルナ、キリヤ、ロロ、トリスタ、ヒナ。

はたして、彼女たちはタカシたちの目に止まり、登用試験に合格することができるのだろうか。

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