306話 食事会 後編
ニムの畑で採れたリンゴを当てる余興は、無事にクリアした。
引き続きそれぞれが食事を楽しんでいる。
あるテーブルの周りに、人だかりがある。
『見事な料理だ。我がハガ王国の料理を見事に再現しておる。なあ? ナスタシアよ』
『そうですね、あなた。今度モニカちゃんが来たときには、もっといろいろな料理を振る舞ってあげることにしましょうか』
バルダインとナスタシアがそう言う。
「懐かしい味なの。またがんばろうって気になるの」
「こっちの料理も、私の故郷であるガロル村の豪快な料理やモチ料理をうまくアレンジしていますわ」
「そうだね。いい味だ」
セリナ、カトレア、マクセルからそういった声が挙がる。
「ガハハ! ゾルフ砦風の肉料理も見事だ!」
「そうっすね! こんな料理上手の奥さんと結婚するとは、さすがはタカシの兄御っす!」
「本当においしい。私も料理の練習しないとなー。待っててね、カイル」
ギルバート、それにマクセルの子分のカイルとレベッカがそう言う。
カイルとレベッカの仲は、あいかわらず良好のようだ。
結婚式には俺も呼べよ?
執事のセバス、メイドのレインとクルミナは、給仕で動き回っている。
他の手伝いの人も多めに呼んでおいたし、今日は客人としてくつろいでくれてもよかったんだけどな。
「セバス。給仕をしてくれているのか。ありがとう」
「いえ。最初は、お館様のご厚意に甘えさせていただこうかと思ったのですが。何やら想定以上に料理の減るペースが早かったようで、手伝いを申し出たのです」
セバスがそう説明する。
「減るペースが早い……か。心当たりはたくさんあるな」
俺は食事会の会場を見回す。
ギルバートたち”漢の拳”や、ディッダたち”荒ぶる爪”がたくさん食べている。
マクセルたち”疾風迅雷”もなかなかの大食いだ。
ミティ、ニム、サム、ソフィア、バルダインあたりも結構よく食べている。
とはいえ、さすがに少しペースが落ち着きつつあるようだ。
「そろそろペースが落ちているみたいだぞ。少し出遅れてしまったかもしれないが、セバス、レイン、クルミナも好きなだけ食べるといい」
「はっ。ありがたきお言葉でございます」
「ありがとうございます! では、さっそく……」
「ありがとうございます~。私も味わわさせていただきます~」
セバス、レイン、クルミナの3人も、料理を取りに向かっていった。
また別のテーブルでは、ちょっとした集団が料理に群がっている。
「今日はたくさん食べるぞ! 採掘作業が待っているからな。まあ、夢のためならがんばれるがな」
「そうですね。私たちの夢のために、励んでいきましょう。今日は腹ごしらえです」
ブギー頭領とジョー副頭領がそう言う。
彼らは、オリハルコンと蒼穹の水晶を国やラーグの街に献上し、さらに採掘の技術を提供することにより、盗掘の罪が大幅に減じられたのである。
今は仮釈放中だ。
近い内に、国やラーグの街のお目付け役の者とともに西の森の奥地に向かう予定である。
そして、採掘作業に励むことになる。
結局は、やることは以前とあまり変わらないわけだ。
公的なバックアップが付いたことにより、人手や道具などが改善される可能性はある。
”山脈の向こうの世界を見たい”という夢のことだけを考えるなら、今回の件で彼らはむしろ前進したと言ってもいいだろう。
「ひゃっはー! うめえぜええ!」
「ひーはー! この料理が毎日食えていれば、採掘ももっとはかどったかもしれねえなあ! 魔物の丸焼きも悪くはなかったけどよ!」
下っ端戦闘員コンビがそう言う。
彼らも元気そうで何よりだ。
聞いた話では、モニカやニムにけちょんけちょんにされたそうだったからな。
少し心配していたのだ。
そんなことを考えつつ、俺は食事を進める。
「……ん? この茶色くてドロっとした食べ物はなんだい?」
「香ばしい匂いがしますわね」
マクセルとカトレアがそう言う。
彼らが目にしているのは、カレーだ。
ユナの出身地であるウォルフ村の名物料理である。
皿に盛り付けられた状態で、テーブルの上に並べられている。
「ふふん。それは私の故郷の料理、カレーよ! 食べてみなさい。少し辛いけど、おいしいわよ」
「俺からもオススメさせてもらおう。ただし、辛さの選択は慎重にな。数字が高いものほど辛くなっている」
俺はそう言う。
カレーが入れられている皿には、それぞれ1辛から5辛まで表記されている。
モニカに聞いたところ、かつてウォルフ村で開かれたレッドホットチリ祭りと同じような基準で数字を割り振っているらしい。
さすがにこの街で6辛以上を用意する必要性は低いとの判断で、最大でも5辛までとしたそうだ。
マクセルとカトレアが、2人で1つの皿を取り、分け合って食べていく。
彼らが選んだのは3辛だ。
「うん。いい味だな」
「すばらしいですわね。こんな料理がこの世にあったのですね」
マクセルとカトレアがそう言う。
なかなかの好評価のようだ。
そんな彼らの言葉を聞いて、他の人もカレーに群がり始めた。
「ほう。これがモニカちゃんが各地を巡って習得したという料理の1つか」
『ふむ。我が国にも取り入れたいところだな!』
「僕は辛いのは苦手だけど……。1辛ならおいしく食べられるかな」
パームス、バルダイン、ソフィアがそう言う。
中央大陸出身のソフィアは、アイリスと同じく辛いものが苦手のようだ。
生まれた地域によってそういう傾向があるのかもしれない。
みんなが思い思いの辛さのカレー皿を手に取り、食べ進めていく。
「くくく。地獄の業火に気をつけろ……」
「ビリー先輩! この5辛に挑戦してみようぜ!」
「ま、待て! 俺はこっちの2辛を……。ぐああああっ!」
”黒色の旋風”の中二病ビリーと、ニムの兄サムが仲良くカレーを食べている。
2人も冒険者ランクはDだが、ビリーのほうが少しだけ先輩といったところだろう。
2辛を食べようとするビリーに対して、サムが強引に5辛を食べさせた。
ビリーが悶絶している。
そんなちょっとした事件はありつつも、概ねカレーは好評だ。
あっという間に食い尽くされていく。
もう売り切れだ。
……ん?
いや、隅のほうに数皿だけ7辛のものがあるな。
「ああ、あれはユナ用だよ。それに、もしかすると辛いもの好きの人が他にもいるかもしれないと思ってね。少しだけは用意しておいたんだ」
モニカがそう説明する。
「なるほどな。しかし、7辛でも相当辛いだろう。俺は2辛が適正で、少しがんばっても4辛ぐらいが限界だ」
「私は、がんばれば7辛もだいじょうぶかもしれません。でも、ムリはしないようにしておきます」
ミティがそう言う。
彼女は、ムリして10辛にチャレンジして、倒れ込んでしまったことがある。
同じ過ちは繰り返さないということか。
相当辛いものへの耐性がある人じゃないと、あれに手を出すべきではない。
俺がそんなことを考えているうちに、さっそうと7辛カレーに手を出す者たちが現れた。
「ガハハ! 7辛だろうと、我が恐れるものはなし!」
「ひゃっはー! この皿は俺がもらったあ!」
「ひーはー! 俺も行くぜ!」
「わ、私もカレーを食べてみたいです!」
ギルバート、盗掘団の下っ端戦闘員コンビ、そしてメイドのレインだ。
レインよ。
お前もそちら側の脳筋人間だったか。
まあ、死ぬことなどもちろんないし、止めはしまい。
そして、案の定4人ともヒーヒー言って、水を飲みまくっていた。
かろうじて、ギルバートは1人で完食していたが。
下っ端戦闘員コンビやレインは、他の者と協力して完食することになった。
そんな感じで、食事会はにぎやかに進んでいった。
最後に、大きなデザートが残されている。
ナーティアが、大きなケーキを運んでくる。
ウェディングケーキだ。
「さあ、モニカ。お母さんのつくったイチゴケーキだよ」
「ふふっ。昔を思い出すなあ。私は、お母さんのつくるケーキが大好きだった」
ナーティアの言葉を受けて、モニカがそう言う。
昔を懐かしむような顔をしている。
「お母さんがいなくなって始めての私の誕生日には、お父さんが代わりにつくってくれたんだ。おいしかったんだけど、なんでか涙が止まらなくて……」
「ああ。俺1人で、さびしい思いをさせてしまったな……」
モニカの物憂げな言葉を受けて、ダリウスがそう言う。
「ううん。お父さんは頼りになるお父さんだったよ」
「ごめんね。私が突然いなくなったから。でも、これからはずっとこの街にいるからね」
「そうだな。俺とナーティア、それにパームスとマムで、暖かい家庭を築く。モニカも、いつでも戻ってきてもいいんだぞ」
ナーティアとダリウスがそう言う。
「ありがとう。でも、そうならないよう、私もタカシと暖かい家庭を築けるようがんばるよ。ねっ? タカシ」
「そうだな。俺も精一杯がんばるつもりだ」
俺の言葉で、話は一区切りした。
俺とモニカの2人でウェディングケーキに入刀し、切り分けていく。
切り分けたケーキをみんなに配る。
そして、俺やモニカもケーキを食べる。
「こ、これは……! すばらしいケーキだ!」
日本で食べてきた高級ケーキにも、決して引けを取らない。
「うん。……うん。懐かしい味だ。やっぱり私には、お母さんのケーキが1番だよ」
モニカがうれしそうにそう言う。
彼女の目から涙が流れている。
「改めて……。おかえりなさい。お母さん」
「ただいま。私のかわいいモニカ」
モニカとナーティア、それにダリウスが、お互いに見つめ合う。
家族の絆を再確認しているようだ。
そんな感じで、食事会は無事に終了した。
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