305話 食事会 前編

 今日のメインイベントはひと通り終了した。

俺とモニカの結婚式。

ダリウスとマム、それにパームスとナーティアの合同結婚式。

俺とニムとの婚約のお披露目会だ。


 そして、これから総まとめとして食事会が行われようとしている。

立食パーティーの形式である。


 今までの式の中でもおつまみと飲み物は出されていた。

この食事会で提供されるのは、より手の込んだ料理の数々である。


 モニカが、俺やアイリスのヒントを元に完成させたマヨネーズ。

モニカがミリオンズとして各地を巡って習得した料理の数々。

そして、以前からダリウスが得意としている、ラビット亭の定番料理などだ。


 モニカ、ダリウス、ナーティアが事前に仕込んでいたものとなる。

それを、手伝いの者などが仕上げて、会場に持ってくる段取りとなっている。


 俺はそわそわしながら待つ。

緊張ではなく、楽しみによるそわそわだ。


「ふんふふーん」

「上機嫌だな。ミティ」


 ミティが鼻歌を歌っているのは少しめずらしい。


「ふふ。モニカさんの肉料理は絶品ですからね。それに、ダリウスさんのも楽しみです」

「そうだな。モニカの料理はいつも食べさせてもらっているが、今日の分の下準備はずいぶんと気合を入れていたしな。確かに楽しみだ」


 俺はそう言う。

結婚式の数日前から、じっくりと仕込んでいる料理がいくつかあった。

また、食材なども普段より少し奮発しているようだ。


「そう言ってもらえるとうれしいよ。じゃあ、私は最後の仕上げの確認をしてくるね。少し心配だから。ねえ? お父さん、お母さん」

「ああ。事前に丁寧に教えておいたから、だいじょうぶだとは思うが……」

「念のために見ておこう。3人で行くよ」


 モニカ、ダリウス、ナーティアは、調理場に向かっていった。

今は、彼らが事前に仕込んでおいた料理を手伝いの者が仕上げているはずだ。

最後の確認に彼女たちが立ち会えば、より完璧なものとなるだろう。


「ボクも、今日はたくさん食べようかな。マヨネーズも出されるそうだし」


 アイリスがそう言う。

かつて、彼女と俺のヒントにより、モニカはマヨネーズを完成させた。

思い出の品だ。


「そ、そうですね。わたしもいっぱい食べようと思います。わたしの畑で採れた野菜も使ってくれているはずです。ねっ? パパ、ママ」

「ああ。俺の自慢の畑で採れた野菜だ。今まで維持してくれていたマムやニム、それにサムのおかげでもあるが」

「そうですね。あなたとの思い出の畑を守り抜いてきたかいがありました」

「俺もがんばってきたんだぜ。今日は、たくさん食べるぞ!」


 ニム、マム、パームス、そしてサムがそう言う。

サムと俺は、数日前に顔を合わせたばかりだ。


 彼は最近Dランクに上がったばかりの初級冒険者らしい。

盗掘団の捕縛作戦には同行していなかった。

残念ながら、まだまだ半人前のようだ。


「ふふん。私も楽しみだわ。ピリ辛料理も出されるそうだしね」

「私は、あのときのリベンジをします!」


 ユナとミティがそう言う。

ユナの故郷であるウォルフ村では、辛い料理が名物だ。

ピリ辛から激辛までいろいろある。

先日のレッドホットチリ祭りで、ミティは激辛料理をムリに食べて倒れ込んでしまったことがある。


 俺たちはそわそわしながら待つ。

マクセル、ギルバート、ソフィア、マリアあたりも楽しみにしている様子だ。


 少しして、モニカ、ダリウス、ナーティアが戻ってきた。


「モニカ。仕上げは無事に終わったか?」

「うん。バッチリ! 楽しみにしていてね。私も、お母さんの料理を食べるのが楽しみだよ」


 モニカがそう言う。

彼女の母ナーティアが釈放されてから、2週間ほどが経過している。

その間に、ナーティアの手料理を食べる機会もあった。

しかし、今回のように手の込んだ料理を食べるのは再会してから始めてだ。


「俺とナーティアの愛の結晶を、味わうといい」

「ふふっ。タカシちゃんもたくさん食べてよ」


 ダリウスとナーティアがそう言う。

彼らは今日の結婚式にて複雑な家庭環境を形成するに至った。

しかし、もともと婚姻関係にあった彼ら2人の仲もちゃんと良好のようだ。


 そんな話をしているうちに、手伝いの者が料理を運んできた。

スピーディーバッファローのソテー、クレイジーラビットの肉料理。

その他、様々な料理が並べられていく。


 立食パーティー形式なので、自分の好きな料理をとって食べればいい。

参加者それぞれが好きなものを取り分け、食べ始める。

俺とミティは、もちろん肉料理がメインだ。


 他の人は……。


「あいかわらず、いいアップルパイだぜえ」

「くっくっく。それに、これはスメリーモンキー……。いや、ビッグスメリーモンキーの肉か。独特の味わいがある」


 ディッダとウェイクがそう言う。

1年ほど前に、俺は彼らをラビット亭の食事会に招いたことがある。

アップルパイやスメリーモンキーの料理は、そのときにも提供されていた。


「へえ。このサラダはファルテ帝国風に盛り付けられているね」


 ソフィアがそうつぶやく。


「そうだね。わかるんだ?」


 近くにいたアイリスが、ソフィアにそう問う。


「うん。僕の出身は、ミネア聖国だからね。隣国の風土はある程度知っているよ」


 ファルテ帝国とミネア聖国か。

どちらも、中央大陸にある国だと聞いたことがある。

アイリスの出身も、中央大陸だ。


 ちなみにこのサザリアナ王国は、新大陸南部にある。

ラーグの街は、サザリアナ王国の中でも南部に位置する。

ここから中央大陸に渡る場合は、まずは新大陸の北端に移動し、そこから船に乗る必要がある。


 なかなかの長い旅路となる。

いずれは行く機会もあるだろうが、まだ先の話だ。


「へっ。これは、すばらしいニンジンだぜ!」

『このアップルパイ、おいしーい』


 ストラスとマリアがそう言う。

ストラスは兎獣人だ。

種族的に、ニンジンが好きな傾向があったりするのだろうか?


「あ、ありがとうございます。それは、わたしたちの畑で採れたニンジンとリンゴです」


 ニムがうれしそうにそう言う。


「ほう。若くして特別表彰者になるだけではなく、このような才まで持っていたとはな」

「すばらしいですね。ギルドとしても、ますますのご活躍を期待していますよ」


 冒険者ギルドのギルドマスターであるマリーと、受付嬢のネリーがそう言う。

ちなみに彼女たちは母親と娘の関係である。


「ニムは俺の自慢の娘だ。俺が居ない間苦労をかけちまったが、これからは今までの分もがんばっていくぜ」

「うふふ。期待していますね。それにしても、あなたとこのリンゴを食べられる日がまた来るなんて。今でも信じられません」


 パームスとマムがそう言う。

彼らは彼らで、もともとの婚姻関係を良好に保っているようだ。


「俺もこのリンゴは好きだぜ!」

「わ、わたしも。パパとまたいっしょに食べられてうれしいな。今日は今までで一番幸せな日かもしれない」

「ワンワンッ!」


 サムとニムがそう言って、犬のリックが同意するかのようにそう吠える。

ちなみに犬のリックはちゃんと身ぎれいにしているので、衛生上の問題はない。


 ニムにとっては、死別したと思っていた父が実は生きていて、こうして幸せなひとときを共に過ごせているわけだ。

さぞうれしいことだろう。


 あと、自分で言うのもなんだが、俺との婚約のお披露目会もあったことだしな。


「さあ! みなさん、すばらしい料理をご堪能いただいているかと思いますが、ここで1つ余興がございます!」


 係の人がそう叫ぶ。


「余興? そんな予定あったか?」

「ふふっ。タカシには内緒にしておいたんだ。がんばってね」


 俺の問いに、モニカがそう答える。

がんばる?

何をだ?


 俺が疑問に思っている間に、手伝いの人たちにより、何やら余興の準備が進められていく。

テーブルの上に、5つのうさちゃんリンゴが並べられる。

AからEまでの文字が割り振られている。


「準備が整いました! この5つのうさちゃんリンゴの内、1つだけがニム様の畑で採れたものです。残りの4つは別の畑で採れたものです。はたして、タカシ様は見事にニム様のリンゴを当てることができるのか!?」


 なんだそのイベント!?

味覚を試されるわけか!


「ガハハ! なかなか面白そうな余興ではないか!」

「タカシ様、がんばってください!」


 ギルバートとミティがそう言う。


「タカシ君。ニムが丹精込めて育てたリンゴだ。ぜひ当ててくれよ」

「そうですね。今までに何度も食べてくれているし、もちろんわかりますよね?」


 パームスとマムがそうプレッシャーをかけてくる。


「が、がんばります」


 確かに、ニムのリンゴは今までに何度も食べている。

しかし、ニムのリンゴ同士でももちろん味の違いはある。

この味当ての余興は、少し難易度が高くないだろうか。

まあ、ただの余興だし文句を言わずにやるけどさ。


 俺はさっそく、1つ目のうさちゃんリンゴを口に運ぶ。

あとでもう1度食べ比べをするため、とりあえずは半分だけを食べる。


「もぐもぐ……。ふむ……」


 心なしか、少し固い気がするな。

これではないかもしれない。


 そんな感じで、俺は5つのうさちゃんリンゴを食べ進める。

…………!


 なるほど。

わからん。


 ニムとの記念すべき日だし、ぜひとも当てたいところではあるのだが。

俺の味覚では、かすかな違いまではわからない。


 ここは、味覚強化のスキルを取得してみようか。

……いやいや、ただの余興でそれはやり過ぎだろう。

外したとして、ニムは少しガッカリするだろうが、今後の関係に亀裂が入るほどでもないはずだ。


 スキルの強化はやめておく。

そのまま、残しておいたリンゴを食べ進めていく。

自信はあまりないが、おそらくこれではないかというリンゴはあった。


「……わかった。ニムのリンゴは……Cだ!」


 俺は思い切ってそう叫ぶ。

会場がシーンと静まり返る。


「……ファイナルアンサー?」


 係の人が意味深な表情でそう問いかけてくる。

なんだよ、その表情は。

もしかして、間違っているのか?


 修正するなら今だ。

いや、しかし……。

ええい。


「ファイナルアンサーだ!」


 俺はそう叫ぶ。


 ……………………。

…………。

……。


 しばらくの静寂のあと。


「「「大当たりーー!」」」


 係の人、それにお手伝いの人がそう盛大に叫ぶ。

周りのみんなも拍手で祝福してくれている。


「やったね! タカシ」

「ふふん。やるじゃない!」


 アイリスとユナがそう声を掛けてくる。


 そして、ニムがこちらに近づいてくる。


「タ、タカシさん。信じていました。大好きです!」


 ニムがそう言って、俺に抱きつく。

俺は彼女を抱きしめ返す。

なんとかいいところを見せることができた。


「うむ。それでこそ、俺の娘を任せるに足る男だ」

「そうですね。私も安心しました」


 パームスとマムがそう言う。

判断基準はそこなのか。


 それにしても、なんだか思ったよりも大事になった。

外さなくてよかった。

本当によかった。

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