286話 急襲、シルバータイガー

 タカシたちが盗掘団の捕縛作戦を実行しているときから数年前の話の続きだ。


 ラーグの街と、その北方面にある王都は街道によって結ばれている。

普段は、比較的安全な道である。

国から依頼を受けた冒険者たちが、中級以上の魔物を優先的に駆除しているからだ。

出るのはせいぜい、ファイティングドッグぐらいのものである。


 今は、ラーグの街を出発した馬車が、王都へとのんびりと向かっているところだ。

王国が運用する馬車の定期便である。

護衛の冒険者が雇われており、一般の乗車客も多い。


 モニカの母、ナーティア。

王都で流行っているという調味料の味見と仕入れのため、王都行きの馬車に乗り込んだ。

娘のモニカ、夫のダリウスはラーグの街で待機中だ。


 ニムの父、パームス。

王都で品種改良がされたという新たな野菜の苗を入手するため、王都行きの馬車に乗り込んだ。

ペットである犬のリックも、護衛として同行している。

娘のニム、息子のサム、妻のマムはラーグの街で待機中だ。


 その他、王都に用事のある人たちなどが同乗している。


「いい天気ねえ。たまにはこうやってのんびりするのもいいわね。できればダリウスやモニカも連れてきたかったけど……」


 ナーティアがそう独り言をつぶやく。

彼女は、普段は夫のダリウスとともにラビット亭という料理屋を営んでいる。

ダリウスの料理の腕前は確かで、日々繁盛している。


 生活費に困ることはないぐらいの稼ぎはある。

それに、こうしてナーティアの旅費を出す余裕もある。

しかし、さすがに1週間以上店を閉めて家族3人で王都を観光できるほどの蓄えはなかった。

そのため、今回の王都への訪問はナーティア1人で行うこととなったのである。


「おや。あなたも家族を残して1人旅ですか。実は俺もなんです」


 パームスが、隣に座るナーティアにそう話しかける。

彼は、普段は妻のマムとともに畑で栽培業を営んでいる。

自給自足に近い生活だ。

余ったものを街に卸して、若干の現金収入も得ている。


 食うものに困ることはない。

とはいえ、現金収入はわずかだ。

そのため、今回の王都への訪問はパームスの1人となったのである。


 ナーティアとパームス。

2人が、それぞれの家族の話をする。

馬車の上だし、他にすることもない。

いい暇つぶしだ。


「……まあ。サム君とニムちゃんというのですか。元気そうなお子さんたちですね。うちのモニカは……」

「……なるほど。モニカちゃんも、将来は立派な料理人になりそうですね。ぜひ、俺の畑で採れた野菜を使ってほしいものです」

「ふふ。夫と相談して、前向きに健闘しますね」


 ナディアとパームスが和気あいあいと談笑する。

のんびりとした空気だ。

だが、その空気は突然破られた。


 ガタッ。

ガタガタッ。

馬車が急停止する。


「なんだ!?」

「どうしたってんだ!」


 乗車客から、御者や係員に対してそう声があがる。


「あ、あれはまさかシルバータイガーでは!?」

「に、逃げろ! 逃げるんだ!」


 護衛の冒険者、それに係員が焦った声でそう言う。

護衛とは言っても、想定している相手はファイティングドッグなどの低級の魔物である。

災害指定生物のシルバータイガーなどは想定外だ。


 馬車が反転し、シルバータイガーから遠ざかり始める。

だが。


「ガルル……! ガルアアアァッ!」

「なっ! は、速い……!」


 あっという間に、馬車はシルバータイガーに追いつかれてしまった。


「ガルル! ガルアアアァッ!」


 シルバータイガーが馬車を蹂躙する。

馬車がどんどん壊されていく。


「ひ、ひいいぃっ!」

「きゃあああっ!」


 乗客たちは散り散りに逃げようとするが、シルバータイガーの足からは逃げられない。

追いつかれて、各個撃破されていく。

彼らはおびただしい血を流し、倒れ込む。

まだ死んではいないが、それも時間の問題だろう。


「くっ。何とか時間稼ぎだけでも……」

「お、おうよ!」


 冒険者たちがそう言う。

もはや、全員が助かることは現実的ではない。

彼らが時間稼ぎをすることにより、数名だけでも逃げることができれば御の字だ。


 冒険者たちが、必死でシルバータイガーを牽制する。

そして、冒険者たち以外にも抵抗する力を持った者はいる。


「……ロックアーマー! いくぞ、リック!」

「ワンワンッ!」


 パームスとリックだ。

彼らも、ある程度の戦闘能力はあった。


「わ、私も戦うわよ」


 ナーティアも、戦列に参加する。

彼女は、元はサーカス団の曲芸師だ。

身のこなしには優れている。

多少の魔物狩りの経験もある。


 冒険者たち、パームス、リック、ナーティア。

彼らがシルバータイガーと対峙する。


「い、いくぞ! 同時に攻撃を仕掛ける!」

「了解だ」

「わかったよ」

「「承知!」」


 冒険者のリーダー格の指示に、パームスやナーティア、それに冒険者たちがそう返答する。

彼らがタイミングをうかがう。


「……今だ! うおおおおっ!」」


 リーダー格の特攻に続くように、それぞれが一縷の望みをかけてシルバータイガーに特攻を仕掛ける。

しかし。


「「「ぐああああっ」」」

「きゃああっ!」

「ワオン……」


 シルバータイガーに一蹴される。

戦闘能力の差は歴然だ。

災害指定生物第2種に指定されているシルバータイガーは、生半可な実力では太刀打ちできない。

彼らがおびただしい血を流しつつ、倒れ込む。


 そして、残った非戦闘員たちも攻撃され、逃げる力を奪われていく。


「グルオオーン!」


 シルバータイガーが勝利の雄叫びをあげる。

大量の戦利品が手に入ってご満悦だ。


「ごめんね……。ダリウス、モニカ……。お母さんは、帰れないみたいだわ……」


 ナーティアは、出血多量で薄れゆく意識の中、そうつぶやく。

最後に浮かんできたのは、愛する夫とかわいい娘の顔だった。


「マム、サム、ニム……。お前たちを残して逝くパパを許してくれ……。そして、リック……。付き合わせて悪かったな……」

「ワン……」


 パームスとリックは、薄れゆく意識の中、身を寄せ合う。


 こうして、馬車の一団は全滅した。

ーーかに思われた、その時。

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