256話 ディルム子爵とシトニの疲労回復

 俺とアイリスで、ディルム子爵の父親の治療に挑戦した。

上級治療魔法のリカバリーの合同魔法により、無事に治療できた。

完治しているかどうかはわからないので、しばらくは定期的に様子を見に来るつもりだ。


 今日のところはひとまず帰ろう。

ユナやシトニたちが待つ部屋へ向かって歩みを進めていく。


「ディルム子爵。そういえば、貴族様のツテで上級の治療魔法士はいないのですか?」

「もちろんいるとも。だが、上級の治療魔法士でも治療できなかったのだ。先ほど言った通り、現状維持がやっとだ」


 俺の問いに、ディルム子爵がそう答える。


「なるほど。つまり、上級治療魔法同士の合同魔法が必要だったということですか」

「タカシ。ボクたちは当たり前のように合同魔法を使っているけど、本当はもっと大変なんだよ? お互いの信頼関係を構築した上で、魔法に対するイメージも合わせないといけないし」


 アイリスがそう言う。

信頼関係か。

加護の対象者になっている時点で、俺との信頼関係はあると言っていいだろう。

少なくとも、アイリスやユナから俺への信頼は一定以上ある。


 俺から彼女たちへの信頼感は数字としては表示されないので、確かなことはわからない。

ただし、もちろん俺自身の感覚としては信頼している。

俺を信頼してくれているかわいい女の子たちに、悪感情など抱くはずがない。

俺は俺の事を好きな人が好きだ。


「そうか。つまり、俺たちの愛がなせる技ということだな」

「調子のいいこと言ってるなあ。もう」


 アイリスが少し顔を赤くしてそう言う。

照れている彼女もかわいい。


 合同魔法には、信頼関係の他に、魔法に対するイメージも大切だ。

これは、ステータス操作による強化が有利に働いている可能性がある。


 ステータス操作により魔法を強化すると、魔法のイメージが頭の中に流れ込んでくる。

この流れ込んでくるイメージは、おそらくだが共通のものだろう。

俺たちの魔法に対するイメージは、ほぼ同じになっていてもおかしくない。


 そう考えると、加護には二重の意味で合同魔法に対する適正があるな。

今後は、属性被りを気にせずに魔法を取得するのもありか?


 ミリオンズ内において、合同魔法の核は俺になるだろう。

たとえば、ミティが治療魔法レベル4を取得したとしよう。

先ほどの理屈で言えば、おそらくだが俺とミティの合同魔法は成功する。


 しかし、ミティとアイリスの合同魔法がどの程度安定するかは不透明だ。

両者ともステータス操作により魔法を強化しているので、魔法に対するイメージは高い水準で共有できる。


 一方で、ミティとアイリス間の信頼関係がどの程度あるか。

特に険悪というわけではないが、極めて仲がいいとまでは言えない。

加護付与の基準でいえば、25から35ぐらいだろう。

たぶん。


 うちのパーティ内で仲がいいのは、モニカとニムだ。

彼女たちは、同じラーグの街の生まれである。

モニカが営むラビット亭の前で、ニムがお腹をすかせていたところ、モニカが食べ物をあげたという出来事があったと聞いている。

それから、ニムの畑でとれた野菜をラビット亭に卸すようになった。


 モニカの父ダリウスと、ニムの母マムは再婚の気配がある。

そうなれば、モニカとニムは義理の姉妹となる。

仲がよくて何よりだ。


 あとは……。

アイリスとモニカは、武闘の師弟関係でもあるし、少し仲がいい。

ニムとマリアは、年齢が近いこともあって仲良しだ。

ミティとユナは、やや体育会系なノリで息が合っているような気がする。


 パーティメンバー同士で合同魔法を意識してスキル強化をする場合は、このあたりの相性にも留意する必要がある。

まあ先ほども言った通り、核は俺だが。


 それに、レベルアップごとにもらえるスキルポイントが、俺だけ20になっている。

他のみんなは10だ。

俺はみんなよりも、様々なスキルを上げていくことができる。

いずれは火魔法や治療魔法だけではなく、風魔法、雷魔法、土魔法あたりも伸ばしていきたいところだ。


 そんなことを考えつつ、歩みを進めていく。

ユナやシトニが待機している部屋に入る。


「ユナ。待たせたな。治療は無事に成功したよ」

「ふふん。やるわね。さすが、私が見込んだ男よ」

「じゃあ、さっそくだけど帰るか」


 俺はそう言う。


「うむ。あらためて礼を言うぞ。ありがとう。タカシ君、アイリス君」

「ディカルさんのお父様であれば、私のお父様も同じ。私からもお礼を言わせていただきますね。ありがとうございます」


 ディルム子爵とシトニがそう言う。


「どういたしまして。しばらくはこの街かウォルフ村にいるから、またいつでも呼んでください」

「わかりました。……あっ」


 シトニがふらつく。


「だいじょうぶか? シトニちゃん。……むっ」


 ディルム子爵がシトニを気遣うが、そう言うディルム子爵もふらつく。


「どうやら、疲労がかなり溜まってしまっているみたいですね。どうかゆっくり休まれてください」

「ううむ。しかし、そういうわけにもいかんのだ。民が困っておるからな……。それにそもそも、オレの失敗の後始末だしな」


 ディルム子爵がそう言う。


「それなら、タカシが治療魔法をかけてあげたらどうかな。疲労や寝不足には効果が低いとは言っても、多少の効果はあるわけだし」

「それもそうだな。よし、やるか」

「ありがたいが、だいじょうぶなのか? 先ほどオレの親父にかけてくれた治療魔法は、かなりの上級のように見えたが」

「だいじょうぶです。まだ余力はあります」

「ボクは余力がないから、タカシに任せるよ」


 アイリスがそう言う。

アイリスのMP量は、残念ながらさほど高くない。

MP関係のスキルは伸ばしていないからな。


 一方で、俺のMP量はかなりの水準だ。

MP強化をレベル4まで伸ばしている。

さらに加えて、MP消費量減少レベル4とMP回復速度強化レベル2もある。

各地に設置してある転移魔法陣による常時消費MPの分を考慮に入れても、俺はアイリスと比べて2倍以上のMP容量があると考えていい。


 俺はさっそく、治療魔法の詠唱を開始する。

特に疲れていそうなのはディルム子爵とシトニだが、その他部屋の隅に控えているメイドや執事にも疲労の色が見える。

ここは個別に治療魔法をかけていくのではなく、範囲で治療魔法をかけよう。


「……神の御業にてかの者たちを癒やし給え。エリアヒール」


 癒やしの光が部屋を満たす。

しばらく、エリアヒールの発動を継続する。


「む? おお、疲れがとれた気がするぞ!」

「すごいですね。私もまだまだがんばれそうです!」


 ディルム子爵とシトニがそう言う。

治療魔法は疲労や寝不足にはあまり効果がないが、彼らの場合はもとの状態がひどかったからな。

少しの効果でも、体感としては大きな効果を感じているのだと思われる。


「それはよかったです。またいつでも呼んでください。ディルム子爵のお父上の件もありますしね」

「ああ。ありがとう。このお礼は、いずれ必ずさせてもらおう」


 ディルム子爵からのお礼か。

貴族からのお礼は、2度目だ。


 前回は、サザリアナ王国の男爵であるハルクからのお礼だ。

彼の娘のサリエの難病を治療したときにもらった。

お礼の内容は、金貨数十枚、アイテムバッグ、馬付きの馬車などだった。


 ハルク男爵とディルム子爵なら、ディルム子爵のほうが位は上だ。

お礼にもさらに期待できるかもしれない。

まあ、サザリアナ王国とウェンティア王国で所属している国家が異なるため、一概に爵位の比較はできないだろうが。



●●●



 その後も、定期的にディルム子爵の父親には治療魔法をかけた。

ディルム子爵やシトニ、それにメイドや執事に対しても、エリアヒールをかけたりした。

そのかいあって、ディルム子爵の父親は無事に快復した。

あとは、領主お抱えの治療魔法士でだいじょうぶだろう。


 また、ウェンティア王国王家からディルム子爵家への処分も言い渡されたそうだ。

爵位は返上しなくて済むらしい。

その代わり、先代が後見人としてしっかりとディルム子爵を指導監督することを命じられたとのことだ。

ディルム子爵の父親が快復したことをウェンティア王国王家はしっかりと把握していたようだ。


 この点、ディルム子爵が爵位を返上しなくて済んだのは、俺が彼の父親を治療したおかげと言っても過言ではないだろう。

まあ、そのときはそのときで、別の対策案があったのかもしれないが。

いずれにせよ、俺たちに対して友好的なディルム子爵が今後もこのあたり一帯を治めてくれるのは、ありがたい。


 しばらくすれば、俺たちミリオンズは別の街に活動拠点を移すだろう。

しかし、ユナの里帰りとして定期的にウォルフ村は訪れることになるはず。

今後も、ディルム子爵たちと会う機会がそれなりにある。

長い付き合いになりそうだ。

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