255話 先代ディルム子爵の治療
レッドホットチリ祭りから数日が経過した。
俺たちミリオンズは、再びディルム子爵領の街までやってきた。
なんでも、俺やアイリスの治療魔法の腕前を見込んだディルム子爵が、ぜひとも治療してほしい者がいると言うのだ。
貴族からの依頼だし、無事に治療できたら報酬にも期待できるだろう。
いや。
しばらくは街の復興が大変そうだし、あまり多額はもらえないか。
しかし、貴族に恩を売っておいて損はないしな。
俺やアイリスとしても、前向きに治療したいところだ。
アイリスは、そういう損得勘定なしでも治療をするだろうが。
領主邸の一室で、ディルム子爵、それにシトニと対面する。
「こんにちは。ディルム子爵。お元気……というわけでもなさそうですが」
「うむ……。街の復興のために、仕事が山積しておるからな。まあ、自分でまいた種だ。もちろん不満などはないがね」
ディルム子爵がそう言う。
彼の目元には、大きな隈ができている。
寝不足のようだ。
数日前のレッドホットチリ祭りでは元気そうだったが。
あれから、仕事がどんどん増えてきているのだろう。
「ふふん。シトニも、ちょっとやつれてない? 村の外に馴染めていないの?」
ユナがそう言う。
確かに、シトニの目元にもディルム子爵ほどではないが、隈ができている。
寝不足気味のようだ。
「ディカルさんが大変なときに、私だけのんびりしているわけにはいきませんので。雑用ぐらいは私にもできます」
シトニがそう答える。
「シトニちゃん。気持ちはありがたいが、本当に無理しなくていいんだぞ? そもそも、慣れない街で生活するだけでも心労はあるだろうに」
「いえいえ。私がお手伝いをすることで、ほんの少しでもディカルさんの負担が減るのであれば。この程度、無理でもなんでもありません」
「シ、シトニちゃん……」
「ディカルさん……」
ディルム子爵とシトニが、見つめ合う。
お熱いことだ。
「ゴホン! 馴染めていないわけじゃないみたいね。それはわかったわ」
ユナが咳払いをして、場の空気を仕切り直す。
話を進めていこう。
「それで、治療してほしいという人はどなたなのです? ディルム子爵とシトニさんの疲労を取り除けばいいのでしょうか? 確かに、治療魔法は傷病だけではなく、単純な疲労や寝不足にも多少の効果はありますが……」
「うむ。それはぜひお願いしたい。だが、今回お願いしたいのは、オレの父親だ」
「ディルム子爵のお父上ですか。ということは、先代の子爵様ですね」
「そういうことになるな。7、8年ほど前に、病気を発症したのだ。命こそとりとめてはいるのだが、長らく安静にしておる。この病気をきっかけに、オレに爵位を譲ってもらったのだがな」
ディルム子爵がそう言う。
爵位を譲らざるを得ないぐらいの病気か。
なかなか重そうだ。
とはいえ、俺やアイリスには確かな治療魔法の実績がある。
俺の治療魔法レベル4のリカバリーによる、モニカの父ダリウスの治療。
同じく俺のリカバリーによる、ニムの母マムの治療。
そして、俺とアイリスの合同でのリカバリーによる、サリエの治療だ。
ダリウスとマムは、それぞれ料理仕事や畑仕事ができなくなるぐらいの難病だった。
サリエは、ベッドの上でほぼ寝たきりになってしまうぐらいの重病だった。
彼らの病でさえ無事に治療できたのだ。
もはや、俺とアイリスで治療できない病気はほぼないような気がする。
しかしそう考えると、治療魔法レベル5はいったいどんな効果になるのだろうか。
俺もアイリスも、治療魔法レベル5は怖いということで強化をためらっているところである。
まあ今はどちらにせよスキルポイントが足りないのだが。
治療魔法レベル5は、通常の手段では完治が不可能なレベルの難病を治療できるようになるのだろうか。
もしくは、部位欠損や失明を治療できるとか。
そして治療魔法レベル5同士の合同魔法となると……。
もしかすると、死者蘇生とか?
可能性はあるが、このあたりになるとかなり怖いな。
今の段階で深く考えるのはよそう……。
治療魔法をレベル5に強化する件は置いておくとして。
そういえば、そろそろバルダインの足の治療にも再チャレンジしてみようか。
最後に挑戦したのは、ガロル村に行く前。
もう5か月ほど前のことになる。
当時は、俺は治療魔法レベル4だったが、アイリスは治療魔法レベル3だった。
そのため、バルダインの治療は俺のリカバリーのみ試した。
結果は、少し足の調子がよくなった程度であった。
今チャレンジしたらどうなるか。
アイリスも治療魔法レベル4になったことで、俺との合同でのリカバリーが可能となっている。
今であれば、バルダインの足を治療できる可能性は十分にある。
……おっと。
思考がずいぶんと逸れてしまった。
今はディルム子爵の父親の治療の件だ。
「爵位を譲らざるをえないほどの病気ですか。なかなかの治療難易度だとは思いますが、ぜひ挑戦させていただきます」
「おお! ありがとう。お礼ははずむぞ」
「うん。まあそれは、うまくいってからの話だねー」
アイリスがそう言う。
さっそく、ディルム子爵の父親の治療に挑戦することになった。
俺、アイリス、ディルム子爵、そしてジャンベス。
4人でディルム子爵の父親の部屋に向かって歩き始める。
なお、ユナやシトニたちはさっきの部屋で待機だ。
まあ、治療魔法に直接関係のない部外者がぞろぞろと病人の部屋に行くのもな。
ユナとシトニには新たな環境における積もる話もあるだろうし、ちょうどいいだろう。
そんなことを考えながら、歩みを進めていく。
とある部屋の前まで来た。
ここが先代のディルム子爵の部屋なのだろう。
部屋の中に入る。
部屋の中では、ベッドの上で寝ている人がいた。
傍らには、執事の男が控えている。
ディルム子爵が口を開く。
「親父の調子はどうだ?」
「はい。悪化はしておりませんが、残念ながら回復もされておりません。今は眠っておられます」
ディルム子爵の問いに、執事がそう答える。
ベッドで寝ているのは初老の男性だ。
彼がディルム子爵の父親か。
苦しそうな様子で眠っている。
顔色が悪い。
「先ほども言ったが、ここ数年はずっと体調が悪くてな。優秀な治療魔法士を定期的に呼んで、治療魔法をかけてもらっている。ただし、それでも現状維持がやっとだ」
ディルム子爵がそう言う。
「わかりました。さっそく、治療魔法を試してみます」
「よろしく頼む」
「はい。……じゃあ、いくぞ。アイリス」
「うん。いつも通りに息を合わせよう」
アイリスとともに、治療魔法の詠唱を開始する。
合同魔法は、発動者同士の波長を合わせる必要がある。
集中して、詠唱を続ける。
「「……彼の者に安らかなる癒やしを。リカバリー」」
大きな癒やしの光がディルム子爵の父親を覆う。
しばらく、リカバリーの発動を継続する。
ディルム子爵が治療の様子を見守っている。
「む? さっそく、顔色が少し良くなってきているような気がするな。どうだ?」
「はい。確かに、私にもそう見えます」
ディルム子爵の言葉に、執事の男がそう答える。
そして。
「……ん。ん?」
ディルム子爵の父親が目を覚ました。
「親父。目を覚ましたか。……具合はどうだ?」
「おお。ディカルか。見舞いに来てくれるのは久しぶりじゃな。今日は、いつになく体調がよいようじゃ」
ディルム子爵の問いに、彼の父親がそう答える。
「そりゃよかった。この、優秀な2人の治療魔法士に依頼したんだ」
「……ほう。若いのに、大したものじゃな。儂が寝込んでいる間に、こんな優秀な治療魔法士が台頭してきておったとは」
ディルム子爵の父親が、俺とアイリスを興味深そうに見てそう言う。
「優秀な治療魔法士なのは否定しないが、それだけじゃないぜ。この2人は、冒険者でもある。むしろそっちがメインだ。確か、ランクはCランクだったな?」
「ええ。そうですね」
俺はそう答える。
「ほほう。それは冒険者ギルドも鼻が高いじゃろうな」
「ああ。かくいうオレも、大きな借りを彼らにつくった。親父の治療もしてもらったし、頭が上がらないぜ」
「ふむ。儂が寝込んでいる間に、何かあったのか? 熱によって頭がボーッとしておったから、ここ数年のことはやや記憶が曖昧じゃ」
ディルム子爵の父親がそう言う。
彼が元気であれば、息子の異変にも気づけたのかもしれない。
「近いうちに話そう。しばらくは病み上がりだし、無理はするな。今日はまた寝ておけ」
「儂は元気じゃ! ……と言いたいところじゃが、まあ言う通りにしておくか。また見舞いに来いよ。そして、ありがとうな。お2人さん」
ディルム子爵の父親がそう言って、俺とアイリスに頭を下げる。
「いえいえ。どういたしまして」
「無事に治ったようでよかったよ。また様子を見にくるね」
「よろしく頼む。もちろん、オレも毎日くるぜ」
俺、アイリス、ディルム子爵はそう言う。
そして、ディルム子爵の父親の部屋から退出した。
無事に治療できて、よかった。
くくく。
お礼をもらうのが楽しみだぜ。
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