254話 レッド・ホット・チリ・祭り

 ディルム子爵領の街での治療回りや復旧作業はひと段落した。

俺たちミリオンズ、それにドレッドとジークで、ウォルフ村に帰ってきた。

ウォルフ村で何やら祭りが開催されるそうなのだ。


「ふふん。いよいよ、祭りの日が近づいてきたわね」

「その祭りだが、いったいどんな祭りなんだ? 確か、レッドホットチリ祭りだったか」

「難しく考える必要はないわ。辛くておいしい食べ物をたくさん食べるだけよ」


 ユナがそう言う。

なるほど。

そういえば、この村に滞在している間に出された料理は、辛いものが多かった。

激辛というほどではなかったが。


「おう。俺も腹いっぱい食うぜ」

「…………もうそんな時期か」


 ドレッドとジークがそう言う。


「ふふん。そういうわけで、当日はたくさん食べましょうね」

「わかった。楽しみだな」

「私も楽しみだよ。辛い料理は、私のレパートリーにあまりないからね」


 モニカがそう言う。

彼女は料理人だ。

彼女がミリオンズに加入してあちこちを旅している目的は、世界各地の料理を味わって調理法を学ぶことだ。

ミティの故郷であるガロル村では、豪快な肉料理や餅を学んでいた。

ユナの故郷であるここウォルフ村では、スパイシーな料理を学ぼうといったところだろう。


 俺も辛い料理はそこそこ好きだ。

辛すぎる料理は苦手だが。

ピリ辛くらいならおいしく食べられる。

ぜひともモニカにはウォルフ村の料理をマスターしてもらいたい。

そして、今後もおいしい料理を提供してほしいところだ。



●●●



 レッドホットチリ祭りの当日になった。

ウォルフ村の中央広場にて、たくさんの料理がつくられている。

屋台通りのような感じだ。

もとは人口100人もいないぐらいの村なので、大賑わいというほどでもないが。

それなりに賑わっている。


 加えて、今回の祭りではディルム子爵領からの観光客がチラホラと参加しているようだ。

ディルム子爵、シトニ、護衛のジャンベス。

アカツキ総隊長、ガーネット隊長。

冒険者のウィリアム、ニュー、イル。

それに、見覚えのある兵士たちや、民間人も何人か来ている。


「ふふん。これがウォルフ村の名物。カレーよ!」


 ユナがそう言って、俺たちを屋台の1つに案内する。

大きな鍋の中で、茶色のドロっとした液体が煮込まれている。

確かに、カレーのような料理だ。

俺の異世界言語のスキルにより”カレー”と翻訳されているが、実際には”カレーのような料理”だ。

これはこれで、地球のカレーとは一味違った味わいがあるだろう。


「おお。香ばしい匂いだな」

「そうだねー。おいしそう」

「早く食べたいですね。肉は入っているのでしょうか」


 俺、アイリス、ミティがそう言う。

肉は……。

ちょっとだけ入っているようだ。

残念ながら大きな肉切れは入っていない。

ミティには残念だが。


「ええと。辛さを選べるみたいだね」

「そ、そうですね。1辛、2辛、3辛……。最大で10辛ですか」


 モニカとニムがそう言う。

屋台の前に張り紙がしてある。

1辛から10辛までを選べるようだ。


「ふふん。まあ、私たち赤狼族は辛いものを食べ慣れているから、5辛以上を選ぶ人が多いわ。でも、みんなは控えめにしておいたほうがいいかもしれないわね。1辛から5辛くらいにしたらどうかしら」


 ユナが俺たちにそうアドバイスする。


「そうだな……。まずは、3辛のものを1皿もらおうか。それをみんなで味見して、それぞれ好みの辛さを探ってみよう」

「ふふん。それもいいわね。わかったわ」


 俺の提案に、ユナがそう答える。

ユナが屋台の人に内容を伝える。

3辛のカレーが1皿用意され、俺たちに渡される。


「では……。味見していこう」


 俺、ミティ、アイリス、モニカ、ニム。

みんなで試食をしていく。


「か、辛い! ボクにはちょっときついかな? 水、水」


 アイリスがそう言う。

慌てて近くに用意されていた飲料水を飲み干す。


「確かに、結構辛いな。食べられないほどではないが……」


 俺はそう言う。

もう少し辛さが控えめだと、よりおいしく食べられそうだ。


「うーん。私にはピッタリぐらいかも」


 モニカがそう言う。

彼女は俺やアイリスよりも辛さに強いようだ。


「い、いい味ですね。もう少しだけ辛くてもいい気もしますが……」


 ニムがそう言う。

幼いのに、なかなかやりおる。


「私はもっと辛くてもだいじょうぶです。これぐらいでも悪くはありませんが」


 ミティがそう言う。

ユナを除いた俺たち5人の中では、ミティが一番辛さに強いということになる。


「ふふん。みんな、辛さの目安はわかったかしら? 2皿目はそれぞれ好きな辛さを選ぶといいわ」


 ユナがそう言う。

各自、好きな辛さのカレーを注文していく。


 それぞれが選んだ辛さを整理してみよう。

アイリス、1辛。

タカシ、2辛。

モニカ、3辛。

ニム、4辛。

ミティ、5辛。

ユナ、7辛。

こんな感じだ。


 アイリスと俺は、辛さに弱い。

モニカは標準的。

ニムとミティは、辛さに強い。

そしてこの村の生まれのユナは、特に辛さに強い。


「ユナは7辛か。すごいな」

「ふふん。別に、辛ければいいってもんでもないわよ。勝負しているわけじゃないしね」


 俺の言葉を受けて、ユナがそう言う。


「まあそれもそうか。しかし、ユナでも7辛なんだな。10辛とかだれが食べるんだ?」

「ふふん。10辛までいくと、もう根性や我慢の勝負になってしまうわね。おいしく食べられる人はあまりいないと思うわ。別に、人の味覚に文句を言うつもりはないけど……」


 ユナがそう言う。

確かに。

俺も日本にいたときに、カレーのチェーン店で最大辛さのカレーを注文して食べたことがある。

何とか食べきったものの、舌や胃の調子が悪くなり大変だった。

俺も千秋も共にダウンした。

なつかしい思い出だ。


「はいよー! 毎年恒例の10辛チャレンジをするぞ! 参加者は並んでくれ!」


 屋台の人がそう言う。

10辛チャレンジか。

興味がないこともないが、無理はしないでおくか。


 スキルで味覚強化を取得すれば、10辛でも平気になる可能性はある。

味覚強化は、細かな味の変化がわかるようになるだけではなく、刺激の強い味に対する耐性もおそらく増すだろう。


 この推測に根拠はある。

俺が以前取得した、視力強化と聴覚強化だ。

視力強化は遠くを見る能力や動体視力が向上するだけではなく、眩しさに対する耐性や、眼球の物理的な耐性なども向上している。

そして聴覚強化は小さな音でも聞こえるようになるだけではなく、大きな音に対する耐性なども向上しているのだ。


「おう。俺は参加するぜ!」

「……私も参加する。辛いのは好き……」


 ドレッドとクトナがそう言う。

ウォルフ村の住民だけあって、辛いものが好きなようだ。

他にも数人の村人が参加する。


「このアカツキも参加するぞ! 総隊長の誇りにかけて、負けられん」

「ははははは! 私も、隊長としての意地を見せてやろう」


 アカツキ総隊長とガーネット隊長がそう言う。

ディルム子爵領からの観光客としての参加だ。


「ふっ。偉大なるウィリアム様に不可能はない。ウィリアム様。私めが代わりに挑戦致します」

「むっ! タカシ様。あんな女に負けてられません。私も出ます!」


 ニューとミティがそう言う。

なぜ張り合う。

ともにキメラを倒した仲じゃないか。


「ああ。応援しているぞ。ミティ」


 まあ、武力じゃなくて辛いもの勝負だし、止める必要もない。


 それにしても、なかなかのチャレンジャーたちだ。

ユナでさえ避けた10辛に挑戦するとは。


 ドレッド、クトナ。

アカツキ、ガーネット。

ニュー、ミティ。

それに、ウォルフ村の村人たち数人。


 彼らが10辛のカレーを受け取る。

まずはドレッドとクトナがカレーをスプーンでひとすくいし、口に運ぶ。


「おう! 相変わらず辛ェな。だがこの辛さがいいぜ」

「……おいしい。絶品……」


 ドレッドとクトナがそう言う。

俺には3辛でも少し辛かったのだが。

彼らはどんな味覚をしているんだ。


「か、辛い! 辛すぎる! 水、水ー!」


 ガーネットがそう言ってのたうち回る。

彼女はリタイアだ。

彼女の味覚は俺やモニカあたりと同じくらいなのかもしれない。

なぜ無理に挑戦した。


「う、嘘だろ……。ガーネット隊長がリタイアするなんて」


 見物していたディルム子爵領からの観光客たちが動揺してそう言う。

アカツキやガーネットの配下の兵士たちだ。


「うろたえるな!」


 アカツキが兵士たちを一喝する。


「このアカツキがいる限り我々の敗北はありえない」


 アカツキが堂々とそう宣言する。

自信に満ち溢れた言葉だ。


「いくぞお! ふんっ!」


 アカツキが勢いよくカレーを口に運ぶ。

そして。


「ぶほおっ! か、辛すぎる! 水、水ー!」


 アカツキがそう言ってのたうち回る。

ガーネットと同じ反応じゃねえか。

カッコつけていた分、落差がひどい。


「……ふっ。こ、これしきのもの、私にかかれば……」


 ニューがそう言う。

ガーネットやアカツキの惨状を見て、ビビっているようだ。


「……私も負けません!」


 ミティがそう言う。

彼女もビビっているようだ。

無理しなくていいんだぞ。


「いざ!」

「むんっ!」


 ニューとミティが意を決したような表情で、カレーを口に運ぶ。

そして。


「……ふっ」

「うっ」


 ニューとミティがそう言って、倒れ込む。

おい。


「ふん。情けないぞ、ニュー」

「はっ。も、申し訳ありません。実は私めは、辛いものが苦手なのです。ウィリアム様の顔に泥を塗ってしまいました……」

「軟弱者め。貸せ。残りは俺が食ってやる」


 ウィリアムがそう言って、残りのカレーを食べ始める。

辛そうな顔はしているが、倒れ込んだりはしていない。

さすがは特別表彰者。

辛さへの耐性もあるようだ。

……関係あるか?


 おっと。

それはそれとして、ミティだ。

俺はミティに駆け寄る。


「ミティ。だいじょうぶか?」

「タカシ様。すみません。つい、無理をしてしまいました」

「案ずるな。残りは俺が食ってやるさ」


 俺はそう言う。

ミティが残したカレーを食べ始める。

本当は食べるつもりはなかったが、ウィリアムがニューの残りを食べているからな。

負けてられん。


「ふん。ぬおおおお……!」

「くっ。ぐおおおお……!」


 ウィリアムと俺。

2人で競い合うように激辛カレーを食べ進めていく。

そして。


「ふん。く、食ったぞ……」

「げふっ。燃え尽きたぜ、真っ白にな……」


 ウィリアムと俺は、なんとか激辛カレーを食べ終えて、倒れ込む。

ミティの夫として、いいところを見せることができた……ような気がする。


「シトニちゃん。あーん」

「ディカルさん。あーん」


 倒れ込む俺とウィリアムの横では、ディルム子爵とシトニがお互いに食べさせ合っている。

彼らは10辛チャレンジには参加していない。

適度な辛さのカレーをおいしく食べているのだろう。

それにしても、ラブラブだな。

見せつけやがって。


 そんな感じで、レッドホットチリ祭りは進行していった。

しばらくして俺やウィリアムもダウンから回復し、その後はいろいろな料理をピリ辛ぐらいで楽しんだ。

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