252話 ディルム子爵とシトニの婚約

 ディルム子爵を俺とアイリスの聖魔法で浄化した。

彼を研究所の地下から地上にまで運ぶ。


 地上で待機していたクトナ、ウォルフ村の戦士たち、それにアルカ、ガーネット、オウキらと合流する。

アルカはキメラのテイムに成功したそうだ。

キメラの姿がない。

くまっちなどと同じように、今は異空間で待機してもらっているとのことだ。


 しばらくして、ディルム子爵は無事に目を覚ました。


「……む? ここは……?」


「お目覚めになられましたか、ディルム様」


 ディルム子爵に、シエスタがそう言う。

ちなみにシエスタも闇の瘴気により少し精神が汚染されていた。

俺の聖魔法により、彼も浄化済みである。


 ディルム子爵が立ち上がり、あたりを見回す。

あたりにはキメラによって壊された家屋がある。


「これは、いったい何事だ? 賊が侵入したのか?」


 ディルム子爵がそう言う。

いや、この惨状はディルム子爵のせいなのだが。

記憶が曖昧なようだ。

バルダインやカトレアも、やや記憶が混濁していたしな。


「ディルム様。恐れ多くも、この惨状は……」


 シエスタが言いにくそうにそう言う。

記憶が曖昧な主人に対して、”これはお前のせいだぞ”と言うのは心苦しいだろう。


「いや、待て。……思い出してきた」


 ディルム子爵がそう言う。

混濁した記憶を整理しているようだ。

闇の瘴気は、人の負の感情を増幅し、暴走させる効力を持つ。

完全に別人格となってしまうわけではない。


 ディルム子爵が記憶を整理しつつ、あらためてあたりを見回す。


「オ、オレは、取り返しのつかないことを……」


 ディルム子爵がそう言って、膝から崩れ落ちる。


「ウォルフ村との友好関係を破壊し、領軍を私利私欲のために動かし、最愛のシトニちゃんを誘拐して傷つけ。極めつけに、開発途中であったキメラを暴走させた。この街の壊れ具合……。いったい、どれほどの民の命が失われ、どれほどの民の涙が流れたというのか……」


 ディルム子爵がずいぶんと殊勝なことを言っている。

そう言うぐらいなら最初からしなければいいのに、と言いたいところだが。


 センによる闇魔法の影響なので、仕方のない面もある。

これほど民を想っている領主を暴走させるとは、やはり彼女の闇魔法は強力だ。

オーガの族長であるバルダインやハーピィの族長であるナスタシアでさえ、強い影響を受けていたしな。


「ふん。人的被害なら心配いらんぞ。なあ? アカツキ総隊長」


「ああ。……今のところ、民間人にも領軍にも死者は出ておりません。ケガ人はたくさんおりますが……」


 ウィリアムとアカツキがそう言う。


「……うむ。不幸中の幸いだな。領軍の治療魔法士を治療にあたらせてくれ」


 ディルム子爵が気を取り直し、アカツキにそう指示を出す。


「はっ! 承知しました」


「俺たちも手伝いましょう。なあ? アイリス」


「そうだね。任せてよ」


 俺とアイリスはそう言う。


「お、おお。ありがとう。君たちのことは覚えているぞ。ミリオンズのタカシ君だね。それに、パーティメンバーのアイリス君」


 ディルム子爵がそう言う。


「ふふん。それはそうと、私たちの仲間はちゃんと返してくれるのでしょうね。この2人……シトニとクトナのことよ」


「も、もちろんだとも。借金のカタとはいえ、強制的に奴隷として徴収することはウェンティア王国法に違反している。ウォルフ村はウェンティア王国に属してはいないが、王家にバレれば厳重注意を受ける可能性が高い」


 ディルム子爵がそう言う。


 なるほど。

サザリアナ王国だけではなく、このウェンティア王国もなかなかしっかりとした法体制があるようだ。

心配して損した。

全ては闇の瘴気のせいということか。


「ふふん。それだけかしら?」


「う……。ウォルフ村に貸していた金は不問としよう。加えて、謝罪金としていくばくか支払おう。それで何とか……」


「ふふん。それでいいでしょう。後日、村長たちも含めて正式な話をしましょう」


 ユナがそう締めくくる。


 これで一件落着だな。

死者はなし。

ケガ人はいるが、領軍の治療魔法士や俺、アイリスにより治療する。


 家屋の被害についてはがんばって修復してもらうしかない。

さほど広範囲ではないし、みんなで協力すればなんとかなる範囲だろう。

そして、ウォルフ村の金銭問題もなくなりそうだ。


「あとは……。ことの後始末が終われば、オレは責任を取ろう。王家から何らかの処分が下されるはずだ」


「ふん。宰相には俺が説明しておいてやる。闇の瘴気の影響もあるし、爵位返上までの処分はないと思うぜ」


 ウィリアムがそう言う。

確かに、闇の瘴気の影響であれば仕方ない面もある。

自分から闇の瘴気を集めたのであればともかく、だれかに陥れられた場合は情状酌量の余地が十分にある。


「ううむ。それなら、正直ありがたい気持ちもあるが……。同時に、申し訳ない気持ちでいっぱいでもある。街の者たちには後ほど正式に謝罪しなくては」


 ディルム子爵がそう言う。

ひと呼吸おいて、彼が言葉を続ける。


「そして……。シトニちゃん。ムリヤリ連れ去ってすまなかった。怖い思いをさせてしまっただろう。村に帰って平和に過ごすといい。もう2度と、ウォルフ村に手は出さないと誓おう」


 ディルム子爵がそう言って、シトニに頭を下げる。

2度と手は出さないとは言っても、それは闇の瘴気がなければの話だ。

また闇の瘴気にあてられないとも限らない。

何か対策を考えたほうがいいかもしれないな。

まあ、センも目的の紅蓮の水晶は盗み出したので、もうディルム子爵領やウォルフ村に用はないかもしれないが。


「えっ。私を好きだと言ってくれたのは嘘だったのですか? ディカルさん」


 シトニがそう言う。

何やらショックを受けている様子だ。


「いや……。もちろん嘘ではない。闇の瘴気の影響下であれ、あのときの言葉は本心だとも」


「では……。帰れなどとおっしゃらないでください。私をここに置いてください」


「し、しかし……」


 シトニの言葉に、ディルム子爵がたじろぐ。

少し意外だな。

シトニのほうが積極的だとは。

ディルム子爵にさらわれたことはまんざらでもなかったのか。

さっきの聖魔法をかけている最中にも、情熱的なキスをしていたしな。


「ふむ。ディルム様。きっかけはどうあれ、こうして相思相愛の仲となったのです。ご自身の気持ちに正直になられてはいかがでしょうか」


「ふん。それに、ウォルフ村との交友関係は王家も歓迎するはずだ。相手が村長の娘などではない一般の村人なのは少し残念だが……。まあ問題あるまい」


 シエスタとウィリアムがそう言う。


「そ、そうか。それもそうだな。よし、オレも男だ。被害が出た直後に不謹慎かもしれないが、決めさせてもらおう」


 ディルム子爵がそう言って、キリッとした顔つきになる。

シトニに対して正面から向き合う。


「シトニちゃん。オレと結婚しよう。もしかしたら爵位返上となってしまうかもしれないが……。がんばって働いて、君を幸せにすると誓う」


 ディルム子爵がそう言って、シトニの前に手を差し出す。


「ありがとうございます。喜んでお受けします」


 シトニが嬉しそうな顔で、ディルム子爵の手をとる。

これで結ばれた。

両思いだ。


 エンd……。

いや待て。

思わず歌いたくなったが、これ以上はマズイ。

歌詞の無断使用は取り締まりがとても厳しいからな。

……何の話だ?


 話が逸れた。


「おめでとう」

「おめでとうございます」


 ディルム子爵とシトニの両思いを祝福し、みんなで拍手をする。

俺、ユナ、ミティ、アイリス、モニカ、ニム。

シトニの妹のクトナ。

ドレッド、ジーク。

ウィリアムに、彼のパーティメンバーのニューとイル。

シエスタ、ジャンベス。

アカツキ総隊長、ガーネット隊長、オウキ隊長。

ウォルフ村の戦士たち。

みんなほほえましいものを見る顔をしている。


「……シトニ姉さん。おめでとう……」


「ありがとうございます。クトナ」


 妹のクトナからの祝福の言葉に、シトニがそう返す。


「静かになったかと思ってきてみれば……」

「よくわからんが、ディルム様が婚約されたみたいだ」

「とりあえず祝福しようぜ!」


 いつの間にか住民たちが戻ってきていたようだ。

キメラを倒したことにより、静かになったしな。


「「「ディルム様ー! 婚約おめでとうございまーす!」」」


 住民たちがそう叫ぶ。

ディルム子爵は、なかなかの人気者のようだ。

まあかつては民想いの良き貴族だったらしいからな。

ここ数年は闇の瘴気の影響で様子がおかしかったらしいが、それだけですぐに好感度が失墜するほどでもなかったといったところか。


「う、うむ! 皆のもの、ありがとう!」


 ディルム子爵がそう返答する。

少し顔が引きつっている。


 闇の瘴気の影響とはいえ、家屋が壊れまくっているこの惨状は彼のせいだ。

そのことを告げないまま祝福だけもらえば、気まずい気持ちにもなるだろう。

このあたりは、今後いい感じに告知と謝罪をする必要があるだろう。

バランス感覚は非常に難しいだろうが、ディルム子爵にはがんばってもらうしかない。


 俺?

俺はそういう繊細な判断はまったくできない。

残念ながら力は貸せない。

せめてケガ人の治療や街の復旧作業を全力で手伝い、住民たちの不満を少しでも減らせるように努力しよう。

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