251話 ディルム子爵の浄化

 シトニとクトナを救出した。

まあ救出とはいっても、彼女たちは部屋でまったりしていただけだが。


 彼女たちの無事が確認できた以上、アカツキ総隊長やウィリアムたちを過剰に敵視する必要はないだろう。

彼らも、もはや俺たちミリオンズやウォルフ村に対して手を出すつもりはないようだしな。

これで一件落着だ。


 ……いや。

肝心な人物を忘れていた。

ディルム子爵だ。

彼が今回の件の首謀者だ。


「ディルム子爵の様子が気になるな。様子を見に行こうか」


「そうだね。あのセンとかいう女がいたということは、バルダイン陛下と同じように闇魔法をかけられているかもしれないしね」


 アイリスがそう言う。


「うむ。ディルム子爵のところへは、ウィリアム君やジャンベス殿が先に向かっていった。あそこにある建物だ。俺が案内しよう」


 アカツキの案内のもと、俺たちミリオンズは移動を始める。

領主邸の本館ではなく、離れだ。

シトニもディルム子爵の様子が気になるそうで、付いてきている。

クトナと村の戦士たちは、建物の外で待機だ。


 建物の中に入る。

何かの研究施設のようだ。

近くに人の気配はない。


「タカシ。地下のほうから、人の声が聞こえるよ」


 モニカの言葉を受けて、俺は地下のほうに意識を集中する。


「……確かにそうだな。地下にだれかいるようだ」


 俺もモニカも聴覚強化レベル1を取得している。

スキルレベルとしては同格だ。

しかし、彼女は兎獣人である。

生まれながら聴覚に優れている。

同じスキルであっても、生来の能力や努力によって優劣はつくのである。


「地下だと? この研究所に地下室があるとは知らなかったな……。もしや、そこで先ほどのキメラが研究されていたのか……?」


 アカツキがそう言って思案顔になる。

みんなで地下室への階段を見つけ、降りていく。

キメラが通った跡だろう。

階段や部屋の壁が半壊している。

足場に気をつけつつ、声がする方へと歩みを進めていく。


 大部屋へと出た。

部屋の中には、人が6人いた。

ディルム子爵、シエスタ、ジャンベス。

ウィリアム、ニュー、そして見覚えのない少女だ。


「ふん。お前のキメラは俺たちが撃破した。もう諦めな」


「オレのキメラが負けただと!? ふざけるな! オレがこの街で一番偉いんだぞ! だれもオレに逆らうな!」


「……っ! 暴れないで!」


 暴れるディルム子爵を、少女が抑えている。

ニューとジャンベスがそれを手伝っている。


「ディルム様……。いったいどうしてしまわれたのか……。確かに、最近は様子がおかしいとは思っていたが……」


 シエスタはそう言って、オロオロしている。


「ニュー、イル、ジャンベス。そのまま抑えていろよ。対応策を考える」


 ウィリアムがそう言って、思案顔となる。

俺が初めて見るあの少女は、イルという名前のようだ。


 ディルム子爵の目は、黒いモヤがかかったような状態だ。

オーガの族長であるバルダインや、ミティの幼なじみであるカトレアと同じような目をしている。


「これは……。闇の瘴気にあてられているみたいだな」


「そうだね。ただ、人為的なものか、魔物によるものかはわからない。たぶん、さっきのセンとかいう女の闇魔法だろうけど」


 アイリスがそう言う。

闇の瘴気により精神を汚染される原因は、大きく2つある。

バルダインやナスタシアのように、悪意を持った人から闇魔法をかけられること。

もしくは、カトレアのように魔物から闇の瘴気を伝染させられることだ。


「ふん。ディルム子爵は、かつては立派な貴族だった。俺も世話になったことがある。変わったのはここ数年のことだ」


 ウィリアムが俺たちに気づき、そう言う。

数年前というと、ウォルフ村が借金の返済を催促され始めた頃と一致する。


「ああ。先ほどのセンという女が元凶と考えるのが自然だろう。ディルム様の精神を汚染して、紅蓮の水晶を盗み出すのが目的だったのだ」


 アカツキがそう言う。

確かに、そう考えるとつじつまが合う。


「なるほどな。いずれにせよ、闇に瘴気は祓う必要があるな」


 俺はそう言う。

俺とアイリスの聖魔法の出番だ。


「ふん。俺が”支配”すれば、多少の改善はあるかもしれんが……。貴族を支配してしまうと、後が面倒だな。他に手立てがあるやつはいないか?」


「俺たちに任せてくれ。俺とアイリスは、中級の治療魔法を使える」


 俺はそう申し出る。


「ふん。さすが、特別表彰は伊達ではないということか。なかなかやるな」

「頼む。ディルム様を救ってくれ」


 ウィリアムとアカツキがそう言う。


「まずはディルム子爵をきっちり抑えよう」

「そうだね。まずはあの魔法だね」


 俺とアイリス。

2人で、息を合わせて聖魔法の詠唱を始める。


「「……聖なる鎖よ。敵を縛り、捕らえよ。セイクリッドチェーン!」」


 銀色に光り輝く鎖が現れ、ディルム子爵を縛り上げる。


「グアァッ! 何だ、コレハ!?」


 聖魔法レベル3のセイクリッドチェーンだ。

聖なる鎖で敵を縛る魔法である。

闇の強い相手ほど縛る力が増す。


 闇の瘴気にあてられている今のディルム子爵には、強い効果がある。

彼は完全に拘束され、その場に転がるように倒れる。

それを見たニュー、イル、ジャンベスは彼から少し距離をとる。


 そして、さらなる追撃だ。

俺とアイリス。

2人で、息を合わせて次の聖魔法の詠唱を始める。


「「……神の光よ。邪を滅ぼしたまえ。ホーリーシャイン」」


「グアアアアッ! ヤメロ! ヤメロォ! アアアアア!」


 ディルム子爵がそう叫ぶ。

聖魔法に苦しんでいる様子だ。


「うん? いつもよりもホーリーシャインの効果が増しているな?」


「あれ? 言ってなかったかな。セイクリッドチェーンは、聖魔法による浄化の効力を増幅させる効果があるんだよ」


 俺の言葉に、アイリスがそう答える。

聞いてない。

聞いてないよな?

自分の記憶力にあまり自信はないが、たぶん聞いていない気がする。


 しかし、セイクリッドチェーンによって効力の増したホーリーシャインでも、今のディルム子爵はなかなか浄化できないようだ。


「くっ。少し出力が足りないか……。どうする? アイリス」


「うーん。困ったねー。少しは瘴気を払えたから、日をあらためて再チャレンジするのもありだとは思うけど……」


 アイリスがそう言う。

とりあえず、MPが許す限りはホーリーシャインの発動を継続するか。

……ん?


「………………」


 シトニがディルム子爵のところに近づいていく。


「シトニ? 危ないわよ。下がっていたほうが……」


 ユナがそう注意の声をかける。

ディルム子爵は、セイクリッドチェーンによって拘束されている。

しかし何とか拘束を解こうと身じろぎしている。

危ないのは確かだろう。


「いえ。私にもできることがあると思いまして」


 ユナの注意を受けても、シトニは下がらない。

何をする気だ?


「シトニ! シトニィィ!」


 ディルム子爵がシトニを認識して、拘束を解こうとする力を増す。


「ディカルさん。お願いですから、正気を取り戻してください」


 シトニがディルム子爵のすぐ側にまで近づく。

そして、彼女がディルム子爵を抱擁する。


「ディカルさん……」


「シトニ。シトニ……」


 ディルム子爵の抵抗が収まっていく。


「ディカルさん。オオカミさんは好きですか?」


 シトニはそう言って。

ディルム子爵にキスをした。

え?

なぜこのタイミングで?


 しかし、結果的には効果があったようだ。

彼の抵抗がさらに収まっていく。

これが愛の力か。

シトニがディルム子爵のことをそれほど気に入っているとは知らなかったが。


「今がチャンスだ。一気に浄化するぞ!」


「オッケー!」


 俺とアイリスで、ホーリーシャインの出力をアップする。

大きな聖なる光が、ディルム子爵を包んでいく。


 ディルム子爵は、シトニとキスをしたまま安らかな顔で浄化の光を受け入れる。

そして。

黒いモヤのような塊が彼の体から飛び出し、霧散した。

彼が静かになる。


「……よし。これで闇の瘴気は浄化できたはずだ」

「やったね! タカシ」

「お疲れ様です。タカシ様」


 俺、アイリス、ミティがそう言う。

ユナ、モニカ、ニムもねぎらってくれる。


「ふん。見事な聖魔法だ。やるじゃねえか」

「そうだな。それほどの聖魔法は、領軍にもなかなかいない」

「……礼を言う。それで、ディルム様の容態は……」


 ウィリアム、アカツキ、ジャンベスがそう言う。

ディルム子爵はシトニが抱きかかえ、横になっている。

アイリスが静かになった彼の容態を確認する。


「うん。どうやら気絶しているだけみたいだね」


 アイリスがそう言う。

気絶しているのであれば、しばらくは目を覚まさないだろう。

ディルム子爵に初級の治療魔法をかけつつ、彼の目覚めを待つことにした。

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