231話 ディルム子爵 戦力を整える

 タカシたちがウォルフ村で防衛戦の準備をしている頃。

ウェンティア王国、ディルム子爵領。

屋敷にて、ディルム子爵が窓の外を眺めていた。


「くくく……。もうすぐで、ウォルフ村がオレのものになる」


 ディルム子爵がそうこぼす。

彼がニヤリと満足気に笑い、言葉を続ける。


「手始めに奴隷を1人もらい受ける。やつらがこの短期間で金貨500枚を用意していたのは予想外であったが……」


「そうですな。しかし、あれほどの強引な手段を用いてもよろしかったのでしょうか? 事実が広まりますと、隣のサザリアナ王国からの介入や、我らがウェンティア王国の王家からの忠告が入る可能性もありますが」


 傍らに控えている男がそう言う。

彼の名前はシエスタ。

ディルム子爵の側近である。

ウォルフ村では、ディルム子爵の意を汲み借金額の水増しを行った。


「くくく。あの村を手に入れさえすれば、どうとでもなるさ。赤狼族の獣人どもに、やつらが従えるレッドウルフ。まさに金のなる木よ」


「ふむ。それもそうですな」


 ディルム子爵の言葉に、シエスタはうなずく。


「さすがのやつらも、1週間で追加の金貨500枚は用意できまい。今度こそ、あの娘はオレのものだ」


 ディルム子爵が思い浮かべているのは、ウォルフ村の住民の1人であるシトニだ。

テイマー姉妹の姉のほう。

物腰の柔らかい少女である。


「しかし、おとなしく仲間を奴隷として差し出すでしょうか?」


「差し出さんだろうな。やつらの結束力はなかなかのものだ」


 シエスタの懸念の声に、ディルム子爵がそう答える。


「では、いかがなさいますか? 前回と同様、ジャンベス殿とアカツキ総隊長が同行すれば問題ないでしょうが……」


「いや、それだけでは足りん。赤狼族ではない者がいただろう? やつらのリーダーは、冒険者ギルドの特別表彰者だ。確か、”紅剣”のタカシ。パーティメンバーも強力だと聞いている。油断のできない相手だ」


「なるほど。だからこそ、あそこは引いたのですね。さすがの慧眼でございます」


「くくく。世辞はいい。前回以上の戦力を整える必要がある。雑兵は要らん。領軍から精鋭を集めておけ」


「はっ!」


 ディルム子爵の指示に、シエスタがうなずく。

ディルム子爵は、言うまでもなくディルム子爵領を治める貴族である。

領軍も従えている。


 近隣諸国や近隣領との関係は良好である。

そのため、魔物退治や治安維持が主な領軍の任務となっていた。

平和なのは悪いことではないが、ややなまっているのも事実だ。

実戦経験を取り戻すちょうどいい機会となるだろう。


「……もちろんお前もオレの護衛として来るんだぞ、ジャンベス」


「……承知した……」


 首輪をした大男がそう答える。

不服そうな雰囲気があるが、奴隷紋の影響により逆らうことは現実的ではない。


「それと……。シエスタ。冒険者ギルドにも依頼を出しておけ。護衛を募集中とな」


「冒険者ですか……。そこらの冒険者ですと、領軍の精鋭には劣りますが。かといって特別表彰者やBランク以上の冒険者は、なかなか捕まりませんし……」


 領軍と冒険者は、戦う目的や仮想敵が異なる。

単純な比較はできない。


 とはいっても、おおよその比較はできる。

領軍の一般兵は、Dランク冒険者もしくはCランク下位の冒険者と同程度である。

領軍の隊長クラスの精鋭は、Cランク冒険者上位以上の実力者となる。


 Bランク冒険者を雇えると、戦力として隊長クラスの活躍が期待できる。

しかし、Bランク冒険者は多忙で、気ままな者が多い。

なかなか捕まらない。

報酬もそれなりに必要だ。


「くくく。最近活躍しているビーストテイマーがいるだろう。あの、何という名前だったか……」


「”ビーストマスター”のアルカですね。確かに、彼女であれば領軍の精鋭にない能力を発揮できるかもしれません。声をかけておきましょう」


「それと……。ウィリアムの小僧がこの街に来ていたはずだ。やつにも声をかけておけ」


「はっ。しかし、彼は依頼を選ぶようですが……」


「駆け出しの頃に面倒を見てやった恩を返せと言っておけ。ダメでもともとだ」


「ははっ。承知しました」


 ディルム子爵の指示を受けて、シエスタが部屋を退出する。



●●●



 シエスタがディルム子爵から指示を受けて、数時間後。


「さて……。今動かせる人員は彼らだということだが……」


 シエスタは手元の資料に目を通す。

ディルム子爵の権限で動かせる戦力が整理されたものだ。

領軍のアカツキ総隊長に打診して、今動かせる戦力をまとめてもらったのだ。


「わずか19歳で隊長に抜擢された天才。東門警備隊のカザキ隊長」

「60歳にしていまだ現役。西門警備隊のダイア隊長」

「負け知らずの戦闘狂。南門警備隊のガーネット隊長」

「過去何度も死線をくぐり抜けてきた不死身の男。北門警備隊のオウキ隊長」


 シエスタは満足気に資料を読み進めていく。

ディルム子爵の意向もあり、各隊の隊長たちを連れて行くつもりだ。

その代わりに一般兵はあまり連れて行かない。

街の治安維持のため、ある程度の数は残していく必要があるのだ。


「そして極めつけにーー。ディルム子爵領にて最強との呼び声も高い。アカツキ総隊長」


 シエスタは資料を読み終える。


「みんな頼もしいな。勝てそうだ。彼らだけでも十分な気もするが、ディルム様の意向もある。次は冒険者ギルドにも手を打っておこう」


 シエスタはそうつぶやき、冒険者ギルドへの依頼内容を考え始める。

はたして、彼らは無事にウォルフ村を制圧できるのか。



●●●



 翌日。

ディルム子爵領の冒険者ギルドにて。


「アルカさん。あなたに指名依頼が来ています。何と、領主様からの指名依頼ですよ!」


「あはは。僕はそんなことに興味ないよー。めんどくさいなあ」


 テンションが高めの受付嬢に対して、アルカと呼ばれたほうは興味なさげにそう返答する。


「そうおっしゃらずに。特別表彰者のあなたに指名依頼を断られると、冒険者ギルドのメンツにもかかわってくるのです。何とぞ、依頼内容の確認だけでも……」


「あはは。わかったよ。聞くだけね」


 受付嬢の懇願に、アルカが折れる。


「ええと。”求む、護衛者。領軍の精鋭とともに、山道を歩くだけの簡単な護衛依頼です”。報酬額の割に、楽そうな依頼内容ですね」


「あはは。簡単な護衛依頼ねえ。そんなこと、適当な冒険者に頼めばいいじゃない。何だかうさん臭いなあ」


 アルカがそう言って怪しむ。

彼女は、伊達に特別表彰の対象となってはいない。

戦闘能力だけではなく、こういう問題ごとに対する嗅覚も優れていた。


「ええと。行き先は、ウォルフ村。レッドウルフとの戦闘の可能性あり……」


 受付嬢が、依頼内容を読み進める。


「レ、レッドウルフ!? へえ。そうかあ……!」


 アルカのテンションが突然上がる。

レッドウルフに大きな興味を示している。


「ど、どうしましたか? アルカさん」


「あはは。僕、その依頼を受けてみることにするよ。受注依頼を進めておいて」


「えっ。あ、ありがとうございます。承知しました」


 理由はよくわからないが、なにはともあれ依頼を受けてもらえた。

これで冒険者ギルドのメンツも保てるだろう。

受付嬢はほっと胸をなでおろし、依頼の処理を進めていく。



●●●



 アルカがディルム子爵の護衛依頼の受注を決めた頃。

ディルム子爵領のとある路地裏。

シエスタが路地裏の奥に足を進めていく。


「ウィリアム君。こちらにいましたか。探しましたよ」


「シエスタか。久しいな」


 シエスタが路地裏に立っている男に話しかける。

話しかけられた男はウィリアム。

特別表彰制度の対象となっている、優秀な冒険者である。


「お久しぶりです。しかし、こんなところで何を……?」


「ふん。知れたこと。新たな下僕を探していたまで。ついさっき、こいつを”支配”して、新たな下僕としたところだ」


 ウィリアムがそう言って、足元を見る。

彼の足元には、少女が這いつくばっていた。

痩せぎすの少女だ。


「……なるほど? まあ、悪どいことは控えてくださいね。私もかばいきれないこともありますので」


「ふん。当然だ。俺がそんなヘマをするかよ」


 シエスタの忠告を、ウィリアムが気にした様子はない。 


「さて。本題に入りましょう。ウィリアム君。ディルム子爵から、あなたに指名依頼があります」


「ふん。俺は人の指図は受けん。やることは自分で決める」


 シエスタの言葉に、ウィリアムは取り付く島もない。


「まあ、そう言わずに。君が駆け出しの頃、いろいろと便宜を図ってあげたではないですか。まずは内容を聞くだけでも」


「ふん……。聞くだけだぞ」


 シエスタの説得に、ウィリアムは渋々といった感じでそう答える。


「なに、指名依頼とはいっても、無理難題ではありません。念のための護衛依頼です。ウォルフ村という赤狼族の村へ、借金の取り立てにいくのです。場合によっては強制執行の可能性もあるので、武力が必要なのです」


「なに? 赤狼族だと……? あの高い戦闘能力で有名な」


「確かに、そのような話も聞いたことがあるような……」


「ふん。いいだろう。俺も同行してやろう。ことの成り行き次第では、俺も赤狼族の奴隷を調達してもいいんだよなあ?」


「ええと、はい。あまり無茶は通らないかと思いますが、条件さえ合えばそれも不可能ではないかと……」


「ふん。俺の支配にかかれば、条件など何とでもなる。これはいい戦力が手に入りそうだぜ」


 ウィリアムが上機嫌にそう言う。


「では、ウィリアム君も参加ということでお願いします。日程などは、あらためて連絡しますので。連絡がつく状態にはしておいてください」


「ふん。わかった」


「では、私はこれにて」


 シエスタは、そう言って去っていった。

路地裏に取り残されたのは、ウィリアム。

そして、彼の足元に這いつくばっている少女である。


「ふん。いつまでそうしているつもりだ? 立て。行くぞ」


「……は、はい……」


 少女が力なくそう答える。

空腹で力が出ないようだ。


「ふん。世話の焼けるガキが。仕方ねえな」


「ひっ!」


 ウィリアムが少女の手を引っ張る。

少女が怯えて手を引っ込めようとするが、冒険者であるウィリアムの腕力に敵うわけもない。

引っ張られるがままとなる。


「ふん。おらよっ!」


 ウィリアムがそう掛け声をあげたかと思うと、少女の体が持ち上がる。

少女は恐怖に目をつむる。


 しかし、少女は違和感を覚えた。

特に痛みなどはない。

恐る恐る目をあける。


「……え?」


 少女はウィリアムにおんぶされていた。

てっきりひどいことをされると思ったのに。

少女は状況を飲み込めず、目を白黒させる。


「まずはその汚え体を何とかするか……。いや、その前に食事か。ニューのやつに用意させよう」


 ウィリアムはそうつぶやきながら、歩みを進めていく。

彼の背中にはなすがまま連れて行かれる少女。

彼女の運命や、いかに。

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