222話 ユナの事情 赤狼族の隠れ里

 ユナ宛てに、ドレッドたちから手紙が届いた。

どうやら、無事に終わると思っていた用事に問題が発生したらしい。


 ユナから詳しい話を聞くため、俺たちの家に戻る。

リビングのソファに座る。

同席者は、俺、ユナ、ミティ、アイリス、モニカ、ニムだ。


「ふふん。さて、何から話そうかしら?」


「そうだな。ユナたちの隠れ里が、侵略されそうと言っていたな? 隠れ里というのは?」


「……私やドレッドは、ライカンスロープの末裔なのよ。赤狼族ね」


 ライカンスロープ。

いわゆる狼人間か。


「ラ、ライカンスロープの赤狼族ですか。聞いたことがあります。わたしたち犬獣人と近い種族らしいですが、戦闘能力に秀でた少数種族だとか」


 ニムがそう言う。

彼女は犬獣人だ。

通常の犬獣人はさほどめずらしくはない。

ラーグの街やゾルフ砦でも、ちらほらと見かける。


「そうなのか。しかし、ユナがライカンスロープ? 見た目は人族のように見えるが」


「ふふん。末裔って言ったでしょ。血が薄まっているから、だいぶ人族寄りになっているわよ」


 ユナがそう言う。


「なるほど。しかしそれなら、わざわざ隠れる必要もないのでは? 人族に混ざって暮せばいいだろう。現に、ユナやドレッドたちは冒険者として活動していたわけだし」


「ふふん。それがそうもいかないのよ。耳や歯とか、少しは特徴が残っている人が多いからね。私たちはかつて戦闘種族として名を馳せた。奴隷狩りに狙われる危険があるの。私やドレッドは、比較的人族に近い容貌だったから、出稼ぎ要因として活動していたのよ」


 ふうむ。

なるほど。

この世界の治安は結構いいと思っていたが、やはり治安が悪い地域もあるようだ。

奴隷狩りがあるとはな。


「その、出稼ぎというのは?」


「村の借金を返すための出稼ぎよ。隣接するウェンティア王国のディルム子爵から、ずっと昔にお金を借りたことがあるのよ。長い間返済を猶予してくれていたのに、数年前から突然返済を催促され始めたの」


「なるほど」


 数年前から突然か。

何かきっかけがあったのだろうか。


「幸い、ホワイトタイガーやゾルフ砦の戦いで稼げたし、意気揚々と村に戻って借金返済の手続きを始めたの。ひと段落したから、私だけ先にラーグの街に戻ってきたというわけ」


「そういうことか。それで、そろそろドレッドたちもラーグの街に来る頃かと思いきや、そうじゃなかったと」


「そうね。手紙には、法外な利息を追加されて、返済金が足りなくなったと書かれているわ」


「法外な利息か。不足分は、いくらくらいなんだ?」


「金貨500枚と書いてあるわ」


 金貨500枚か。

今の俺たちの貯金なら、ギリギリ出せる額だ。

パーティ資金なので、みんなの同意は必要だが。


「みんな。どう思う?」


「お金で解決できるのであれば、私は構わないです!」


「ボクもいいよ。お金は困っている人を助けるために使おうと決めていたから」


 ミティとアイリスがそう言う。

彼女たちは金銭欲があまりないし、そう言ってくれるだろうと思っていた。


「うん。私もいいよ。お父さんに仕送りする分は、別にもらっているしね」


「わ、わたしもだいじょうぶです。またどんどん稼いでいきましょう!」


 モニカとニムがそう言う。

ニムは、いろいろと苦労してきた反動か、金銭感覚が厳しい。

そのニムの同意を得ることができた。


「ユナ。そういうわけだ。俺たちの資金を貸そう。もちろん、金銭以外でも手伝えることは手伝う。村まで同行しよう」


「あ、ありがとう。本当に助かるわ」


 ユナが感動してくれているようだ。

彼女の忠義度を確認してみる。

40を超えている。


 ここしばらくともに行動し、俺の実力は知ってもらっている。

それに加えて、金貨500枚という大金を気前よく貸そうとしているわけだからな。

忠義度が上がって当然とも言えるだろう。


 忠義度稼ぎは順調だ。

まあ、忠義度は別としてもユナが困っていたら助けただろうが。


「となると、急いで向かったほうがいいな。護衛依頼を受けるのではなく、ハルクさんからもらった馬車で移動しよう」


「ふふん。御者は私に任せてちょうだい。大金を貸してもらえるわけだし、これぐらいはね」


「もちろん、ボクも途中で代わるよ」


「わ、わたしもがんばります!」


 今は夕方だ。

さすがに出発は明日の朝にすることになった。


 今日のうちに、旅の準備を済ませておく。

とはいっても、俺には収納量の大きなアイテムルームがある。

ミティにはアイテムバッグもあるしな。


 持ち物をそれほど厳選する必要はない。

とりあえず要るかもしれないものは適当に突っ込んでおけば間違いがない。

今までもそうしてきた。


 さて。

明日の出発に備えて、早めに寝ることにしよう。

ユナの故郷であるウォルフ村。

ユナを助けるためにも、しっかりと気を引き締めておかないとな。



●●●



 タカシたちが旅支度を整えている頃。

ウォルフ村に隣接するディルム子爵領。

領主の屋敷にて、1人の男が笑っていた。


「くくく。すべては計画通り……」


 ディルム子爵だ。

年齢は30代。

彼はイスに座り、上機嫌そうに窓の外を眺めている。


「うふふ。満足いただけましたか? ディルム子爵」


 闇の中から、1人の妖艶な女が姿を表す。

闇に溶けるような漆黒の服をまとった女だ。


「センか。お主の助言通りに事を進めておるぞ。これであの村はオレのものだ」


「うふふ。油断なされませんよう。万全を期しましょう」


「くくく。そう心配せずとも、次の期限までわずか1か月足らず。この短期間で、金貨500枚も用意できるはずがなかろう。不足分の現物徴収として、村の権限や奴隷を回収していく。完璧な計画だよ」


 ディルム子爵がそう言う。


「それはそうですが……。いざとなれば抵抗にあう可能性も高いですわよ? 彼らは戦闘種族ですので」


「抵抗すれば武力行使するまで。我が領軍には優秀な隊長たちがいる。それに、オレの護衛としてもこやつがいる。なあ? ジャンベス」


「……ああ。護衛は俺に任せておけ……」


 ジャンベスと呼ばれた男がそう返事をする。

2mを超える大男だ。

彼には奴隷用の首輪がはめられている。


「まあいいでしょう。わたくしはしばらく様子を見させていただきます。……それでは」


 センはそう言って、闇の中へと姿を消した。


「ふん。心配性な女め。全てをオレに任せておけば、万事がうまくいく。心配ないさ」


 ディルム子爵はそう言って、不敵にほほえむ。

彼の企みがうまくいくのかどうか。

タカシたちはそれを阻止することができるのか。


 空には暗雲が垂れ込み始めていた。

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