212話 アイリスとの結婚式 後編 聖歌斉唱とブーケトス

 結婚式の続きだ。

次は聖歌斉唱を行う。


 俺たちも事前に練習したことがある。

聖歌とは言ってもさほど格式張ったものではなく、そこそこノリのいい歌だ。

聖歌はいくつかあり、その中でもアイリスが好きな曲を選定したそうだ。


 曲の前奏が始まろうとしている。

厳かな雰囲気になりつつある。


 演奏者はこの街出身の人だ。

エドワード司祭の指導により、この曲の演奏が可能となっている。

まあ、楽器自体はもとから扱えたのだろうが。


 曲の前奏が始まる。

チャララー。

チャララ、チャッチャッ、チャラーラー。



曲名:2人いっしょにどこまでも

作詞:メリダル=ローズ

作曲:オルフ=ルシェド


僕らはこの世界に生まれ

僕らはこの世界で生きてきたんだ


僕らはこの世界を愛し

僕らはこの世界に愛されてきたんだ


僕らはこれからともに生きていく

2人いっしょにどこまでも


たとえ不安なときがあっても

たとえ怖くなるときがあっても

すぐそばに君がいる


大丈夫さ

ともに生きていこう

互いを信じて


どんな困難が立ちふさがっても

どんな災いが降りかかろうとも

僕らには見守ってくれる方がいる


僕らの聖ミリア様

僕らの聖アリア様

僕らの未来にどうか祝福を


ああ聖ミリア様

ああ聖アリア様

2人いっしょにどこまでも



 ……………………。

…………。

……。


 ふう。

何とか鬼門の歌を乗り切ったぞ。


 いや、別にこの聖歌がどうこうではなく。

俺が音痴気味だから不安だったのだ。

音痴が大声で歌って場の雰囲気を壊すのが怖い。

逆に露骨な口パクだと、アイリスやエドワード司祭に白い目で見られるかもしれない。

ほどほどの声量で、何とか乗り切れたように思う。


 会場から厳かな雰囲気がなくなり、リラックスした雰囲気に変わっていく。


「ふふっ。タカシ、かなり緊張していたんじゃない? ボクにまで緊張が伝わってきたよ」


「そ、そうだな。歌は少し苦手でな」


「そう? 別に普通にうまかったと思うけどな」


 アイリスがそう言う。

確かに、自分で思っていたよりは歌えた。

チートの恩恵やこれまでの鍛錬により、肺活量が鍛えられたおかげかもしれない。


 俺たちミリオンズの歌のうまさをランク付けてみよう。

俺<ニム≦ミティ<<モニカ<アイリスといった感じになる。


 ニムとミティは、今まであまり歌を歌う機会がなかったそうだ。

経験不足により、やや歌がヘタだ。

まあ俺よりはうまいが。

今後経験を積めば、さらに上達していくだろう。


 モニカはラビット亭でたまに歌う機会があったらしい。

アイリスは、聖歌斉唱の練習を昔はよく行っていたそうだ。


 俺たちミリオンズ以外だと、エドワード司祭が特にうまかった。

まあ司祭だし、聖歌の練習もたくさん積んでいるのだろうが。

棒術、格闘術、治療魔法、歌唱術。

彼はかなりハイスペックな人だ。


 その後も順調に式が進行していく。

終わりが近づいてきた。


 次はブーケトスだ。

花束を受け取った人は、次に結婚できると言われている。

地球やガロル村と同じような風習だ。

白熱した争いが起きるかもしれない。



●●●



 俺とアイリス、それに来賓のみんなと式場の外に出る。

アイリスが花束を構える。

少し離れたところで、未婚の女性陣が花束を取りに行くために待機する。

俺や他の不参加者は、さらに少し離れたところでブーケトスを見守る。


 今回のブーケの争奪戦は、倍率が低めだ。

ミティは結婚済みなので不参加。

モニカは前回取ったので不参加。


 参加するのは、ニムとマリア。

それにカタリーナとエルメア。

この4人だけだ。


 マリア以外の3人はなかなかの闘志を目に宿らせている。

マリアは面白半分に参加しているだけだろう。

六武衆のフェイは参加しないようだ。

ディークとの仲を進展させなくていいのか?


「じゃあ、いくよ! せいっ!」


 アイリスがブーケを勢いよく放り投げる。

彼女の腕力はかなり強い。

ブーケが空高く舞い上がった。

落ちてくるまで多少の時間がかかるだろう。


 彼女は器用さを伸ばしているし、コントロールは正確だ。

ほぼ真っすぐ上方向に投げられている。

とはいえ、さすがにこれだけの高さまで上がると、ある程度の位置ずれはある。


 だれが落下地点を陣取るかの勝負になる。

落下地点を見極め、すばやく陣取っておけば有利だ。


 また、陣取った後にそこを死守する能力も必要だ。

身体能力や体格が重要となる。

背が高いほうが若干有利だろう。

バスケットボールのリバウンドみたいなイメージだ。


「小娘どもには渡さないわよ! ブーケは私がもらうわ!」


「いいえ、私が!」


 さっそく、カタリーナとエルメアが落下予想地点に向かってダッシュする。

2人とも必死だ。


 さて。

先行する2人を見ても慌てず騒がず、ニムは動いていない。

彼女がロックアーマーを発動させる。

走り出す。


「クレイ・パンク!」


 ニムが粘土の鎧をまとった状態で、カタリーナとエルメアに体当たりをする。

そのままグイグイ押していく。


「嘘でしょ!? こんな子どもに私が力負けするなんて」


「ひゃああっ」


 カタリーナとエルメアは、ニムの行進を止められない。

彼女は加護の恩恵に加えて、腕力強化や脚力強化も伸ばしているからな。

生半可な身体能力では止められないだろう。

ガロル村でも似たような光景が見られた。

猪突猛進、猪突猛進!


 ニムは、そのままカタリーナとエルメアをブーケの落下予想地点から押し出した。

これは、彼女が優勢か。

ガロル村のときは、モニカ、アイリス、セリナのジャンプにより、ニムがブーケを取ることは難しかった。

しかし、今はその3人がいない。

モニカは辞退しているし、アイリスはブーケを投げた本人だし、セリナはこの街にいない。


「ふふふ。つ、ついにわたしの時代です! ブーケはもらいます!」


 ニムがそう勝利宣言をする。

しかし。


『えへへっ。もーらいっ!』


 マリアがさっそうと飛行して、ブーケを取った。

そうだ。

彼女はハーピィ。

飛行能力がある。

こういう種目では、彼女が断然有利だ。


 今さらだが、彼女たちハーピィが飛行できるのはどういう原理なのだろう。

見かけは人とさほど変わらない。

羽はあるものの、体重などは人間と極端には変わらないはずだ。

やや軽めの傾向があるとは思うが。


 生来の特徴として、特殊な魔法を使えるのかもしれない。

重力魔法とか風魔法とか。

今度聞いてみよう。


「うう……。空を飛ぶなんて、反則です」


 ニムがションボリした顔でそう言う。

確かに、ブーケトスにおいてハーピィの飛行能力は反則に近い。

しかし、事前に取り決めていたわけでもないし、反則扱いにしてやり直すのもな。


『ニムお姉ちゃん! これ、あげるよ!』


 マリアがそう言って、ブーケを差し出す。


「え? いや、それはマリアちゃんがとったものだし……」


『いいよ。あげるよ!』


「あ、ありがとう」


 ニムがマリアから遠慮がちにブーケを受け取る。

まあマリアは、意味をよく理解していないまま参加したのだろう。

面白そうだから参加しただけで、ブーケ自体にはさほど興味がないと思われる。


「ふふ。よかったね。ニムちゃん」


 モニカがそう言う。

彼女は前回のブーケを取っているから、少し気持ちに余裕がある。

まあ、前回ブーケを取れなかったアイリスがこうして先に結婚したわけだし、ジンクスの信憑性はかなり薄いわけだが。

気分の問題か。


『マリア様。ご友人にお譲りするその優しさ。すばらしいですわ』


『まったくですね。このことは国に帰り次第、バルダイン陛下とナスタシア王妃にご報告致しましょう』


 フェイとディークがそう言う。


 こうして、ブーケトスは無事に終わり、結婚式は幕を閉じた。

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