211話 アイリスとの結婚式 前編 バージンロード
とうとう、今日はアイリスとの結婚式だ。
会場はここゾルフ砦にある教会である。
エドワード司祭の依頼により、少し前に建設されたそうだ。
さほど大きくはないが、しっかりとした教会である。
どことなく厳かな雰囲気もある。
エドワード司祭がこの街に滞在している関係上、この街で結婚式を挙げる。
しかしアイリスは、この街の出身というわけでもない。
ガルハード杯やメルビン杯での知り合いはいるものの、特段に親しい人がいるわけでもない。
そのため、今日の結婚式は身内だけで行われることになっている。
一応、マリアやディークたちにだけは招待状を出しておいたが。
今は、教会の控室で着替えなどをしているところだ。
今日の結婚式は、聖ミリアリア流の結婚式となる。
まあ、このあたりの結婚式とそれほど大きくは違わないそうだが。
結婚式を取り仕切るのは、エドワード司祭だ。
聖ミリアリア統一教会の階級は、一般信徒<助祭補佐<助祭<司祭<司教<枢機卿となっているらしい。
エドワード司祭は、なかなか上位の役職者だということになる。
ちなみに武闘神官は、この階級の枠組みとは別に定められている制度だそうだ。
あとは、聖女などの認定制度もあるらしい。
エドワード司祭は、武闘神官兼司祭。
アイリスは、武闘神官見習い兼助祭補佐である。
新郎側の準備部屋には、俺、ニム、エドワード司祭がいる。
新婦側のアイリスは別の部屋で準備中だ。
あちらには、ミティとモニカがいる。
「どうだ? おかしいところはないか?」
「か、かっこいいと思います」
俺の問いに、ニムがそう答える。
俺は今、結婚式用の正装を着ている。
聖ミリアリア流に近い服を用意したのだ。
日本で言えば、タキシードのような服だ。
ミティとの結婚式で着た服と少し似ているが、細部は異なる。
「緊張するな……」
「ふふふ。今日は身内しか参加しません。緊張する必要はありませんよ」
エドワード司祭がそう言う。
そうはいっても、落ち着かない。
俺がそわそわしていると、来客があった。
来客?
今日は、俺たち身内以外はだれも来ないはずだが。
「ガハハ! タカシの結婚式の会場はここか!?」
「ガハハ! 来てやったぞ!」
ギルバートとジルガだ。
いつもの武闘着ではなく、正装を着ている。
なんでここに君たちが!?
「こ、これはこれは。ギルバートさんとジルガさん。どうしてここに?」
「ガハハ! タカシが結婚式を挙げるという噂を聞いてな! 急いでやってきたのだ!」
「ガハハ! 水臭いじゃねえか! 俺たちの仲だろう!?」
どこかから情報が漏れていたようだ。
まあ、口止めしたわけでもないが。
「それもそうですね。参加いただきありがとうございます」
「いいってことよ! ミッシェルやマーチンあたりも顔を出すって言っていたぞ」
「それに、えーと。ババンやハルトマンか。奴らも来ているぜ。式場で待っていると言っていた」
「そうですか。にぎやかになりそうですね」
ガルハード杯やメルビン杯でともに闘った人たちが来てくれるようだ。
戦友ではあるが、プライベートで特別に親しいわけではない。
俺から誘うのは気が引けていたのだが、彼らから率先して来てくれるのであれば断る理由はない。
「それにしても、タカシが2人も嫁をもらうとはな! 見かけによらず、好色じゃねえか!」
「ガハハ! これからは嬢ちゃん2人を侍らせて楽しめるわけか! うらやましいぜ!
ギルバートとジルガがそう言う。
結婚式の日にデリケートな話題に触れるんじゃねえ。
何とか話題を逸らさないと。
「ええと。そういうギルバートさんはどうなのですか? ガルハード杯のときには、カタリーナさんと仲がよさそうでしたが」
ガルハード杯の1回戦で、ギルバートとカタリーナが闘っていた。
カタリーナは30歳くらいの女性の武闘家だ。
ギルバートも30歳くらいなので、同年代である。
「うっ! カタリーナか……」
「ガハハ! こいつは女慣れしてやがるが、カタリーナさんだけは別なんだよ! 子どものときからボコボコにされてきた思い出があるからな!」
「うるせえ! 前回のガルハード杯では我が勝った! もうあいつの尻に敷かれるのは終わりだ!」
ギルバートがそう言う。
本当にそうなのだろうか。
「だいたい、そう言うジルガはどうなんだ! メルビン杯の1回戦で、エルメアとかいう女の武闘家になつかれていたじゃねえか!」
「ガハハ! あいつは初級の武闘家だ! 教えてやっているだけだ!」
ジルガがそう言う。
ギルバートもジルガも、お相手の目処は立っているようだ。
俺が彼らの結婚式に出る日もいずれあるかもしれないな。
そんな感じで雑談を交えつつ、無事に準備を終える。
ニム、エドワード司祭、ギルバート、ジルガたちは教会の式場に一足先に向かった。
新婦側の部屋にいたミティやモニカたちも同様だろう。
マリア、ミッシェル、ババンあたりも、教会の式場で待っているはずだ。
「タカシ殿。そろそろお時間でございます」
係の人からそう声が掛けられる。
いよいよ、結婚式が始まる。
控室から出て、式場の入口の前までやってきた。
「新郎の入場でございます!」
係の人がそう叫び、式場の扉を開く。
大音量で入場曲が演奏され始める。
俺は扉から式場の中に入る。
見知った顔が並んでいる。
ミリオンズのミティ、モニカ、ニム。
ハガ王国の姫であるマリアに、その護衛である六武衆のディークとフェイ。
Cランク冒険者のギルバートに、彼と同格のジルガ。
ゾルフ砦の若手実力派の武闘家である、ミッシェルとマーチン。
Dランク冒険者の、ハルトマンとビリー。
メルビン杯に出場していた初級武闘家の、ババンとレナウ。
カタリーナやエルメアも来ている。
俺は式場の奥の祭壇まで歩いていく。
少しそこで待機する。
そして。
「新婦の入場でございます!」
係の人がそう叫ぶ。
アイリスとエドワード司祭が入ってくる。
バージンロードだ。
彼女たちがこちらに歩いてくる。
「何度見てもいいものだねえ」
『アイリスお姉ちゃん、きれい!』
来賓席のモニカとマリアがそうつぶやく。
カタリーナやエルメアも憧れるかのような目でアイリスを見ている。
確かに今日のアイリスはきれいだ。
いつものボーイッシュな彼女も魅力的だが、今日のようにきちんと身なりを整えた彼女も魅力的だ。
俺は、アイリスと初めて会った日を思い出す。
俺がメルビン道場に入門してしばらくした頃だった。
メルビン師範が、俺やミティの武闘の鍛錬相手としてアイリスを紹介してくれたのだ。
彼女はもともと聖ミリアリア流の武闘を会得していたため、当時は俺やミティよりもはるか上の力量を持っていた。
その後俺は鍛錬を重ね、チートの恩恵もあり、急成長を遂げることができた。
ガルハード杯の余興試合ではアイリスに辛勝した。
俺とアイリスはその後の防衛戦や潜入作戦でともに行動し、俺たちの仲は深まっていった。
ついこの間のメルビン杯の2回戦では、俺はアイリスに負けてしまった。
武闘における戦闘能力では、彼女はずば抜けた実力を持つ。
また、治療魔法や聖魔法にも長けている。
何より、困っている人を進んで助ける優しい心を持っている。
ともに人生を歩んでいくパートナーとして、俺にはもったいないぐらいのすてきな女性だ。
アイリスとエドワード司祭が俺のすぐ近くまで来た。
エドワード司祭が口を開く。
「タカシ君。アイリスのことを、くれぐれもよろしく頼みますよ」
「わかりました。アイリスは、俺が守り抜きます」
俺はエドワード司祭の目を見て、力強くうなずく。
エドワード司祭が下がる。
彼は、今度は祭壇の前に回る。
神官として取り仕切ってくれるわけだ。
1人2役だ。
俺とアイリスで、エドワード司祭のほうを向く。
彼が口を開く。
「新郎タカシ。あなたはここにいるアイリスを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「誓います」
「新婦アイリス。あなたはここにいるタカシを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「誓います」
俺とアイリスの誓いの言葉に、エドワード司祭が満足気にうなずく。
「では、誓いの口づけを」
みんなの前で口づけをすることになる。
そもそも、アイリスとキスをするのはこれが初めてだ。
彼女は身持ちが固い。
結婚前にはこういうことを許してくれなかったのだ。
かなり緊張してきた。
思い切ってやるしかない。
「アイリス。愛している。一生をともに歩んでいこう」
「ボクも愛しているよ。タカシ。ともにがんばっていこう」
アイリスと見つめ合う。
唇を近づけ、キスをする。
アイリスの唇の感触を堪能する。
口を離す。
キスの余韻に浸るかのように、再び見つめあう。
彼女は照れくさそうにしつつ、満足そうな笑みを浮かべている。
俺は、来賓席のほうに体を向ける。
「皆さま。本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。これからも彼女と力を合わせて、世のため人のためにがんばっていきます。どうか今後もよろしくお願い致します」
「よろしくお願いします」
俺とアイリスはそうまとめのあいさつを口にし、一礼をする。
来賓席のみんなから拍手がされた。
その後も、つつがなく結婚式が進行していく。
次は聖歌の斉唱だ。
エドワード司祭やアイリスは、聖歌の歌詞やメロディをもちろん知っている。
ギルバートたちゾルフ砦の面々は、エドワード司祭の熱心な布教によりある程度は知っていると言っていた。
また、俺たちミリオンズも事前に歌詞カードを渡されて少し練習している。
俺は音痴気味なので不安だ。
歌唱術を取得したい気もするが、さすがに無駄遣い感がある。
自力でがんばろう。
一生に一度のアイリスとの結婚式だし、せめて気合を入れて歌うことにしよう。
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