175話 ミティとの結婚式 後編 ブーケトス

 結婚式の続きだ。

次はブーケトスを行う。


 花束を受け取った人は、次に結婚できると言われているらしい。

日本の結婚式と似た風習だ。


 俺とミティ、それに来賓のみんなと式場の外に出る。

ミティが花束を構える。

少し離れたところで、未婚の女性陣が花束を取りに行くために待機する。

俺や他の不参加者は、さらに少し離れたところでブーケトスを見守る。


 ブーケの争奪戦には、10人以上の参加者がいる。

アイリス、モニカ、ニム。

カトレア。

疾風迅雷のセリナとレベッカ。

村の女性陣。

それぞれ、なかなかの闘志を目に宿らせている。

餅屋のマインはさほど興味がなさそうか。


「では、いきますね! せえぃっ!」


 ミティがブーケを勢いよく放り投げる。

彼女の豪腕により、ブーケは空高く舞い上がった。

落ちてくるまで多少の時間がかかるだろう。


 投擲術のスキルの恩恵か、コントロールは正確だ。

ほぼ真っすぐ上方向に投げられている。

とはいえ、さすがにこれだけの高さまで上がると、ある程度の位置ずれはある。


 だれが落下地点を陣取るかの勝負になる。

落下地点を見極め、すばやく陣取っておけば有利だ。


 また、陣取った後にそこを死守する能力も必要だ。

身体能力や体格が重要となる。

背が高いほうが若干有利だろう。

バスケットボールのリバウンドみたいなイメージだ。


「ボクがもらうよ。聖闘気、迅雷の型」


「負けないの。……鬼族鬼化」


 アイリスが聖闘気を発動させる。

この状態になったアイリスのスピードは、かなりのものだ。

ハガ王国での湖水浴のときに行われたビーチフラッグでは、セリナ、アドルフの兄貴、ストラスらを抑えてトップをとっていた。


 セリナは、負けじと鬼族鬼化の技を発動する。

彼女の種族はオーガだ。

とはいえ、普段の外見は人族とさほど変わらない。

小さな角が生えており、八重歯があるぐらいだ。


 鬼族鬼化の技を発動すると、オーガの特徴が増す。

具体的には、角や八重歯が一時的に伸びる。

顔に若干赤みがさす。

もちろん、身体能力なども向上する。


 アイリスとセリナ。

2人とも本気だ。

こうなった彼女たちのスピードに付いてこれる者はいないはず。

2人のうちのどちらかがブーケを取るだろう。


 ……いや。

待てよ。


「くっ」


「しまったなの」


 アイリスとセリナがそう言う。


 他の参加者が邪魔で、うまく動けないようだ。

これでは、せっかくの超スピードを活かせない。

もちろん、彼女たちの身体能力を利用して人混みを押しのけていくという選択肢もあるだろうが。

さすがにそこまではしないようだ。

ケガ人も出てしまうだろうしな。


 そんな中、スルスルと人混みの間を抜けていく者がいた。

レベッカとカトレアだ。


「ふふふ。カイルと結ばれるために、ブーケはいただくわよ!」


「ミティちゃんのブーケは私がもらいます!」


 レベッカの身のこなしはなかなかのものだ。

本職である武闘家としての能力を活かしているわけか。


 また、カトレアもそんなレベッカに十分についてこれている。

彼女は冒険者でも武闘家でもないのにな。

淑女相撲大会でも決勝まで残っていたし。

なかなかの運動センスの持ち主だ。


 レベッカとカトレアが落下予想地点に位置取る。

彼女たち2人の争いか。


 少し遅れて、村の女性陣、ニム、モニカがやってきた。

残念ながら、好位置は既にレベッカとカトレアに取られてしまっている。

遅れてきた彼女たちがブーケを取ることは厳しいだろう。


 ……ん?

ニムがロックアーマーを発動している。

何をする気だ?


「クレイ・パンク!」


 ニムが岩の鎧をまとった状態で、人混みをかき分けて突き進んでいく。

いや。

よく見ると、岩ではなくて粘土のようだ。

あえてロックアーマーの強度を下げているわけか。


 粘土の鎧をまとったニムが、高い身体能力を活かして突き進む。

彼女は加護付与による基礎ステータスの向上に加えて、腕力強化や脚力強化も取得しているしな。

一般人が彼女の行進を止めることはできないだろう。

猪突猛進、猪突猛進!


「くう。この小さな体のどこにこれだけの馬力が」


「ぬ、ぬぬぬ。思わぬ伏兵ですわね」


 レベッカとカトレアも、ニムの行進を止められない。


 ニムは、そのままレベッカとカトレアをブーケの落下予想地点から押し出した。

なかなか強引な手法だ。

まあ、全力のタックルではないし、岩ではなく粘土の鎧だ。

ケガ人などはいないだろう。


 ニムがロックアーマーをまとったまま、落下予想地点にドカッと陣取る。

これはニムが優勢か。


 ……いや。

アイリス、セリナ、モニカがまだ諦めていない。


「まだだよ!」


「自分がもらうなの!」


「私だって!」


 彼女たちはブーケの落下にタイミングを合わせて、ジャンプした。

脚力に秀でた彼女たちだ。

ジャンプ力もかなりのものだ。


 数メートルは飛んでいる。

地球の垂直跳びの記録はゆうゆうと超えているだろう。


 これは3人のうちのだれかがブーケを取ると思われる。

3人ともブーケを取りそこねれば、下でいい位置で待機しているニムが有利。

彼女たちがブーケを取りそこねたときに変な方向にこぼれれば、レベッカやカトレア、あるいは村の女性陣にもチャンスはある。


 アイリス、セリナ、モニカ。

3人のジャンプ力は互角だ。


 ……ん?

モニカが空中で脚をたたんだ。

何をする気だ?


「青空歩行-スカイウォーク-」


 モニカがたたんだ脚を勢いよく伸ばし、空中でもう一度ジャンプした。

えっ。

何だその技!?

俺は知らない。


 まさか空中でジャンプするとは……。

物理法則に反している。

まあ、魔法や闘気などがあるこの世界で今さらだが。


 さすがに一段目のジャンプほどの勢いはないようだ。

それでも、アイリスやセリナを置いて、一回り高く跳ぶことはできている。


 このジャンプ力があれば、かつてのミドルベア戦でも彼女1人なら土の塀を超えて逃げることができただろう。

アイリスが平面方向への機動力に優れているとすれば、モニカは高さ方向への機動力に優れているといったところか。


 そのまま、無事にモニカがブーケを勝ち取った。


「えへへ。ゲットだぜ!」


「やられたなあ。この土壇場でその技を完成させるとはね」


「自分はまだそれをできないの。今度コツを教えろなの」


 満面の笑みを浮かべるモニカに対して、アイリスとセリナがそう言う。


 アイリスとセリナは、モニカのこの技を知っていたようだ。

俺とミティがダディたちの仕事を手伝っていたとき、モニカたちは魔物狩りをしたり、疾風迅雷の面々と合同訓練をしたりしていた。

そのときに練習していたのだろう。


「モニカさん。おめでとうございます!」


「ありがとう! ミティ」


 見事ブーケを手にしたモニカに、ミティがそう祝福する。

モニカは満足気だ。


 それにしても、みんな想像以上に本気でブーケを狙っていたな。

ケガ人などが出なくて本当によかった。

 

 こうして、ブーケトスは無事に終わり、結婚式は幕を閉じた。

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