57話 メルビン道場にて訓練
「パンチを放つときの腰が甘い!」
メルビン師範の激が飛ぶ。
「こうですか?」
「そうだ! いい感じだ!」
メルビン道場に入門して、今日で3日目だ。
まだ闘気術は教えてもらっていない。
武闘の基礎を教えてもらっている。
やはり、熟練者に教えてもらうと上達がはやいな。
今までもそれなりにうまくやってきたつもりだったが、所詮はチートによる高い身体能力でのゴリ押しだった。
この3日間の訓練により、肉体強化のスキルで持て余し気味だった身体能力を、ちゃんと活かせるようになってきた感覚がある。
この道場では剛拳流という流派が教えられている。
パンチを重視した攻撃を主軸としつつ、キックや投げ技もある流派のようだ。
「よし! 最低限の基礎は習得できたな! 明日からは闘気術の訓練も始めるぞ!」
いよいよか。
「今日の儂の指導はここまでとする! あとは2人で乱取りしておいてくれ!」
そう言ってメルビンは去っていった。
道場にミティと2人きりになった。
「じゃあ、乱取りしようか」
「よろしくお願いします、タカシ様」
乱取りとは、自由に技を掛け合う稽古のことだ。
俺とミティが交互に技を繰り出していく。
「次は、背負い投げを掛けますね」
「よし、こい!」
ミティの背負い投げだ。
素直に投げられる。
「きゃっ」
「ん?」
ミティの悲鳴が聞こえた。
投げられたのは俺なんだが。
「どうした? ミティ」
投げられて床に倒れている状態のまま、ミティに話しかける。
「こ、こっちを見ないでください! タカシ様」
そう言われると見たくなるのが人間というもの。
起き上がり、思わずミティの方を見てしまう。
ミティが胸元を押さえている。
顔が真っ赤だ。
どうやら、道着の胸元が破れてしまったようだ。
「ご、ごめん」
慌てて視線を逸らす。
「い、いえ。私の不注意ですから。少し力を入れすぎたのかもしれません」
ミティには悪いが、いいものを見せてもらった。
このまま襲いたくなる衝動に駆られるが、必死に我慢する。
「今日は終わりにしよう。着替えを持ってくるから待っててよ」
「す、すみません。お願いします」
いかん。
俺のあれがああなってしまっているので、まっすぐに歩けない。
前屈みで移動せざるを得ない。
心頭滅却だ。
心を落ち着かせるのだ。
その後、女性の事務員に事情を話して、女子更衣室からミティの着替えを取ってきてもらった。
また、ミティのサイズに合わせた特注の道着もちょうど入荷していたので、受け取った。
これで明日以降の訓練も問題ないだろう。
思わぬハプニングはあったが、明日からはいよいよ闘気術の訓練に入る。
楽しみだ。
●●●
「では、闘気術の訓練に入る!」
今日から闘気術の訓練が始まる。
講師はもちろん、メルビン師範だ。
1対2で教えてくれる。
ちなみに、他のほとんどの門下生は闘気術の基礎は習得済み。
未習得の門下生は、闘気術を学ぶにはまだ早いと判断された子どもなどだ。
闘気術は、初めて発動に成功させるまでが最も大変だという。
次に大変なのが、発動を安定して成功させるようになること。
発動さえできるようになれば、安定性や強度、持続力などは自主練習や実戦の中で向上していく。
「まずはイメージが大切だ! 体の丹田に闘気が溜まっているイメージだ! それをドバっと開放するのだ!」
かなり抽象的な教え方だ。
武闘のほうは丁寧に教えてもらえたのだが。
大丈夫か?
「まずは手本を見せる。……ぬうん! かあっ!」
メルビン師範が掛け声とともに力を入れる。
……何かを纏っているように見える。
これが闘気か?
「よし! やってみろ!」
まあ物は試しだ。
やるしかない。
「むん……! だぁっ!」
それっぽい掛け声とともに腹に力を入れてみたがダメだった。
「んん……! はあっ!」
こちらはミティの掛け声。
こちらも成功はしていなさそうだ。
「最初は誰でも苦労する! イメージだけで成功できるのは全体の数%のやつらだけだ! 無理そうなら他の方法を試す! とりあえず1時間ほどがんばってくれ!」
師範はそう言って去っていった。
他の門下生たちの指導に戻ったようだ。
最低限のアドバイスだけをして、1時間後にまた様子を見に戻ってくるということか。
しばらくこの方法で挑戦していく。
さらに再挑戦する。
なかなか成功しない。
1時間ほどして、師範が戻ってきた。
「その顔を見るに、上手くいかなかったようだな! 次の方法だ! より精神を集中できるようにこれを使う!」
師範が持ってきたのは、木製の皿だ。
「手本を見せる!」
師範は空気椅子の姿勢になり、左右の膝と頭の上に木製の皿をのせた。
腕を前方に伸ばし、腕の上に皿をのせた。
少し脚がプルプルしているが、見事にバランスを取っている。
師範は目をつむり、そのまま数分が経過した。
なんかカンフー映画とかで見たことがあるような修行風景だ。
本当に効果があるのか怪しそうだが。
師範が目をあけ、皿を取りつつ姿勢を戻す。
「こんな感じだ! 下半身、頭、腕のバランスを取りつつ、筋力もそれなりに必要なトレーニングだ! 集中力を高めつつ、それでいて筋肉に適度に力を入れるのがポイントだ! これを2時間ほどやってみろ!」
まあやれと言われればやるしかないか。
効果があるのかかなり疑わしいトレーニングだが。
他の門下生やギルバートは、この道場で闘気術を習得しているはずだし。
信じて突き進むことにする。
●●●
闘気術の訓練として、イメージトレーニングやカンフー映画っぽいトレーニングを初日に行った。
その後も、いろいろと変わった訓練を行い、1週間が経過した。
闘気術はまだ習得できていない。
ただ、ステータス操作で取得できるスキルとして、闘気術の項目が増えた。
闘気術についての最低限の素養を身につけたため、項目が増えたのかもしれない。
基本的な訓練の方向性は合っているようだ。
ミティが格闘術レベル1を習得した。
闘気術は”闘気により身体能力を向上させる”というファンタジー的なスキルだが、格闘術は”格闘や武闘の技術を向上させる”というある程度現実的なものだ。
ミティが自力で習得したということは、同じような訓練を受けている俺もそろそろ習得してもおかしくない。
俺とミティは、あと20日間ほどここで訓練を受ける予定だ。
才能に多少の差があったとしても、それまでには俺も格闘術を習得できていると思う。
……たぶん。
また、この1週間でミティのレベルが9から10に上がっている。
とりあえず保留にしてある。
闘気術の習得に時間がかかりそうなら、スキルポイントを消費して取得するのも悪くない。
できればスキルポイントの消費なしで取得して欲しい。
実感としても、なんとなく後もう少しで闘気術を習得できそうな気がする。
なんとなくだが。
「では本日の訓練を始める! ちょうど訓練を初めて1週間だな! Dランク冒険者なら、1か月以内で闘気術を習得できるやつも少なくない! お前たちはなかなか筋が良いし、そろそろ習得できてもおかしくないぞ!」
その言葉でやる気が出る。
「今日は少し危険な訓練を行おうと思うがどうだ!? 危険といっても、少し気分が悪くなる程度のものだ!」
危険だけど効果が高い訓練、といったところか。
「具体的にはどのような訓練ですか?」
「ワシの闘気をお前たちに直接流し込み、お前たちの中にある闘気を刺激するというものだ!」
うーん。
ピンとこないが。
少し気分が悪くなる程度の危険度なら、やってみてもいいか。
「では、まずは私にやってみてもらえますか?」
多少の危険度はあるようだし、いきなりミティに試してもらうのは避けたい。
「いえ、タカシ様。ここは私が」
「いや、俺が」
「いえ、私が」
お互いに危険な役目を取り合っている。
どうぞどうぞ、とはいかない。
「どうせ2人ともやるのだ! どちらからでもよかろう!」
メルビン師範の一喝により、譲り合いは終わった。
まずは俺にやってもらう。
「いくぞ! ふん!」
「ぐっ……」
メルビンの掌底を受ける。
衝撃で目が回る。
少し気分が悪い。
だが、これは……?
「今なら発動できそうな気がする。……ぬんっ!」
丹田に力を込める。
「おお! 発動成功だ! 見事!」
「すごいです、タカシ様」
自分の身体からオーラのようなものが発せられているのを感じる。
これが闘気か。
身体能力も向上しているようだ。
いろいろ試してみたいが、その前にミティだ。
「いい感じだ。ミティにもやってもらおうか」
「そうですね。メルビンさん、お願いします」
「よし。いくぞ! ふん!」
ミティがメルビンの掌底を受ける。
「うっ」
ミティがよろけて膝をつく。
「ミティ、だいじょうぶか?」
「問題ありません。……私も、なんとなく今なら発動できそうな気がします」
ミティが姿勢を正し、力を込める。
「……んん! はぁっ!」
ミティの身体から闘気が発せられる。
「おお! タカシのボウズに加えて、ミティの嬢ちゃんまでも成功か! いいぞ!」
無事に闘気術の習得に成功した。
ステータスを確認すると、俺にもミティにも闘気術レベル1の記載があった。
「自分たちの身体から、闘気が出ているのを感じる取れるな!? それが闘気術の初歩。闘気の”開放”だ!」
闘気術レベル1は、師範の言う通り、”開放”だ。
なんとなく、体の調子が良くなったような気はする。
これが闘気術の効果だろうか。
ただのプラシーボ効果かもしれないが。
「明日以降はこの開放を鍛えていく! 今の感覚を忘れないようにしておけ!」
今日の訓練はこれで終わりだ。
無事に闘気術の発動に成功したわけだし、明日からは本格的な訓練が始まるだろう。
闘気術が実戦で使えるレベルになるのももうすぐかもしれない。
「(これは成長が楽しみな逸材だ。ビスカチオやエドワードにも声を掛けておくか)」
メルビン師範は何かつぶやきながら、上機嫌で去っていった。
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