56話 メルビン道場への入門

 武闘会の翌日。

ギルバートの師匠の道場にきた。

そこそこ大きな道場だ。


 看板に、”剛拳流、メルビン道場”と書いてある。

何だか攻撃力の高そうな流派だ。


「こんにちはー。ギルバート氏の紹介で伺ったのですがー」


 とりあえずこんな感じで声をかけてみた。

道場破りや不審人物と思われても嫌だしな。


「うむ! よく来たの! ギルバートから話はきいておる! わしが師範のメルビンじゃ!」


 いきなり師範がきた。

扉の向こうでは、数人が武闘の訓練をしていた。

門下生か。


 ギルバートが昨日の夜にでも話を通しておいてくれたようだ。

それなら話がはやい。


「私はタカシです。こちらはミティ。私たちはDランクの冒険者パーティで活動しているのですが、今後のために武術……特に闘気術を学びたいと思いまして」


「その話もきいておる! その目的なら短期の弟子入りじゃな!?」


 期間はあんまり考えていなかったな。

まあ防衛戦が始まるまではここに滞在する予定だし、それほど急ぎではない。

できれば防衛戦が始まる前に、ある程度闘気術を扱えるようになれば心強いところだ。

肝心の、防衛戦がいつ始まるかはよくわかっていないが。

そこも調べておかないとな。


「そうですね……。1か月くらいで武闘と闘気術の基礎だけでも習得できればと思うのですが、いかがでしょうか」


「うむ! 順調にいけば、基礎だけなら1ヶ月以内の習得も可能じゃ! 基礎さえ学べば、日々の自主練習や実戦の中で上達していくこともできる!」


「ではそれでお願いします」


「よしわかった! 詳細はこっちで事務員に話してくれ!」


 応接室みたいなところに案内された。

事務員の女性がいる。

道場ではあるが、全体的なイメージとしてはフィットネスジムに近いかもしれない。

レッスン料もしっかり取られるようだ。


 師範は道場のほうに戻っていった。

事務員の女性に詳細の要望を伝えた。

日々の冒険者稼業もあるため、道場での稽古は午前か午後に数時間のみを希望した。

また、あまり毎日くたくたになるような稽古量は避けたいとも伝えた。


 レッスン料の高低により、指導の質や時間が変わるそうだ。

たくさん支払えば、丁寧な指導を少人数で長時間受けることができる。


 レッスン料の一般的な相場をきき、それよりも少し多めの額を提示する。

借金があるからあまり払いすぎもよくないが、ここでケチり過ぎるのも良くない。

闘気術を取得できれば、今後の冒険者稼業での稼ぎが一段とアップするだろう。

いわば先行投資だ。

防衛戦で少しでも身の危険を減らす意図もある。


「この額ですと、1日2~3時間の訓練を1か月ほど行うことができます。他の門下生の指導もあるので、必ずしも師範がつきっきりで指導することはできませんが。師範の都合がつけば、つきっきりで指導する機会も設けられるでしょう」


 他にもいくつか不明点をきいておいた。

大きな問題はなさそうなので、提示した額のレッスン料を支払うことにする。


「なるほど。それで問題ありません。よろしくお願いします」


 10枚以上の金貨を事務員に支払う。


「では、こちらが弊道場の道着となります。男性Lサイズと女性用Sサイズです。試着されてサイズが合わないようでしたら、特注で製作することも可能です」


「わかりました。とりあえず着てみます」


 俺は男子更衣室に、ミティは女子更衣室に移動し、着替える。

なんとなく道着といえば柔道で着るようなものをイメージしていたが、違っていた。

動きやすい普通の服だ。

少し生地が薄めで、それでいて丈夫そうだ。

良い生地を使っているのだろう。

全体的な外観としては、背中に亀の文字が入っていそうな雰囲気だ。


 サイズや着心地に問題はなさそうだ。

応接室に戻る。

少ししてミティも戻ってきた。


「特にサイズに問題はないな。ミティはどうだ?」


「大きな問題はありませんが。強いていえば、少し胸のところがきついかなと」


 見ると、たしかに胸の箇所が張っていた。

ミティは背が低くて童顔だが、出るところはそこそこ出ている。

俺的にはナイスバディだ。


 だが、それが裏目に出た形か。

女性用のSサイズだと、身長的にはフィットしても、胸がきつい。

女性用のMサイズの方が良さそうか。

しかしそれだと、今度は身長的にダボダボになりそうだ。


「特注で製作されますか? 申し訳ありませんが、特注での製作は金貨1枚をいただいています。工期は3日ほどです」


「ではそれでお願いします」


 今さらケチることもないだろう。

特注を頼んでおいた。

事務員の女性がミティの体を採寸した。


「では、入門の手続きは以上となります。早速訓練されていきますか?」


 どうしようかな。

ミティは胸がきついとはいっても大きな問題はなさそうだし大丈夫か?


「ミティ、どうする?」


「この道着でもやれないことはありません。タカシ様のご判断にお任せします」


「じゃあ参加してみよう」


 事務員の女性に訓練に参加する旨を伝えた。

道場のほうに案内された。

再び師範のメルビンに会う。


「うむ! 早速訓練に参加していくのか! やる気があって大変結構! まずは実力を見せてもらおうか!」


 師範と簡単な模擬試合をすることになった。

道場は結構広いので、他の門下生が訓練しているところから離れての模擬試合だ。


「好きなように攻撃してこい。拳でも、蹴りでも、何なら体当たりでもいいぞ」


 俺とメルビン師範が対峙する。


 ミティが俺のことを見ている。

他の門下生も、訓練しつつこちらの様子を伺っている。

なんとなくやりづらい。


 ちなみにこういった肉弾戦で役立ちそうな俺のスキルは、”回避術レベル1””体力強化レベル2””肉体強化レベル3”だけだ。

初手で好きなように攻撃するという条件下であれば、実質的には”肉体強化レベル3”しか役に立たない。

肉体強化レベル3は、腕力や脚力などの身体能力を1.3倍にするスキルだ。

1.3倍といえば、一見地味だが相当な強化ではある。

このスキルを信頼して打ち込むしかない。


 ボクシングっぽい構えをとり、それっぽい動きをしながら師範の顔をめがけてパンチをくりだす。

肉体強化の恩恵で、我ながらなかなか速い打ち込みだったと思うが……。


 …………。

いつのまにか天井を見ていた。

どうやらパンチを逸らされ、ひっくり返されたようだ。


「力と速度はいい感じだ! 冒険者だけあって間合いの取り方や思い切りも悪くない! 最低限の武闘の基礎さえ学べば、闘気術の訓練に入ってよかろう! 次だ!」

 

 なんとか及第点はもらえたようだ。

次はミティだ。


 肉弾戦で役立ちそうなミティのスキルは”体力強化レベル1””腕力強化レベル3””器用強化レベル2”あたりか。

腕力強化レベル3は、腕力を2.5倍にするスキルだ。

肉体強化と異なり、腕力への一点強化のため、倍率が高い。


 さらに、スキルとは別に、ミティには加護によるステータス向上もある。

こちらは1.3倍だ。


 腕力強化と加護により、ミティの腕力は2.8倍になっている。

ちなみにこれらの掛け率は残念ながら独立しているため、掛け合わせて3.25倍にはならない。


 ミティと師範が相対する。

ミティは思い切って間合いを詰め、師範の腕を掴んだ。

さっきの俺の試合を見ていたからか。

パンチは同じ様に逸らされると考え、投げ技に挑戦したといったところか。


「ふんっ!」


 ミティが掛け声とともに師範の腕をひっぱる。

一本背負いを狙っているようだ。


「ぬっ!? ……なんの!」


 師範は一瞬体勢を崩しかけたが、すぐに持ち直した。

力は拮抗しているようだ。

ミティの怪力に対抗できるとは、師範の力はかなりのものだ。


「むうぅっ……!」


 ミティが力を振り絞って師範の体勢を崩そうとする。


「ぐぬぬ……!」


 師範はがんばって耐えている。


 数秒ほど膠着状態が続く。

その後、師範がふっと力を抜いたかと思うと、ミティの姿勢が崩された。

ミティが床に転がされる。

試合終了だ。


「見かけで少し油断したわい! 嬢ちゃんはドワーフか!?」


 師範がミティに問いかける。

どことなく上機嫌に見える。


「はい、そうです」


「このあたりでは珍しいな! ドワーフにしてもかなり力が強いほうだろう! これは鍛えようによっては……!」


 なにやら師範が興奮している。


「よし! お前たちの実力はわかった! 今日から3日間は他の門下生とともに武闘の基礎訓練に励んでもらう! その後、闘気術の訓練に入る!」


 闘気術だけじゃなく武闘自体もしっかり学ばないとな。

なにかの役に立つかもしれないし。

まあ魔物相手なら剣と魔法でいいわけだが。

盗賊相手で生け捕りにしたいときとか、街中で不意打ちされたときとか、入浴中に襲われたときとかには、武闘が役に立つ。

武闘もある程度はできるに越したことはない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る